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めまいがするくらいに暑い日だった。
夏のなにげない路上の景色が、膨れ上がった空気でゆらゆらと揺らいでいた。
オレは深緑色の軽自動車の助手席で、エアコンの風に手のひらを向けながら、ぼんやりそれを眺めていた。
「なんの用よ?」
と宮野さんは言った。彼女は運転席で、緑色の瓶に入ったラムネをちびちびと飲んでいる。
「スイマの調査、どうなったのか気になって」
「もう話したでしょ。大阪に行って、アパートからスマートフォンとミュージックプレイヤーを借りてきて」
「盗んできて、の間違いでしょう」
「返すつもりはあるわよ」
「なにか目ぼしい情報はみつかりましたか?」
「まったく」
宮野さんは首を振る。
「スマートフォンの方は、着信履歴がいくつかあっただけよ。電話をかけても繋がらない」
「番号は?」
「そんなの聞いて、どうするのよ?」
「オレもスイマに興味が出てきましたから」
「あいにく、暗記はしてないわ」
「今、持ってないんですか?」
「うちに大切に保管してるわ」
「今、持ってないんですか?」
「うちに大切に保管してるわ」
それは残念だ。
「ミュージックプレイヤーの方は、どうでした?」
宮野さんが顔をしかめる。
「あんまり、話したくないわね」
「どうして?」
「すごく個人的なものみたいだったから。女の子の声が吹き込まれていたのよ」
「ボイスメッセージ?」
「たぶんね。親しい男の子への」
それは確かに、追及するのは気がひける。とはいえ、今優先すべきなのはみさきだ。
「でも、スイマの手がかりになるかもしれませんよ」
「そう思って10回聴いたわよ。でも、やっぱり手がかりはないと思う」
とはいえ、内容が気になる。
「返すんなら、オレが大阪まで運びましょうか?」
「まだダメ。必要ないと判断したら、郵送するわ。代わりに謝罪文を書いてよ」
「それは自分でしてください」
一応、罪悪感はあるようだ。
オレは宮野さんのセリフが気になって、尋ねる。
「だれが、判断するんですか?」
「え?」
「宮野さんはもう、そこに手がかりがないと思っているんでしょう?」
「ああ。――まあ、依頼人ね」
「依頼人?」
「大手広告主。雑誌の売り上げで利益を出せる時代じゃないのよ。うちがなんとかなってるのは、広告収入が安定しているおかけだから、逆らえないの」
宮野さんは、彼女には似合わないため息をつく。それから、怒った風な口調で言った。
「で、私の愚痴を聞きたくてわざわざ呼び出したわけ?」
もちろん違う。そんなもの、できる限り避けて通りたい。
「その広告主が、スイマについての記事を書けと言ったんですね」
「そうよ。現代人はおしなべて資本主義の犬なのよ。資本主義を類語辞典で調べたら、広告主と書いてたわ」
「うちの辞書では、そうはなっていないと思うけど」
「落丁乱丁誤字脱字の類ね。交換してもらいなさい」
「水曜日の噂を調べるように指示したのも、その広告主ですか?」
「そうよ」
間違いない。
その広告主が、きっと鍵を握っている。
「広告主って、どんな人ですか?」
「あんたには関係ないでしょ」
「オレだってアルバイトですからね。お得意様のことは気になりますよ」
嘘だ。この事件に巻き込まれてから、よく嘘をついている。気がすすまないことだったが、真実をすべて話すわけにもいかない。
「ならちょっとは働きなさい。時給800円でいい?」
と宮野さんは言った。
「ずいぶん目減りしてませんか?」
前回は日給1万だった。
「13時間働いたら前よりも儲かるでしょ」
まあ、とりあえず金のことはいい。
「働いたら、広告主のことを教えて貰えるんですか?」
「私の知ってることならね」
「できるだけ時間を作りますよ。だから、お願いします」
宮野さんが、ちらりとこちらをみる。
「なんかあったの?」
「なにがです?」
「なんとなく、必死そうだから」
「オレにもいろんな事情があるんですよ」
「そう。ま、そんなもんよね」
彼女は意外に、あっさりと引き下がった。相手が取材対象でなければ、それなりに常識的な人なのかもしれない。
「とはいえその広告主について、私もそれほど詳しいわけじゃないのよ。あるデザイン会社の社長なんだけど、会ったこともないしね」
「連絡は、どうやって取っているんですか?」
「いつもメールよ」
「そのアドレス、教えて貰えますか?」
「広告主の情報をアルバイトに開示できると思う?」
「でも、広告には連絡先くらい載っていますよね」
