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  • ヒーローズプレイスメント公式ノベル「菊より高いものはない?」  4/4

    2014-12-22 13:04

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     しばらくしてから、会長はその場から立ち上がった。
     爆発と聞いて菊人形たちか光と化した瞬間に、その場に伏せたのである。
     幸い、彼らはその衝撃を一定方向に向けたらしく、周囲にさしたる被害はなかった。
     ただ、菊麿くんが立っていた場所には、直径20mほどの大きな穴が空いていた。
     ステージとその下のアスファルトが陥没して破片がなだれ込んでおり、後片付けには相当な苦労が必要そうだ。
     そのクレーターを見て、智恵子が佇んでいることに会長は気づいた。
     頬に光るものを認め、彼はそっと彼女の肩に手を置く。
    「彼らは君を守ろうとしたんだよ」
    「……わかっています」
     智恵子はうなずくと、目元をぬぐった。
     そして、無造作に片手を上げる。
     会長は、ぎょっとした。
     アスファルトの破片をはねのけ、下から千体近くの影が飛び上がったのだ。
     それは菊人形の姿をしていた。
    「え、え? あれ、人形たちは自爆したんじゃないのか!?」
     目を丸くする会長に、智恵子はうなずいた。
    「ええ。ただ、異世界の秘術により、自爆しても再生できるように作られていますが」
    「じゃぁ、悲痛な叫びとか表情とかしなくても良かったじゃないか!」
     しゃぁしゃぁと答える智恵子に、会長は思わずくってかかった。
     同情して、しんみりとした自分の気持ちを返して欲しい。
     だが、智恵子はそんな会長を横目で見ていたが、やがてマイペースな表情に戻ると、後ろで写真を撮っている観光客たちの居残りを見つめつつつぶやいた。
    「それで、どうします?」
    「え?」
    「ステージがこのぶんだと、しばらくは人形劇は出来ないみたいですが。修理に一ヶ月はかかりますよ」
    「そ、それもそうだな、うーむ」
     会長は腕を組み、悩むようにうなった。
     本当のところは、もう結論は出ていた。

     結局の所、人形劇は無期延期となった。
     これほどの被害を出したイベントを――幸い関係者以外に怪我人はいなかったが――観光協会といえども、見直さないわけにはいかなかったのである。
     ただし、会長はなおもファイトを燃やしていて「絶対に次期公演をもぎ取るから、君にも協力して欲しい」と智恵子に言った。
    「考えておきます」とだけ彼女は答えた。目的はすでに果たしていたからだ。
     そして数日後、彼女はその目的――今まで働いたぶんの報酬を支払ってもらい、いそいそと家に帰っていた。
    「ただいま」
     と、荷物が玄関先にあるのを見て顔をほころばせた。十数個の大きな段ボール箱だ。
     あらかじめ業者から仕入れておいた、あるものが届いたらしい。蓋を開けると、そこには果たして大量の小菊が積まれていた。
     しかも食用菊などではなく、二本松市で作られた伝統ある菊である。
     彼女は作業のために髪を後ろで縛り上げ、ジャージに着替えた後、苦労しながらそれら全部を自室に運んだ。
     人形を使えば楽に運べるのだが、それができない理由があったのだ。
     部屋にすべての箱を積み込むと、彼女が持つ人形のうち数十体を呼び出す。
     開口一番、こう尋ねた。
    「どうですか、具合は」
     目の前の人形たち、そして部屋のペイロードゆえここには出せない人形たちにも、すべて痛々しい包帯が巻かれている。
     彼女は箱の蓋を開け、菊を数本取り出しながらつぶやいた。
    「当分包帯を外してはいけませんよ。まったく無茶をするんですから」
     人形たちは顔を見合わせた。
     前の菊麿くんとの戦いについて、智恵子はまだ不満を持っていたのだ。
     なぜかというと、
    「確かにあなたたちは自爆しても復活します……ですが、痛みや恐怖は残るのですよ。それなのに、あんな無茶をして」
     とのことである。
     自爆行為はそれなりに人形にダメージを残し、そのことに智恵子は胸を痛めていたのだ。
