オレは椅子に縛られ、床に転がったまま、目の前の図をじっと眺める。
――これを読み解けば、みさきを助けられるのか?
いや、でもどうやって解除方法を伝えればいい? オレはしばられ、身動きがとけない。
スーツの男は再びベッドに腰を下ろし、懐中時計を眺めている。
「ああ、もう日が暮れてしまうじゃないか」
と男は言った。
「今夜はパーティなんだよ。悪魔が自ら死を選ぶ、聖なるパーティなんだ。君みたいな、望まれない客はいらない」
「悪魔ってのは、佐倉みさきか?」
「もちろんだ」
どうして彼女が悪魔なんだ、と尋ねる気はなかった。
誘拐犯がどんな主張を持っていようが、どんな正義を振りかざそうが、知ったことじゃない。聞くまでもなくみんな却下だ。
でもひとつだけ、先ほどの男の話で気になったことがあった。
「教えってのはなんだよ?」
さきほどこいつは、「私は誰よりも教えに忠実だ」と言っていた。
教えによって悪魔を殺すのか? その悪魔がみさきだというのなら、こいつの他にも、彼女を狙っている奴がいるのか? 一体誰がそんなことを教えてやがるんだ。
男がちらりと、こちらを見下ろす。
「やはり、君はスイマではないな」
「どうして?」
「スイマが教えを知らないはずがない」
「スイマってのは誰だ?」
「君には関係のないことだ」
微笑を浮かべていた男の表情が、ふいにこわばる。
「いや。だが、なぜだ? どうして君が、ここに来られた?」
そんなことオレが知りたい。
暗号を解いたのはソルだ。ソルってのは何者だ? それさえわからない。
暗号の答えは、オレの記憶に繋がっていた。どんな偶然なんだ。想像もできない。
男はこちらを睨んでいる。
「スイマではない君が、どうしてここに来ることができた?」
重要なのはみさきだ。彼女の元には今、爆弾がある。
男が声を張り上げた。
「おい、答えろ! どうしてお前は、ここに来た!?」
オレは答える。
「ヨフカシ」
それがなんなのか、もちろん知らない。
でもあのきぐるみは言ったのだ。
――ヨフカシを捜すんだ。ヨフカシはスイマの中にいる。
ヨフカシというのも、きっとこいつらに繋がっている。ならその名前は、使えるかもしれない。
「オレはヨフカシに頼まれてここに来たんだよ。悪魔に話がある。彼女に会わせろ」
スーツの男はベッドから立ち上がる。
「ヨフカシ、だと?」
彼はこちらに歩み寄り、オレの頭を蹴った。どうやら判断を間違えたようだ。
「ふざけるな! 本当にいたのか! ふざけるな! 消えてなくなれ!」
男は自棄になったように、繰り返しこちらの顔を蹴る。痛みに痛みが上塗りされ、わけがわからなくなる。鼻から温かいものが流れた。くそ、オレはなかなか鼻血が止まらない性質なんだ。
「なんてことだ。……スーツが汚れてしまったじゃないか」
そう言ってまた、男はオレを蹴る。
また意識が薄らいでいった。漠然とした、死への恐怖のようなものを覚えた。
思い出したのはあのきぐるみの、不気味な笑顔だ。
――お前は、なんなんだよ?
オレを助けたいのか、苦しめたいのかはっきりしろ。