「まあね」
彼女はラムネ瓶をドリンクホルダーに落とし込んでから、身を乗り出すようにして後部座席の鞄に手を伸ばした。その中から一冊の雑誌を取り出し、こちら寄こす。
真っ黒な表紙にドクロのデザインを載せた、ロックンロールかなにかをイメージさせる雑誌だった。これが『ベートーヴェン』か。はじめてみた。
「なんかいろんな人が、間違えて手に取りそうな表紙ですね」
「大丈夫よ。そうそう書店にないから」
いちばん最後のページよ。と宮野さんが言う。
オレは裏表紙を開いた。どこか田舎の海辺に、古めかしい自転車が2台並んで止まっている写真だ。よくみると片隅に、ふたりぶんの影が映り込んでいる。でも人の姿はみえない。ノスタルジックな景色だった。
写真にはコピーがついている。――ずっとむかし、あなたがみた景色を知っています。
それから小さく、会社の名前。shiroデザイン事務所。
メールアドレスは載っていた。情報はそれだけだった。電話番号もwebページのアドレスもない。都市伝説を扱う雑誌にはまったく似つかわしくない広告だと思った。
「これで、お客さんが増えるんですかね」
「さあね。そんなの私の知ったことじゃないわ」
「広告主の名前は?」
「知らない。メールの署名はいつも、yukiになってるわね」
「ユキ」
雪?
「この雑誌、貰ってもかまいませんか?」
「社員割引で売ってあげるわ」
「給料から引いておいてください」
これで、宮野さんに会った用件の8割くらいは終わりだ。できればスマートフォンとミュージックプレイヤーを手にいれたかったが、今日は難しそうだ。
最後にオレは、好奇心で尋ねる。
「大阪のアパートって、どんな感じでしたか?」
そこにはソルがいたはずだ。彼らについては口止めされているから詳しくは尋ねられないが、興味があった。
※
それから30分ほど彼女と雑談して過ごし、深緑色の軽を見送ってから、オレは1通のメールを送った。
宛て先は、ユキ――ベートヴェンにあまり効果のなさそうな広告を載せいてる、謎の人物。宮野さんに水曜日の噂と、そしてスイマを探らせた何者か。
ずいぶん悩んだ結果、文面はずいぶんシンプルになった。
はじめまして、久瀬太一と申します。
オレはスイマに接触したことがあります。
情報を共有したいので、ぜひ、ご連絡ください。
返信は、すぐにあった。
おそらく自動返信なのだろう。
――今は対応できない。
とだけ、無愛想に書かれていた。
仕事用のメールアドレスだとは、とても思えない。
――To be continued
みや@さとみちゃん愛 @staknnds 2014-07-29 14:07:16
さとみちゃんきた!!!
OMG @omg_red 2014-07-29 14:07:23
久瀬氏内のソルの超人イメージが崩れた予感(笑)
あいう @kazushi096aiu 2014-07-29 14:09:41
@omg_red
大丈夫だって
我々っていってるから複数って思われてるだろうし
いぬくん@bell 長崎支店 @kun_inu 2014-07-29 14:06:52
まずはミュージックプレイヤーは大阪に返しちゃダメ!
あと中身・・・みさきちゃん→久瀬くんだったら普通だけどちえりさんやったらヤンデレルート待ったなしの気が
みことP/横浜【公開用】 @mikoto_imas_opn 2014-07-29 14:13:06
メリーさんがちえりさんだったとしても、それを伝えても24日は回避できないんだろうなあ。スイマの実行犯はいくらでも出てくるわけだから。
まぁや @maaaya1011 2014-07-29 14:15:27
こうなるとめちゃくいゃミュージックプレイヤー聴いておきたかったな…どっかで聴ける機会あるのかな
ナンジュリツカ@(有)ギルベルト・警備員 @nandina_citrus 2014-07-29 14:40:08
とりあえず私はミュージックプレイヤーに関しては大丈夫だと信じることにする。じゃないとなんかいろいろ…ねw
子泣き中将@優とユウカの背後さん @conaki_pbw 2014-07-29 14:35:16
飯食いながら更新確認したら聖夜協会の派閥に宮野さん・雪さんの件か…。雪さんはここまで怪しいと逆に信用していい気がしてきたw
※Twitter上の、文章中に「3D小説」を含むツイートを転載させていただいております。
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