     彼女は包帯の具合を調べ――人形に医療は意味がないから、これは戒めの意味が大きい――うなずくと、手にした菊を軽く振った。
    「さて、お待たせしました。これから菊飾りを作っていきますよ」
     その言葉に、菊人形たちは「待っていました」とばかりに両腕を上げた。
     智恵子はそのうち一体を取り上げ、胸元に飾り付けてあった食用菊を外していく。
     裁縫道具を取り出し、糸を針に通しながら、淡々とつぶやいた。
    「感謝してください、これでも結構な出費だったのです。会長さんに交渉して、むしれるだけむしったので何とか足りましたが……千体ぶんの菊はかなりの額でしたよ」
     そう言ってから、ふと口許をゆるめる。
    「でも、これはあなたたちの労働の結果でもあります。だから胸を張って受け取ってくださいね。私も、何だかんだで人形劇は楽しくやらせていただきましたし」
     その言葉に、菊人形たちは再度顔を見合わせると、片手を突き上げた。「自分たちも楽しかった」と言いたいらしい。
     ますます智恵子は表情をほころばせ、その間に最初の人形への菊の飾り付けは終わった。かなりのスピードと技量である。
     だが、自分の技巧に大した感慨を抱くふうでもなく、彼女は菊人形たちを見つめた。
    「あなたたちは、誰一人欠けてもいけません。数年以上かけて私が作り上げた、大切な家族なのです……ですから、今後は自爆などは控えてくださいね」
     菊人形たちは、何度もうなずく。彼女の言葉が真剣だとわかったからだ。
     と、最後に智恵子は、思い出したようにつぶやいた。
    「それから、言い忘れていたことがあります」
     その優しそうな顔に、彼らは首を傾げる。
     少女は、ゆっくりと口を開くと、
    「その……私を助けてくれてありがとう。命令を無視してでも助けてくれて……あなたたちには、とても感謝していますよ」
     そう告げ、とびきりの笑顔を浮かべた。
     菊人形たちは呆然と顔を見合わせていたが、やがて喜びを全面に示すと、智恵子に一斉に飛びついた。
     智恵子は大変満足した表情で、そんな彼らを抱き止め、なでていくのであった。 



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  • ヒーローズプレイスメント公式ノベル「菊より高いものはない?」  3/4

    2014-12-22 13:03

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     一ヶ月後、諸々の準備をつつがなく終え、人形劇は満を持して開催された。
     場所は霞が城公園前に特設したステージで、開催期間は一ヶ月。智恵子が学生なため、夕方と土日祝をメインに公演は開かれる。
     この観光用新イベントは、結論から言えばかなりの成功を収めた。
     最初は物珍しさに数人が冷やかしに来る程度だったが、智恵子の操る人形を見た瞬間、彼らは一斉に情報をネットに拡散し、さらに多くの客を集めるにいたったのである。
     その理由はしごく簡単で、純粋に彼らが感動したからだ。
     人形劇は、良くあるような小さな屋台ではく、劇場の舞台ほどの大きさがある屋外ステージで開かれていた。
     その中央に、舞台衣装たるセーラー服を着た智恵子が――学生であることを印象づけたいという会長の要望だ――堂々と立って人形たちを動かしていく。
     人形たちは三十センチほどしかないのだから、これだと舞台や智恵子の存在が大きすぎて見栄えが悪くなるはずだ。
     にも関わらず、観客達がこの見世物に感動した理由は、人形たちの躍動感にあった。
     人形はただ左右に動くわけではなく、ある者は跳び、ある者は跳ね、まるで曲芸師のように舞台を縦横無尽に駆けてみせたのだ。
     時には、彼らは本当に宙に浮き――異世界の秘術で作られた人形は、体に帯びた魔力により様々な能力を発揮できる――飛び回るその姿は、見る者を飽きさせることはない。
     そして智恵子はそんな人形を、一気に数十体まとめて動かしていた。
     客には智恵子の存在が見えているのだから、年端のいかない少女が一人だけで人形を操っていることは折り込み済みである。
     その少女は、しかし軽く手を動かしただけで、数十にも及ぶ人形たちを、それぞれ自在に操ってみせるのだ。
     時には彼女自身も大きく体を動かし、優雅に人形と戯れるさまは、泉で妖精と踊る女神を彷彿とさせる。観客たちが感動したのも無理はない。
