これまでにお届けしてきた「PLANETS vol.9(東京2020)」関連記事は
こちらから。▼プロフィール
伊藤博之(いとう・ひろゆき)
北海道大学に勤務の後、1995年7月札幌市内にてクリプトン・フューチャー・メディア株式会社を設立、代表取締役に就任、現在に至る。アメリカ、ヨーロッパなど世界各国に100数社の提携先を持ち、1,000万件以上のサウンドコンテンツを日本市場でライセンス販売している。会社のスローガンは、『音で発想するチーム』。DTMソフトウエア、サウンド配信サービス、音楽アグリゲーター、3DCGコンサートシステムなど、音を発想源としたサービス構築・技術開発を、フラットな社内体制のもと日々進めている。「初音ミク」の開発会社としても知られており、2014年5月にはLady Gaga北米ツアーのオープニングアクトに抜擢。同年10月にはMIKUEXPO in ロサンゼルス/ニューヨークを開催し、CBSテレビ、New York Timesなど大手のメディアにて特集される。2014年10月にクリエイティブ活動のハブを目指す「MIRAI.STカフェ」を札幌市にオープン。北海学園大学経済卒。北海道情報大学客員教授も兼任。2013年11月に新産業創造が評価され藍綬褒章を綬章。
◎聞き手:宇野常寛/構成:中野慧
■東京の「東側」を活用せよ
伊藤 このあいだの座談会企画(『PLANETS vol.9』収録の「世界を大いに盛り上げるための文化祭計画2020」)は面白かったですよね。「コンテンツ業界は2020年に向けて、企画やアイデアを出し惜しみしていないで全部出してしまうべき」というのは本当にそのとおりだな、と思いました。
宇野 この五輪の裏で開催される文化祭計画については実際の誌面で細かく発表していて、五輪で中心地となる湾岸エリアが盛り上がっていることが考えられるから、逆にそこで置いていかれる池袋や原宿、秋葉原のような旧市街を盛り上げようということを考えています。
この地域では、2014年現在すでに中バコがたくさん整備されつつあるので、そういうハコを使って2週間から3週間、どこに行ってもヴィジュアル系、アニソン、ボカロのコンサートが何かしらやっているというようなイメージで誌面では提案しているんです。
伊藤 僕は仕事でしょっちゅう東京に来ていますが、あえて歩き回ったりして土地の雰囲気を味わうのがけっこう好きなんですよ。そこで思ったのは、東京の東側ってけっこう面白いですよね。このあいだも馬喰町のあたりで打ち合わせがあったので少し周辺を歩いてみましたが、川に停泊している屋形船だったり、昔から続いている靴屋さんだったりとか、歴史の古層を感じさせるものがたくさんあります。その部分はもう少し有効に活用できるんじゃないかと思ったりするんですよ。
宇野 僕の友人の張イクマンという香港の社会学者が「日本人は東京の文化は西側にあると思っているけど、外国人にとっては浅草、秋葉原、ビッグサイトを南北につなぐラインこそが東京の観光地なんだ」と言っていて、それがすごく印象に残っているんです。伊藤さんがおっしゃっているのは、そのラインの湾岸より北側、つまり隅田川周辺のエリアのことですよね。
伊藤 そうですね。それと、東京って地図上では平坦に見えるんだけれどもアップダウンがけっこうあったり、埋立地があったりと地形も変化に富んでいますよね。時系列で街の構造自体がすごく変化していて、そういう東京のダイナミックさをもっと味わえたら面白いんじゃないかと思いますね。
ヨーロッパのパリとかロンドンみたいな街って「ここは200年もの長いあいだ続いていて……」という場所がたくさんあるけれど、それと対照的に東京って「変わる」ということに対してすごく寛容で、長期でみた構造的な変化が面白い街なんじゃないかな。その「動き」を、たとえばテクノロジーを使って感じられるようにできたらな、と。
宇野 『機動警察パトレイバー』の映画版第1作で押井守が――ちなみに彼は大田区出身なんですが――「東京は次から次へと塗り替えすぎていて、風景がすぐに変わっていってしまう」と批判的に描いていましたが、今の伊藤さんのお話ってその状況を逆手に取ってエンターテイメントにしてしまおうということだと思うんですよ。
実際、今はIngressのような位置情報を使ったゲームアプリが出てきていて、その技術を上手く使えば、スマホを使ってアースダイバーやブラタモリみたいなことができる。たとえば高田馬場だったら「駅からこれぐらい離れた場所に実際に『馬場』があったんだ」とか、隅田川周辺だったら「ここは今はただの高架下だけど、昔は賑やかな船着場だったんだ」とか、そういう「過去の東京」を情報技術を使って味わわせていく。そういったアイディアは面白いかもしれないですね。
■今のサブカルチャーは「文化財」として残っていく?
伊藤 このあいだ東京デザイナーズウィークに行ったら、いろんなクリエイターが葛飾北斎をオマージュして作品を出している場所があったんですね。そこで改めて思ったのは、北斎のあのとんでもない構図のチョイスとかって、やっぱりギャグというか、一種のユーモアでやっていたんじゃないかな、と。そういったセンスって現代の漫画のなかにも必ず受け継がれていると思うんですよね。
宇野 北斎の浮世絵って今でこそ重要文化財のように扱われているけれど、江戸時代当時は庶民の娯楽、サブカルチャーだったわけですよね。『P9』で収録される座談会でも話したことですが、戦後のキャラクター文化はこの先サブカルチャーとしてのリアルタイムの力を失って文化財になっていく。そのときに残すべきものをどう残し、日本文化史のなかに位置付けていくかが課題になってくると思うんです。
伊藤 その意味では、芸術作品のクオリティだけではなく、クリエイトする側の人のプレゼン能力がすごく重要になってきます。いかに「この丸めたティッシュが一億円の価値があるか」をプレゼンしていくかによって、人々に受け入れられて残っていくか、そうでないかが変わってくる。
日本って、どうしても「◯◯道」とか言って、「何も言わないでコツコツつくる職人的なあり方が美しい」とされていて、モノ言うクリエイターが評価されづらいんですよね。
やっぱり浮世絵は、それに影響を受けたゴッホやロートレックのような画家たちが評価されることによって、その起源として間接的に評価されましたよね。つまり日本から自分たちでその価値を発信したものではないわけです。
宇野 日本発でグローバルに評価されているカルチャーって、浮世絵や民芸、現代ならアニメがあると思いますが、基本的には大衆文化なんですよね。その大衆文化が「アート」として振る舞うには基本的に「西洋から発見される」という回路しかなかった。でも、それだと自己発信ができなくなってしまう、というのが伊藤さんが持っていらっしゃる問題意識なんですよね。
伊藤 「国がバックアップしよう」という話もよく出てきますよね。もちろんそういうことは戦略的には重要なんですが、確信犯的に自分たちのやっていることをブランディングしていく意識を持っている、たとえば猪子寿之さんのような人がもっと出てきてくれたらいい。今後は世界に向かってプレゼンできるスターをいかに育てられるかが重要だと思います。
■MIKU EXPOでのプレゼンテーションは「いかに創作の裏側を見せるか」
宇野 だとすると、同時にこの2020年というタイミングは、日本のキャラクター文化にとって自画像を描かされるタイミングになると思うんです。そしてその自画像は、しっかりと伝統的な日本文化と接続されていないと海の向こうに出て行くことはできない。
伊藤さんのクリプトン・フューチャー・メディアは、今年も様々な場所で初音ミクの海外公演を行ったりしていますよね。そこではいまおっしゃられたような問題意識は反映されていたりするんでしょうか?