宇野 ここまでのお話は、ある意味で業界にとっての「タクシー文化」の話ですね。でも、僕が本当に気になるのは市民にとってのタクシー文化なんですよ。
PLANETS Mail Magazine
過疎化する地方でタクシーが果たす使命ーー日本交通・川鍋一朗が描く「交通」の未来 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.086 ☆
今回のほぼ惑に登場するのは、日本最大のタクシー会社「日本交通」社長の川鍋一朗。アナクロに思われがちな「タクシー」というサービスに秘められた、インターネット以降だからこそ活用可能なポテンシャルとは――!?
日本交通株式会社・代表取締役社長の川鍋一朗――ビジネス雑誌などを読む人にはよく知られた人物だが、「ほぼ惑」の読者には知らない人が多いかもしれない。
慶応大学経済学部卒業後、マッキンゼーに入社。その後、1900億円の負債を抱えた老舗タクシー会社「日本交通」を創業家の三代目として受け継ぎ、見事に会社再建を果たす。一方で、タクシーを呼べるアプリ「日本交通タクシー配車アプリ」を開発するなど、新たな手法でタクシー業界の次の姿を切り拓いてきた。
PLANETS編集部は今回、川鍋社長に日本交通本社でインタビューを行った。uberなどのタクシー配車アプリが途上国を中心に爆発的に伸びている状況で、「タクシー」という雇用のセーフティネットとしての機能を持つ業界がいかに対応していくべきか。そして、タクシーと切り結んだ、未来の地方社会における「交通」の新たな姿とは。宇野と川鍋氏が、「タクシー文化」の現代における可能性について語り尽くした。
◎構成:稲葉ほたて
▲川鍋一朗
■「拾う文化」から「呼ぶ文化」へ
宇野 今日は単刀直入に、川鍋さんに一つお伺いしたいことがあるんです。まず、川鍋さんは、否応なく変わっていかざるを得ないタクシー業界にかなり強く介入されていますね。
川鍋 そうですね(笑)。
宇野 そのとき、川鍋さんはタクシー業界をどこに導こうとしているのか。例えば、あちこちのインタビューで、「これからはタクシー業界そのものが生き残りをかけなければいけない。流しのタクシーを拾う文化から、タクシーを呼ぶ文化に変えなきゃいけない」と仰られていますね。
川鍋 タクシー業界は一昨年100周年を迎えたのですが、まさに102年目にして「選べる時代」にさしかかりつつあるという認識です。まだ売上のボリュームでは都内のお客様の2割程度ですが、そういう能動的な方がどんどん増えています。当社の売上に関して言えば、10年くらい前は積極的にウチを選ぶ人は3割くらいだったのが、既に半分以上です。
こういう施策は、もちろん会社の競争としても必要で、アプリのその一環です。あれはSUICAを導入したり、慶應病院の前で待つタクシーをウチにしてもらったりするのと同じ”シェア拡大策”の一つなんです。
宇野 ただ、その背景には、明らかに世界的な流れがありますよね。現在、日本交通のアプリのようなGPS機能と連動してタクシーを呼べるアプリは、外国でも大きなインパクトをもちはじめていますよね。もちろん、途上国やアメリカと日本のタクシー事情は社会的な条件が大きく違うとは思うのですが。
川鍋 我々はアプリ専業の会社ではないので、あくまでもタクシー事業者としてのアプリ運営でしかありません。ウェブサービスで言えば、「食べログ」というよりは「ぐるなび」に近くて、あくまでも事業者の効率的運営のサポートが目的であり、お客さまにとってのタクシーの価値を上げるためのものなんです。
それに対して、IT事業者の運営する、例えばuberやHailoのようなアプリは目新しいシステムではあるのですが、タクシー事業者にとってはマージンを失うものなんです。それでは産業全体として地盤沈下してしまい、お客様に新たな価値を届けられなくなります。しかも、多くのアプリは既存のタクシーを呼びやすくしているだけなのにマージンが10-15%ですから、我々にとっては払えるレベルではないんですよ。せいぜいクレカの手数料の3-4%が、事業としての限界なんです。
だから、産業という側面からすると、自分たちでやった方がいい。まずタクシー産業発展のために利益をしっかり確保しようという視点で、スマートフォンのアプリを広げています。いまは全国で120社くらいと提携していますね。
宇野 川鍋さんの仕事を見ているとタクシー業界が受動的に待つお客さんではなく、能動的なお客さんを今よりもつかまえるようになっていくんだなと思うんです。
その結果、ニーズが細やかになっていき、対応力も備わっていくでしょう。しかし同時に、必ず差別化が行われていくので、それに対応できる業者だけが残っていくことになる。だから、おそらくはタクシー全体の台数は減るのではないでしょうか。