     そう、この人形劇は物語を味わうよりも、人形のアクションと智恵子の妙技を鑑賞するためのショーとなっていたのである。
     それが証拠に、誰も劇の内容に関しては、あまり気にも留めていなかった。それよりも智恵子と人形の姿に見ほれていたのである。
     やがて、人並み以上の可憐さを誇る智恵子の容姿とも相まって、人形劇はすっかり二本松市の名物イベントとして成立し、大量の観光客を吸い込んでいった。

    「いやぁ、素晴らしい! 大成功だ!」
     ステージ横手に張られた、休憩用のプレハブ小屋にて。
     二本松観光協会会長は両腕と共に、快哉の声を上げた。そのまま万歳三唱にでも移りそうな勢いである。
     彼の前に立つ智恵子は、一回目の公演を終え、額の汗をタオルでぬぐいつつ、スポーツドリンクを口にしていた。
     ストローから口を離すと、
    「大成功ですか」
    「大成功だよ。この二週間で観光客の数は確実に伸びている。テレビの取材も何回も来ているし、話題も充分に確保できた。これもすべて君と君の人形のおかげだな」
    「それは幸いです」
     相変わらず気のないようにつぶやく智恵子だったが、それでも満更ではないのか、口許を微かにほころばせていた。
     そんな彼女を満足そうに見つめ、会長はうんうんとうなずく。
    「このぶんだと、君たちが二本松市の名物キャラクターになる日も遠くはないぞ。事実、観光協会ではそういう話も出ているのだ」
    「名物キャラクター?」
    「そうだ、少しデフォルメした形にしてだな、ご当地キャラのように扱うのだ。関連グッズなどももちろん作る。君たちは人気が高いから、これは売れるぞ」
    「はぁ……しかし、ご当地キャラクターにはすでに菊麿くんがいますが」
    「もはや、ただのゆるキャラでは、名物にはなれない時代なのだよ。話題性のある君たちの方が確実にいい。その菊麿くんなど、すでにあれだからな」
     そう言って、小屋の隅に置いてある着ぐるみを会長は顎で示す。
     菊の花を頭に被ったようなキャラクターが模されたものだった。
    「今や子供に風船を配るのが関の山の着ぐるみときた。まったくの役立たずだな」
     揶揄するように、肩をすくめて笑う。
     と、その時だった。
     智恵子の目が細められ、会長をとらえたのは。
    「……あの着ぐるみを作ったのは、二本松市観光協会、つまりあなたたちですよね」
    「あ、そうだが?」
    「なら、無責任なことは口にしない方がいいです……彼らにも心はあるのですよ」
     その智恵子の口調に、今までにない鋭さを感じ、会長はたじろぐ。
     智恵子は静かにこちらを見据え続け、その時間は永劫にも続くかと思った。しかし。
    「次の公演、始まりますよ」
     突然、小屋の入り口が開いたと思うと、スタッフが顔を覗かせて声をかけてきた。
     それに対し、「はい」と答えた智恵子は、いつもの無表情で物静かな少女だった。
    「何だったんだ……」
     呆然と会長は、彼女の背中を見送り、その場に佇み続ける。
     ――彼は放心のあまり、後ろで何者かが立ち上がり、その目を赤光に染めたことには、気づかないままでいた。

    「それ」がプレハブ小屋の扉を突き破って外に出てきた時、智恵子はちょうど複数菊人形たちに張りぼてをかぶせて、戦艦「大和」を動かしてるところだった。
     スピーカーから流れる音声に合わせ、劇を進めていく。
     他にも侍役の菊人形を動かさなければならないので、作業には集中を要し、戸口の破壊された音も「スタッフが騒がしい」程度にしか感じていなかったほどである。
     違った。
    「え?」
     菊人形の一人が身振りで何かを訴え、彼女は異常に気づき、プレハブ小屋を見た。
     そこには、傷つきぼろぼろになった会長を抱えた、大きな影が立っていた。
    「……菊麿くん?」
     小首を傾げた時、その着ぐるみは穏和な表情から想像もできないような殺気を放ち、目を赤く光らせながら会長を投げ捨て、ステージに飛び込んできた。
    『ウグオオオオ!』
     間一髪、智恵子はその場にいる菊人形をすべて集めると、その動きを何とか取り押さえる。菊麿は両手を振って、もがき暴れた。
    「「「おお!?」」」
     観客の中から歓声が上がった。どうやらこれもショーの一部だと思ったらしい。
