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  • 【特別配信】落合陽一 〈近代〉を更新するテクニウムたち――ジャパニーズテクニウム展ガイド

    2017-05-24 07:009時間前
    540pt

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    落合陽一さんのメディアアート作品を展示した展覧会「ジャパニーズテクニウム展」が、東京都千代田区紀尾井町のヤフー本社内で開催されています。日本で生まれたテクノロジーの生態系は、いかにして〈近代〉という概念を更新するのか。出展作品の中から8点を取り上げ、落合さん自身が解説を行います。(構成:菊池俊輔)
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    ジャパニーズテクニウム展
    開催期間:2017年4月28日(金)~5月27日(土)
    開館時間:平日16:00~21:00/土日祝13:00~21:00 (最終受付は20:30)
    開催場所:東京都千代田区紀尾井町1-3 東京ガーデンテラス紀尾井町 紀尾井タワー 18F
    ヤフー株式会社 東京ガーデンテラス紀尾井町オフィス
    落合 みなさん、ジャパニーズテクニウム展へようこそ。このタイトルにある「テクニウム」とは「テクノロジーの生態系」という意味です。元WIRED創刊編集長ケヴィン・ケリーの言葉で、彼は「テクノロジーは発展の過程で、自然淘汰のように環境に最適化されたものが残っていく。そこには進化論に似た遺伝子的な文脈があるのではないか」というようなことを言っています。
    日本におけるテクノロジーの生態系――ジャパニーズテクニウムは、僕たちの周囲に満ち溢れています。たとえば、温かい状態で出て来るおしぼり、湯切りの穴の空いたカップ焼きそば、トイレに付いているウォシュレット、触れるだけで開く自動ドアのボタン。工業化社会によって一般化した技術は、日本的な美的感覚や身体性と結びつくことによって、新しい非言語的な表現として現れています。こういったテクニウムの登場によって、我々の世界認識は大きく変化してきたはずです。
    たとえば、江戸時代に確立された日本特有のアートである「浮世絵」、これは凸版方式の印刷技術によって作られています。そして、日本画の伝統的な「雨」の表現は、このテクノロジーによって際立って洗練されました。
    このように、表現に関わるテクノロジーが再発明されたときに、それがメディアなどを通じて、どのような構造を新たに生み出すのかを思考する、その行為自体が、ひとつのメディアアートとして成立するのではないか、というのが本展覧会の趣旨です。
    僕たちはもれなくジャパニーズテクニウムに属しています。それはこの展覧会の作品を見ていくことで自然と理解できるはずです。それでは、さっそく作品を紹介していきましょう。

    Optical Marionette/オプティカルマリオネット 

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    ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を用いて「現実とやや異なった現実」を見せることにより、外部から人間の歩行方向を操作するシステムです。
    HMDには3Dカメラで撮影した装着者の前方の風景が表示されていますが、その映像に特殊な処理を施すと、真っ直ぐに歩いているつもりなのに、勝手に歩く方向が曲がっていきます。本人はA地点に向かって歩いたつもりが、気付いたらB地点に着いてしまう。人間の行き先をラジコンのように遠隔操作できてしまうわけです。
    人間の脳は、身体の方向感覚よりも視覚の方を優先します。だから、視覚をちょっといじるだけで、足は意図しない方向に向かってしまう。その実験を何度も繰り返し、結果に逆行列を掛けることで、人間を遠隔操作して狙った方向に向かって歩くようにできます。
    VRの分野では、プレイヤーの知覚を操作して、狭い部屋をぐるぐる回っているのに、広大な空間を歩いているように感じさせる、Redirected Walkingなどの研究が数多くありますが、それを応用して、現実空間の人間の動きをコントロールできるようにしたのが、この研究の面白いところです。
    この技術は車椅子で移動している人にも効果があるので、車を運転している人にも使えると思います。こうなると人間とロボットの区別は、ほとんどつかなくなってきますよね。