川鍋 例えば、いま東京には5万台のタクシーがあるんですけれど、常時出動している5万人の運転手の生活を支えるコストは、「5万人×年収」の掛け算です。それを現在のタクシーへのニーズで割ったのが、現在の料金ですよ。ということは、台数を半分にすれば、初乗り500円くらいになるわけですね。
でも、そうなると今度は金曜の夜にはどこも乗車中だったりして、アベイラビリティの面での不便が出てくるでしょう。もちろん、「タクシーの料金は高いよね」という議論はしていて、料金を下げる方法は他にもいくつかあるのですが、結局はバランスの問題なんですよ。
■社会インフラとしてのタクシー業界
宇野 川鍋さんは、いろいろな場所で「タクシー業界を守る」という発言をされていますね。そこでのお話を僕の業界に喩えるなら、Amazonがやってくる前に日本の本屋業界で経営統合して、Amazonを作ってしまおうという発想だと思うんです。
しかし、タクシー業界が持っている労働・雇用を含む意味での社会インフラ機能はどうなるのか。実際、「なんの経験もなしに、この年収になれる職業はそうはない」という話をされていますよね。いわば社会のセーフティネットとしてのタクシー業界というものを含めて、ビジョンがあるのではないでしょうか。
川鍋 タクシー運転手って、やはり他に行くところがなかった人が過半数なんですね。それは諸外国も一緒なんですよ。だから、タクシー業界で彼らを頑張らせ続けなければ、ハローワークに行くことになるんです。そうすると、政府の税金で多大なる職業訓練費や生活保護費を掛けながら、労働市場にカムバックさせなければいけません。でも、生活保護費だけでも一人あたり月14~15万円、さらにパソコン教えたりすれば20数万円かかるわけですよ。タクシーがあれば、そのマイナス20数万円がプラス20数万円に転じるわけです。
実はタクシー運転手の数は日本全国で40万人いるんです。しかも、ほとんどが50代の運転手ですから、家族の存在も考えるとざっと100万人の人間――つまり日本人の100人に1人はタクシーで生活しているわけです。これが外からの勢力の登場で、一気に崩壊するのは避けなければいけないです。そのためには、先に攻めることで、スムーズに新しい世界に移行させていかなければいけないと思っています。ただ、このバランス感覚が……
宇野 でも、それはタクシー業界に限らず、いまの日本の様々なジャンルで上手く行かずにいることですね。僕のいるマスメディアの世界がまさにそうですよ。
川鍋 でも、だからこそやる価値があるんです。そうでないと、いがみ合いでぶつかりあって、不毛な戦いになってしまう。
いまタクシー業界全体の生き残り策として私が考えているのは、まさに業界としてある程度まとまってやっていくことです。例えば、2年前から都内で妊婦さん向けに陣痛時のタクシーサービスを始めて、現在では都の2割の妊婦さんが登録してくれています。ただ、ウチだけでは必ずしもすべての妊婦さんに対応できるとは限らない。最近は他社がやってくれるようになって、だいぶ妊婦さんがタクシーを使いやすくなっていますが。
私としては、やはりこういう施策を産業として一斉に始められて、意見の集約ができることが重要だと思います。現在、日本にタクシー会社が6000社あるのですが、もう少し会社の数を統合して少なくすれば、事業規模を活かした前向きな経営判断ができるのではないかと思っています。
■都市生活におけるタクシー文化の可能性
宇野 ここまでのお話は、ある意味で業界にとっての「タクシー文化」の話ですね。でも、僕が本当に気になるのは市民にとってのタクシー文化なんですよ。
宇野 ここまでのお話は、ある意味で業界にとっての「タクシー文化」の話ですね。でも、僕が本当に気になるのは市民にとってのタクシー文化なんですよ。
例えば、僕はほとんど百貨店に行かずに、楽天とアマゾンで買い物をしているんです。外食でも、通の人が出入りしている界隈を紹介してもらうよりは、食べログを見て「3.5なら行こうかな」という感じです(笑)。こういう都市生活の変化がある中で、公共交通機関は電車も飛行機も基本的には変わっていないわけです。そういう点では、まさに日本交通のタクシーアプリが交通における初めての変革ではないかと思うんです。
そこで僕に興味があるのは、市民とタクシーとの距離感がどう変わっていくかです。例えば、海外でタクシーアプリを使うユーザーにとっては、安全なタクシーを確実に呼べるのは大きいでしょう。でも、日本では治安が良いこともあって、タクシーでの犯罪というのはあまり聞かない。アメリカや途上国と日本では全く異なる変化が起きると思うんです。
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