     だが、智恵子にとってはそれこそ冗談ではなかった。菊麿くんは腕に力を込め、菊人形を鷲掴みにし、壊そうとしていたからである。
    「くっ」
     菊人形が保たないと判断し、智恵子は一度菊麿くんから彼らを引き離した。
     同時に自身はセーラー服をひるがえし、ステージから下へと飛び降りる。
     菊麿くんは彼女を追いかけようとして――立ち止まり、不意に全身に力を入れた。
     次の瞬間、彼の体は倍近く、全長3メートルにまで膨れあがったではないか。
    「巨大化した……?」
     その時智恵子は見た。菊麿くんの全身に、怨霊のようなオーラが渦巻いているのを。
    「き、気をつけろ……!」
     会長が小屋の方から、弱々しく叫ぶ。
    「そいつは、菊麿くんは君を狙っている! 逃げるんだ!」
    「私を?」
     智恵子は驚いたが、ある程度の予測はついていた。
     その間にも、巨大化した菊麿くんは拳を振り上げてくる。
     観客が近い。智恵子は再び菊人形を使ってその攻撃を防がざるを得なかった。
     幸いにも、使役する菊人形たちの数を増やすことで、パンチに対抗することはできた。
    「皆さん、退避してください!」
     後ろの客たちに叫ぶと、彼らも事情を飲み込んだか、ざわめきながら避難を始める。
     これで他人を気遣わずに済む。智恵子は少し落ち着いて、菊麿くんに尋ねた。
    「どうして私を狙うんです?」
    『二本松市ノますこっとノ座ハ俺ノモノダ……オ前ニハ渡サン!』
    「……ああ、やっぱり」
     息を一つ吐く。予測が当たっていたのだ。
     なお、東北では、時折『ゲート』から漏れ出た悪霊などが、器物に取り憑いて悪さを働かせることがある。
     今回の場合は菊麿くんの着ぐるみに悪霊が取り憑いて魔物と化し、先ほどの会長の言葉に刺激を受け、さらに凶暴化したのだろう。
    (さて、どうしたものでしょうか)
     智恵子は悩んだ。
     このままこの怪物と戦うのは、自分の本分ではない気がする。だが、このままだと身が危ういのも確かだ。
     やはり戦うしかないだろう。
     だが、その場合菊人形たちにも危険が――
     ちらり、と彼らを見た。今や百を超える数の人形たちは、一斉にうなずく。もちろん、操ったわけではない。
     智恵子は覚悟を決めると、未だ倒れ伏している会長に声をかけた。
    「この菊麿くんを鎮めたら、特別報酬をお願いします」
    「え!?」
    「彼を暴れさせたのはそちらの不祥事です。当然でしょう……それともこれ、放っておきますか?」
    「わ、わかった、報酬は払う!」
     会長の叫び声と同時に、智恵子は人形を操った。数十体がまとめて、菊麿くんの体に取り憑き、動きを制しようとする。
     残りは小さな刀を抜くと、一斉に突撃を開始した。
     そして、
    『グワアアアアアア!』
     その全てが弾き飛ばされた。
     菊麿くんの怪力は、人形の攻撃などものともしなかったのだ。
     それでも智恵子は冷静に、菊人形たちの体勢を片手で立て直すと、もう片手を宙に向かって突き出す。
    「全員来て!」
     その声に応じたかのように、虚空からさらに追加の人形が現れた。
     その数、数十――では利かない。
     優に数百を超える人形が、ある者は宙に浮かび、ある者は地に立ち、智恵子を守るようにはだかった。
    「なっ……千体近くはいるぞ?」
     大雑把に数を数え上げ、会長は驚愕した。
     この少女は、一体どれだけの人形を持ち、同時に操りうるのだろうか。
     だが、そんな彼の驚きを知る由もなく、智恵子は素早く両手を動かすと、
    「フォーメーションG!」
     その叫び声に応じて、人形たちは飛び上がり、宙に浮いて静止した。
     中央に大量の人形が密集し、そこから下と横に二本ずつ、棒状に突出した陣形を組む。
     上にもこぶのような陣形が出来て、その姿はさながら巨大な人間だった。
     大きさは、菊麿くんに匹敵する。
    「おお!?」
     どよめき声が上がった。
     後ろの方でまだ逃げずに状況を見守っていた観客数名が、菊人形たちと菊麿くんの対峙に感動したのである。
     それは巨人対巨人の構図だった。
    「行って!」
     智恵子は叫ぶと、巨人と化した千以上の人形を、菊麿くんに立ち向かわせた。