    Telewheelchair/テレウィールチェア

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    この展覧会の重要なテーマに「脱近代」があります。「障害を持った人間」という概念が現れたのは近代以降で、それは工業化社会が「均質的な人間」を規定したときから始まっています。
    僕たちの社会には「障害」を顕在化させる装置がいくつもあります。たとえば、街中でよく目にする点字ブロック。視覚障害者をサポートするための設備ですが、利用していると周囲の人に「あの人は目が不自由なんだ」とすぐ分かります。こういった技術を環境ではなく人間側で備えることができれば、障害の有無というのは気にならなくなるはずです。
    これは自動運転機能を備えた車椅子です。これまでの車椅子は介護者が安全を確認しながら動かしていましたが、それを全天球カメラとAIに置き換えて自動運転で走行するようにしています。もちろん危険性もありますが、そのときはVRでの遠隔操作によって第三者がコントロールに介入できます。もっとも遠隔操作が必ずしも安全とはいえません。『マリオカート』みたいにクラッシュしたら大変なことになります。そこでVR側にも障害物感知と環境認識を組み込んで、AIで常に動きを監視するようにしています。コンピュータの監視のもとで、人間と人間が良好な関係を築けるようなモビリティとして設計しました。
    僕も開発中に何度も乗っていますが、何も操作せずに本を読んでいても、勝手にどこかへ連れて行ってくれるので非常に楽しいですね。こういった自動運転技術が当たり前になって、皆が座った状態で他の作業をしながら移動するのが普通になったら、足が不自由だとかは分からないし誰も気にしなくなる。多くの人が当たり前に眼鏡をかけている現代は、伊達メガネなのか本当に視力が悪いのかいちいち気にしませんよね。点字を利用していれば目が不自由だと分かりますが、OCR(文字認識)による自動読み上げが普通になれば最初から気にならない。このように近代が規定した「障害」という概念の更新、テクノロジーによる「脱近代」を意識しながら取り組んでいます。


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  • 古川健介『TOKYO INTERNET』第9回 東京における金銭的資本と文化的資本の交差点はどこなのか

    2017-05-23 07:00
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    「けんすう」こと古川健介さんが日本的/東京的なインターネットの特質に迫る連載『TOKYO INTERNET』。今回は、日本のモバイルゲーム特有の課金システム「ガチャ」と、この国に脈々と受け継がれる「キャラクター文化」の接点について考察します。

    東京における金銭的資本と文化的資本の交差点はどこなのか

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    (イラスト:たかくらかずき)

    さて、今回のTOKYO INTERNETから、いよいよ「東京が生み出すべき次のネットサービスは何か」というところを考えていきたいと思います。

    その前に、まず連載の目的である「都市の土壌を使った次のネットサービスを作る」のには何が必要かという整理をしたいと思います。

    結論からいうと
    ・金銭的資本
    ・文化的資本
    の2つが必要であり、この2つが交差する点に、次のネットサービスの種があるのではないかと思っています。金銭的資本は「雨」のようなもので、文化的資本は「土」のようなものです。雨がきちんとふっていて、かつ豊かな土壌があってはじめて、ネットサービスという芽がでるのです。

    この連載の前半では、様々な角度から東京にある、ネットサービスを作る上で活用できそうな文化的資本について考えていきました。なぜ文化的資本についてから考えていったかというと、「日本から世界に出ていくサービスがほとんどないのは、ベンチャーへの投資金額が少ないからだ」という結論になりやすいからです。

    もちろんネットサービスを大規模に立ち上げるとしたときにはお金の問題は避けて通れず、どれだけイノベーションに大規模に投資できるか、というところで勝負が決まったりしがちなのです。

    しかし、日本において「グローバルサービスは全世界に広がるものなので地域差はない。なので、どこの国からも生まれる可能性がある」という前提に立ちすぎているせいで、文化的資本に関する議論が日本においてあまりに少なく、結果としてネットサービス作りにおいて参照となる言論がない、という課題感を感じています。この連載ではまずそこを埋めたかったのですね。

    この連載の初期のあたりで言及したとおり、GoogleやFacebookなどのグローバルサービスが普遍的であるため、どこの地域から生まれてもおかしくなかった、というわけではありません。むしろ、あのようなサービスは「アメリカのシリコンバレーだからこそ生まれた&育った」というほうが的確だと考えています。なので、日本がシリコンバレーで作られるようなサービスを作るのは難易度があがってしまうのです。

    というわけで、連載の前半でテキストサイト文化や絵文字、匿名でのコミュニケーションサービスについて深く考察していったわけです。

    そして、後半で、i-modeをはじめとするモバイルでの課金の強さなどを元に金銭的資本についても考えていっていきました。そして、今回、そして次回の記事で、本連載の結論部分に入っていきます。その結論に入るということは、前述の通り「金銭的資本と文化的資本が交差するのはどこか」というところを考えていく必要があると思っています。

    まず、本記事では、その交差するうちの、大きな1つの点について考えていきたいと思います。

    東京ではエコシステムをどう回せるか?