     この陣形を組ませたのは、伊達でも酔狂でもない。密集した人形たちは魔力で結合され、その形を保つことができるのだ。
     つまり、本当に巨人が一体できあがったことになる。力も人形たちの魔力の相互干渉により、数千馬力を誇っていた。
     そんな巨人の拳が、菊麿くんを打つ
    『グガオ!?』。
     さすがに効果があったのか、菊麿くんは体勢を崩した。
     だが、倒れる寸前に足払いを巨人に放った。
     巨人は間一髪跳躍、そのまま回し蹴りで菊麿くんの顔面を狙う。
     菊麿くんは寸ででそれを受け止めると、巨人を力強く放り投げた。
    「いいぞ!」
    「やれー、戦え!」
    「どっちも頑張れ!」
     居残った観客の方から野次が飛んでくる。
    「他人事だと思って」と智恵子は辟易した。
     あるいは、彼らはまだこれをショーの一部と思っているのかもしれない。
     どちらにしろ、この時の智恵子は少しばかり観客に気を取られすぎていたと言える。
     菊麿くんが人形たちをはねのけ、こちらに近づく隙を与えてしまったのだから。
    「……え」
     しまった、とうめく前に、何とか巨人を操り、菊麿くんの動きを止めようとする。
     だが、菊麿くんはそれをはねのけると、一気に智恵子へと距離を詰めた。
     大きな両手で、彼女の体を思い切り掴む。
    「ぐぅ……?」
     呼吸が苦しくなり、集中力が解け、その余波で菊人形たちは陣形を乱す。
     巨人の姿が崩壊しかかるのが見えた。
     菊麿はなおも智恵子の体を、締め付けてくる。酸素の供給が、さらに少なくなった。
    『死ネェ!』
    「この……!」
     智恵子は残る気力で、崩壊しかかった巨人の姿を維持させると、菊麿の体を何とか羽交い締めにした。
     獲物に意識を向けていた菊麿くんは、迂闊にもその拘束を許してしまい、手から智恵子をこぼしてしまう。
     落ちた智恵子は、そのまま地を転がって安全な場所まで退避し、咳き込んでから空気を存分に吸った。
    「大丈夫か!?」
    「ええ、何とか……」
     体を引きずり近寄ってくる会長にうなずくと、改めて巨人と菊麿くんの方を見る。
     両者は力を拮抗させていたが、姿が不完全なぶん巨人の方が不利だ。智恵子は急ぎ、再度陣形を組ませようとする。
     そのまま、次の策を考えた。
    (危険な賭けですが、もう一度私自身を囮にして隙を作り、菊人形たちに攻撃を……)
     その時だった。
     糸から、拒絶の意志が流れ込んできたのは。
    「え……?」
     見れば菊人形たちは勝手に陣形を解除し、巨人の姿を崩壊させている。
     命令違反だ。しかし、これは智恵子に対する反逆ではなかった。
     菊人形たちはその小さな刀を、すべて菊麿くんの体に突き刺し、取り憑くようにして群がったのである。
    『シャラクサイ……!』
     菊麿くんにすればそれは大したダメージでもないらしく、彼らを引きずり智恵子の方に近づこうとした。
     まずは、人形を操るマスターを狙おうと考えたのだろう。
     菊人形たちがそうはさせなかった。
     彼らの思惑は糸を通して智恵子に流れ込んできた。
    「……『これより、特殊行動に移る』? ちょっと、待ちなさい!」
     智恵子の声に、会長がきょとんと尋ねる。
    「何だね、その特殊行動とは」
    「……自爆です」
    「え?」
    「あの子たち、自分の体を爆発させて、菊麿くんを止めるつもりなんです!」
     その言葉の内容にもだが、智恵子の声質に会長は驚いた。今までに聞いたことがないほど大きく、焦燥の色がにじみ出ている。
     その間にも彼女は額に汗を浮かべ、両手をせわしなく動かしていた。どうにかして、人形の動きを止めようとしているらしい。
     だが、菊人形たちはただの操り人形ではない。意志のあるリビングドールなのだ。
     それは自我や感情を持つがゆえに、時に融通が利かないのが欠点で――
    「やめなさい、あなたたち! これは命令よ……お願い、やめてぇ!」
     少女は目をつぶると拳を胸元に握りしめ、ついには悲痛な声を上げた。
     愛する者を失いたくない、その一心からくる叫びを。
     この時、会長の目には菊人形たちが笑っているように見えた。
     それは主君を守るという誇りに満ちた、武人たちの笑みである。
     ――彼らは、死を恐れていないのか!
     智恵子と菊人形たちの間に、確かな絆があることを確信し、彼は背筋を震わせた。
     次の瞬間、人形たちの全身を熱く大きな白光が包んでいく。
     そして――
    『グオ? グワアアアアアアア!』
     異変に気づいた菊麿くんが、彼らを振り払おうとした時には遅く、菊人形たちはその全身を爆発させ、光の中に散っていった。


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  • ヒーローズプレイスメント公式ノベル「菊より高いものはない?」  2/4

    2014-12-22 13:01

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    「……それで、そのアルバイトさえ完遂すれば、ちゃんとした報酬が手にはいるそうです。しかも結構な額が」
     智恵子はダイニングルームで、夕飯を食べながらつぶやいた。
     ちらり、と右手を見る。
     そこに立っている菊人形たちは、手にプラカードを持ったまま、動揺したように体を震わせた。
     智恵子は淡々と言葉を続ける。
    「逆に言えば、アルバイトが完遂しなければ報酬も手に入らず、あなたたちの境遇も今のままということなのですよ」
     智恵子はそう言うと、白飯を口に運ぶ。
     菊人形たちは顔を見合わせると、どよどよと声にならない声を上げた。実際に声が出るわけではないので、雰囲気だが。
     ここで箸を置くと、彼女は人形たちをじっと見つめた。
     慎ましやかな胸の下で、腕を組む。
    「なので、提案します。私がアルバイトを終えるまで、ストライキは一時お預けとしてくれませんか。もしもこれが終わった後、まともな菊を用意しなければ、存分にストに戻ってください」
     今日の彼女の夕食は、野菜炒めだった。決して刺身ではない――少なくとも食用菊は机の上に乗っていない。
     このことが、説得の材料になったかどうか。
     人形たちはもう一度顔を見合わせると、決意したようにうなずき、プラカードを投げ捨てたのであった。

     それから三日後のこと。
    「いやぁ、助かったよ!」
     頭がはげ上がったその初老の男は、手を打ち合わせて呵々大笑とした。
     休日の二本松市、観光地の一つである霞が城公園の入り口である。
     私服たる純白のワンピースを着た智恵子は、その男――三つ編み同級生の父親を前に、一礼をした。
    「私などで、力になれるのであれば」
    「なるなる! むしろ君しかいないと、娘から話を聞いていて思ったのだよ! 菊人形を自在に操ることができるんだって?」
    「ええ、はい」
     その言葉にうなずくと、智恵子は片手を上げてみせる。
     呼応するかのようにどこからともなく小さな影が複数飛び出した。
     背中に、銀色の糸を引きずって。
     それは間違いなく彼女の菊人形だった。各々が地面に立ち、ポーズを決めてみせる。
     数は数十を超えていて、三つ編み娘の父親は、その壮観に目を輝かせた。
    「おお、これは凄い! これだけの数を一気に、しかも個別に操れるとは!」
    「お褒めいただき恐縮です」
     ちっとも恐縮していないような無表情で、智恵子は答えた。
     だが、男は彼女の言葉も気にしないように豪放磊落に笑うと、その背中を叩いた。
    「いやぁ、これならいける、いけるよ!」
    「……セクハラになりますよ?」
     顔をしかめて指摘され、慌てて一歩下がった。さすがに娘の友人にそう言われては、気まずいらしい。
     咳払いをすると、話を本題に切り替えた。
    「君に頼みたいことは一つだ。娘から話は聞いていると思うが、どうかね。二本松智恵子くん」
    「ええ、聞いていますよ……二本松市観光協会会長さん」
     智恵子も少し声色を改めた。わざわざ役職名を述べたのは、ビジネスの話に入ったという宣言である。
     会長はうなずくと、少し表情を曇らせて霞が城公園の方を振り返った。
    「現在、二本松市は観光事業に関してやや遅れを取っている……それというのも、他の地域に比べて『ゲート』が少ないからだ」
    「つまり、名物となるタワーやダンジョンが少ない、ということですね」
    「その通り。異世界からはみ出した建造物は、ある程度安全が確保されれば観光名所にも使われる。だが、今のところ二本松市にはそれがないのだよ」
    「ゲート」によって通じた異世界からは、時々その空間がこちらにはみ出すことがある。