    文化的資本と金銭的資本が交差するところはどこか?を考える前に、まず、日本 / 東京という地理において、金銭的資本をどうするのか、という点をもう一度整理してみましょう。それには「エコシステム」が必要です。

    エコシステムとは生態系、といった意味ですが、インターネットベンチャー業界では、よく「世代を超えてお金や知識などのリソースが回ることで、ビジネスの生態系が回っていること」という意味で使われます。

    たとえば、もっともエコシステムがうまくいいっているシリコンバレーでは、
    ・テック企業が成功をする
    ・そこで得た資金を次の世代に投資する
    ・新規参入社たちが多産多死の状態で様々なイノベーションを試むようになる
    と言う形でまわっています。そうして生まれた企業の一部が生き残り、巨大企業になっていったり、M&Aをされることで大企業のイノベーションの源泉になったりしています。

    いわば、GoogleやFacebookのような圧倒的に成功したインターネット企業のお金が、同じ地域内でぐるぐる廻ることで、地域全体が巨大なラボのようになっていっているのがシリコンバレーの強さなのです。

    この連載のテーマである、地域からサービスが生まれる、という主張の背景には、文化面以外にも、このような金銭面での理由もあるということです。

    このような、エコシステムがあってはじめて、その地域からイノベーションを起こす企業がたくさん生まれるようになるわけです。

    一方で、日本ではまだ地域のエコシステムが回り始めたくらいなので、まだまだという状態です。

    筆者の話でいうと、2009年にnanapiというハウツーメディアの運営する会社の創業をするのですが、その時にエンジェル投資家として投資してくれたのが、小澤隆生氏という、楽天にビズシークという自分の会社を売却した人でした。そして、nanapiも2014年にM&Aをされています。


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  • 【春の特別再配信】京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録 第3回 〈週刊少年ジャンプ〉の終わりなき日常

    2017-05-22 07:00
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    「2017年春の特別再配信」、第6弾は本誌編集長・宇野常寛による連載『京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録』の第3回です。今回からは少年漫画がテーマ。敗戦国のマチズモの否定と〈アトムの命題〉の影響下にある少年漫画は、トーナメントバトルという成熟なき成長の形式を生み出しました。80〜90年代の〈週刊少年ジャンプ〉黄金期とその終焉から、戦後日本人の男性性の内実を解き明かします(この原稿は、京都精華大学 ポピュラーカルチャー学部 2016年4月29日の講義を再構成したものです/2016年6月17日に配信した記事の再配信です )。

    宇野常寛が出演したニコニコ公式生放送、【「攻殻」実写版公開】今こそ語ろう、「押井守」と「GHOST IN THE SHELL」の視聴はこちらから。
    延長戦はPLANETSチャンネルで!

    戦後日本と男性性の問題

     今回の講義は「少年漫画」がテーマです。みなさん、少年漫画というと何を思い出しますか? 今時の学生だと『ONE PIECE』『NARUTO』『名探偵コナン』といったあたりですかね。『ドラゴンボール』も再編集版アニメを放送しているので馴染みが深いかもしれませんね。
     これらの作品を産んだ週刊少年ジャンプ、週刊少年マガジン、週刊少年サンデーといった週刊少年誌は、発行部数を見れば一目瞭然だと思いますが50年代末から現代に至るまで日本の漫画シーンの中心にあり続けています。老舗の〈サンデー〉はこの10年で大きく部数を減らして潰れかけていますが、〈ジャンプ〉と〈マガジン〉は最盛期にくらべればだいぶ減りましたがまだまだ健在です。ざっというと〈ジャンプ〉が約245万部で〈マガジン〉が115万部くらいかな? これは同じ漫画週刊誌でも〈モーニング〉が約26万部、〈ビッグコミックスピリッツ〉が17万部くらいなので、どれくらい週刊少年誌が大きな存在か分かると思います。そして、これら週刊少年誌の人気漫画はだいたいアニメ化されるので、より大きなポピュラリティを獲得することが多いです。とくに、60年代から90年代まではテレビの支配力が今とは比べ物にならないくらい大きかったので、この時代に子供だった世代は最大の共通体験が少年漫画だと言っても過言ではありません。戦後社会において漫画はある時期からずっと雑誌を基点とした少年少女文化の中核に位置していました。

     そこで出てくるのが、「成熟」をいかに描くかという問題でした。戦後日本では1960年代頃すでに漫画文化が普及していたのですが、多くの場合は少年少女向けの雑誌に掲載されていたことになるのだけれど、それは媒体の対象読者の年齢層的に登場人物の成長を描かざるを得なかったことを意味します。その結果、「成熟」をいかに描くかという問題が戦後漫画の、とくに少年漫画の中核には存在し、その性格を決定づけたと言えます。


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