     タワーやダンジョンといった遺跡であることが多いのだが、これらは安全が確保されれば名物として観光客に公開されることも多い。東北が異世界の観光地と呼ばれる由縁だ。
     ちなみに、これら遺跡は安全が確保されるまでは地方自治体が責任を持って管理することが多いのだが、市民の中には無断で中の探索を行う者もいて、自治体としては少し手を焼いている。
     閑話休題。二本松市にはその名所となるべき遺跡が少ない。他と比べて観光地として決してひけは取らないのだが、どうしても差がつけられていくのが現状なのである。
    「我々も色々な手段を講じたよ。名物B級グルメを考案したり、ご当地ゆるキャラマスコット『菊麿くん』でショーを行ってみたり。だが、どれも今一だった」
    「はぁ」
    「そこで目をつけたのが、二本松市名物である菊人形を自在に操る君だ」
     ここでもう一つ咳払いをし、観光協会会長は大仰しく両腕を広げてみせた。
    「二本松智恵子くん。君には、人形劇をして欲しいのだよ!」
    「人形劇、ですか」
     オウム返しにつぶやいた智恵子だったが、同級生からすでにその辺の話は聞いてある。今のは事実確認に過ぎない。
     彼女は、ふと右手の親指を一つ動かした。
     それだけで、数体の人形がまったくバラバラの方向に動き、なおかつ違うポーズを取る。
    「確かに私なら、この子たちを自在に操って人形劇をこなすことも可能です。裏方さえ用意してくれれば、後は一人でできるでしょう」
    「そうだろう、そうだろう。つまり人件費がかからないというわけで……おっと」
     うっかり口を滑らせそうになって、会長は両手で押さえた。
    「ともあれ、君のような可愛らしい女学生が、人形を一人で操り人形劇をする。これだけでも充分話題は見込めるのだよ」
    「それは……お世辞でも悪い気はしませんね」
    「お世辞なんかではないよ、心からそう思っているさ。それにこの人形劇にはもう一つ目論見があってね、子供に受けるのではないかと思うんだ」
    「子供ですか?」
    「そうだ、家族連れの観光客が、一番旨みがある。この家族連れをゲットするには、子供の心を掴む必要があるのだ……休日のお父さんが子供に弱いのはわかるだろう?」
    「はぁ」
     よくわかりません、と続けたかった智恵子だが、何となく空気を読んで口をつぐんだ。
     会長の目が遠くを向いている。彼も昔は家族サービスに苦労した方なのだろう。
    「とにかく、人形劇のイベントは試してみる価値はあると思う。協力してくれるね」
    「わかりました」
    「では、早速劇の題目を決めなければならないのだが……」
    「あ、それなら」
     智恵子が手のひらを会長の方に向け、提げていたトートバッグからファイルを一冊取りだした。
    「娘さんに打診を受けた後、自分なりにオリジナル劇を作ってみました。この町を象徴する題材で作っています」
    「ほう……どれどれ」
     会長は感心して言うと、ファイルを受け取り、挟んであるコピー用紙に目を通した。

    『昔々、ある野原に、一本の大きな菊が生えていました。その菊は大層大きく、やがて花を咲かせましたが、その中に玉のように美しい娘が眠っておりました』
     物語の出だしを見て、ふむふむと会長はうなずいた。
     なるほど、二本松町の名物である菊を使っている。幻想的な出だしもグッドだ。
    『その美しい娘は近所に住む武家に拾われ、菊花姫と呼ばれ大切に育てられました。やがて年頃になった娘は、その美しさから、たちまち周囲の評判となりました』
     悪くない展開だ。恐らく、この後この姫が何かのハプニングに巻き込まれるのだろうと会長は予測する。
    『しかし、その評判があまりにも広まりすぎて、海を越えた島にいる鬼たちにまで届いてしまいました。鬼たちは武家を襲い、菊花姫をさらってしまいました』
     王道だが、なかなか良いぞ。予想が当たった満足感も手伝い、会長は再度うなずいた。
    『武家に使える若い侍たちは、彼らの武士道に従い、勇敢にも菊花姫を救おうと立ち上がりました。しかし、鬼たちは大変強力な存在。しかも、要塞のように強固な島に住んでいるので、容易に攻め込めません』
     要塞という言葉が少し引っかかったが、現代の子供にはこれくらいの方がわかりやすいだろう。まだ許容範囲内だ。
     オリジナル劇の結構なできばえに、会長は機嫌良くうなずく。
    『そこで、侍たちは一つの計画を打ち立てました。それは、海底に眠る船を引き上げ、改修して乗り込み、島に攻め入るというものです――海底の船、すなわち「戦艦大和」を』
     なるほど、と会長はうなずき――
    「……って、ちょっと待てぇ!?」
    「何でしょう?」
     首を傾げる智恵子に、食ってかかった。
    「いや、何でしょうじゃないでしょう!? 何でいきなり『戦艦大和』が出てくるの!? しかもどこかで聞いた展開だし!」
     大声でツッコミを入れる会長に、しかし智恵子は意外そうな目を向けると、
    「知らないんですか?」
    「……え、何を」
    「『戦艦大和』の舳先には、菊花紋章が飾られているんですよ」
    「だから何だぁあああ!」
     少しドヤッとした顔で語る彼女に、会長は再度声を荒げた。
     いくら菊があっても、さすがに二本松市と「戦艦大和」には何の関係もない。
    「……ちなみに聞くけど、この先の展開はどうなるの?」
     紙面に目を走らせる気も失せて、直接智恵子に聞くことにする。
     智恵子はうなずくと、答えた。
    「この後、侍たちは鬼たちが住む島に乗り込み、『大和』の援護射撃もあって難なく敵を倒していきます」
    「……それ、侍の活躍はほぼ皆無なんじゃ」
    「しかし、島の奥には巨大で怪力無双な鬼の首領がいて、しかも『大和』の砲撃は届かないため、侍たちはピンチになるのです」
    「お、一応見せ場らしいものはあるのか」
    「……ですが、侍たちは幸いにもサブマシンガンや手榴弾で武装していたので、距離を取って的確に集中砲火をし、鬼の首領が近づく前に倒しました」
    「武士道は!? ていうか、今さらだけど時代考証がめちゃくちゃだよ!? しかも、ピンチはあっさり覆ってるし!」
     これでは、劇どころか物語にもならないではないか。
     半眼で訴えてくる会長に、しかし智恵子は自信ありげにうなずいた。
    「大丈夫です、首領を倒した後、とびっきりのエンディングを用意してありますから……最後のページだけ読んでみてください」
    「……どれどれ?」
     半信半疑で会長は言われた通りにページをめくる。
     そこにはこう書かれてあった。
    『侍たちは菊花姫を助け出しましたが、彼女は鬼の首領の近くにいたのでやはり全身が蜂の巣になっていました……彼らは顔を見合わせると、肩をすくめてシニカルに笑ってみせるのでした。めでたしめでたし』
    「めでたくないわぁあああ!」
     思わず地面にファイルを叩きつける。
     それから憤りを抑えるため、数回深呼吸をしていたが、やがて不服そうにファイルを拾う智恵子にくってかかった。
    「何だ、この何も残らないエンディングは! バッドエンドじゃないか!」
    「侍たちは笑っているので、ある意味ハッピーエンドですよ」
    「ブラックジョークでハッピーになれるかぁ! そもそもこの劇、良かったのは出だしだけで、途中からは完全に支離滅裂だろう!」
    「……それでも、これくらい砕けた方が、子供には受けがいいと思うんですけどね」
     そう指摘された瞬間、ぴた、と会長の勢いが止まる。
     彼にとって、聞き逃せないキーワードがあったからだ。
    「子供受けがいい?」
    「はい。自分が子供の頃を思い出してください。固いだけの物語よりも、荒唐無稽な滑稽話の方を好んだはずです」
    「それは確かにそうだが……君は、そこまで考えてこの物語を作ったというのか?」
    「ええ」
     胸の中で「そこまで考えていませんでした」と続け、智恵子は微笑んでみせる。
     だが、会長はそれで感心したらしく、うーむとうなると、
    「確かに子供のことを考えるなら、退屈するような芸術作品を選ぶよりは、笑って友達同士の話題になるような娯楽作品を提供した方がいいのか」
     納得したようにつぶやいた。よほど、子供好きな性格らしい。
     会長はやがて、手を一つ打ち鳴らした。
    「よし、二本松さん。その物語を採用しよう」
    「そうですか、それは子供のことを思って作った甲斐がありました。大変嬉しいです」
     心にもないことを言って、智恵子は胸中で舌を出した。
     それから、微笑をより親愛に満ちたものに変えて、会長に尋ねる。
    「では、脚本家としての報酬も私がいただくということで、問題ありませんね?」
    「う……まぁ、いいだろう」
    「ありがとうございます」
     今度は本心からの礼だった。彼女は一銭でも多く金を稼ぐつもりで、そのためにこの脚本を作ってきたのだ。
    (とりあえず、ここまでは予定通りですね)
     智恵子はぼんやりとそう考えると、今後のスケジュールを決めるべく、会長に打ち合わせを申し出るのであった。

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