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■佐倉みさき/7月29日/10時
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■佐倉みさき/7月29日/10時

2014-07-29 10:00
    佐倉視点
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     その女性はノイマンと名乗った。
     彼女の部屋での生活は、これまでとは雲泥の差だった。
     久々にシャワーを浴びることができた。シャンプーなんか私が普段使っているものよりも高級品だった。まっ白なタオルと新品の着替えが用意されていて、1日に3度人間味のある料理を食べ、夜は清潔なシーツと膨らんだ枕で眠った。口にガムテープを張られることもなかった。
     なによりも嬉しかったのは、ようやく両手を自由に動かせるようになったことだ。私は枕元に畳まれていたジーンズのポケットに手を入れた。そこには、きちんとあのキーホルダーが入っていた。
     ――よかった。
     それがあるだけで、少し救われる。
     私には悲しいことなんて起こらない、と、こんな状況でも囁ける。
     よし、と気合を入れた。それから私は、寝室の窓を開く。
    「助けて!」
     思い切り叫ぶと、後頭部を叩かれる。
     いつの間にかすぐ後ろに、ノイマンが立っていた。
    「うるさいわね。ご近所迷惑でしょ」
     そういう問題なのか。この人は誘拐犯としての自覚が足りていないように思う。
    「紅茶を淹れたわ。リビングにいらっしゃい」
     とノイマンは言った。
     なんだか腑に落ちないまま、私はしぶしぶ彼女について部屋を移る。
     広いリビングだ。フローリングは綺麗に掃除されていて、シックなソファにクッションが並んでいて、窓際には観葉植物が置かれて白いレースのカーテンが揺れている。そういうタイプのリビングだった。
     私はテーブルにつき、ダックワーズをかじりながらアールグレイに口をつける。なんだこれ。自宅にいる時よりも優雅だ。
    「とりあえず、ここから逃げ出そうとするのはやめなさい」
     さすがにそういうわけにもいかないが、とりあえず頷いておく。
     ノイマンはため息をついた。
    「真面目な話、ここが一番安全なのよ。嫌でしょうけどしばらく我慢して」
     黙っている方が賢明だとわかってはいたけれど、つい反論する。
    「家に帰して貰った方が安全です」
     当たり前だ。なのに、ノイマンは首を振る。
    「そうでもないのよ。そこが聖夜協会の厄介なところ」
    「聖夜協会?」
    「そう。私を含めて、貴女を悪魔だとしている組織。知らなかったなら覚えておいた方がいいわ」
     私は頷く。
     けれど、聖夜協会という名前は知っていた。
     それは久瀬くんと出会った、あのクリスマスパーティを開いていた組織だ。ずいぶん幼いころのことなので、記憶がはっきりしないけれど、たしかお祖父ちゃんが所属していたはずだ。
     彼女は続ける。
    「聖夜協会はね、会員でさえ、他の会員のことを知らないの。私がノイマンなんて大げさな名前で呼ばれているのも、本名を隠すためよ。もちろん個人的に親交がある人たちもいるでしょうけれど、原則、各々の情報は公開しないことになっているわ」
    「それが、どうしたんですか?」
    「簡単に言ってしまえば、貴女を狙っているのは年齢も性別も職種もばらばらの大勢なのよ。自宅に戻って警察に私やニールのことを話しても、それで貴女は安泰ってわけじゃない。どこの誰だか知らない第三者に、ふいに襲われるわよ」
    「聖夜協会すべてを取り締まって貰います」
    「無理よ。実際に、これまで貴女の誘拐に関わっているのは、私を含めてもほんの4、5人だもの。協会全体の悪事にはできない。実行犯が捕まって、次の実行犯が生まれるだけよ」
     それは。なんだか、無茶苦茶な話のように思えた。
    「貴女がここを出て行けば、場合によっては被害者が増えるわ。もしかしたら、貴女の回りも巻き込むような手段をとるかもしれない」
     私は思い出す。あの時限爆弾と、久瀬くんのことを。
     確かに私は、関係のない久瀬くんを、すでに一度巻き込んでいるのだ。
    「私も、一応は貴女を逃がさないように気をつけるけど。手錠もロープも用意していないから、その気になればたぶんどうにでもなるわよ。でもここを逃げ出しても危機はつきまとうし、次に捕まったなら私が引き取るなんて流れにはならないわ。ニールのところでさえ、ずいぶんましなのよ」
     ニール。あのサングラス。
     確かに、そうなのかもしれない。少なくともあそこにいるあいだは――たとえば時限爆弾のような――具体的な恐怖は感じなかった。例外は拳銃をみつけたときくらいだけれど、その銃口が私を向いたのは、移動させられる最中くらいだった。
     ノイマンというこの女性の話が、どこまで正しいのかはわからない。もしかしたらぺらぺらと嘘ばかり並べているのかもしれない。
     とはいえ、久瀬くんを巻き込む恐怖に比べれば、ここでの生活はずいぶんましだ。ダックワーズも美味しい。
    「わかりました」
     と私は頷く。
     ノイマンはティーカップの位置を動かし、テーブルの上で頬杖をついた。
    「よかったわ。最近の強硬派は、なにをするかわからないから」
    「強硬派?」
    「ああ。聖夜協会も一枚岩ではないのよ。簡単には穏健派と強硬派に別れるわ。みればわかると思うけど、私は穏健派でニールは強硬派」
     なるほど。
     敵対する組織のことは、少しでも知っておいた方がいいだろう。
     私は重ねて尋ねる。
    「強硬派って、なにを強硬するんですか?」
     ノイマンは眉間に皴を寄せる。
    「なんていうか――うちには、教典みたいなものがあってね。結局は、その解釈の違いよ。具体的には、その教典において貴女は悪魔なわけだけれど」
     知らない教典で勝手に悪魔にされても困る。別人ですと主張したい。
    「教典には絶対正義の英雄が出てきて、その英雄は悪魔さえ救おうとするわけ。そしてひどい目に遭うの。そこで穏健派の私たちは、英雄の言う通り、悪魔でさえ救うべきだと考える。ある程度の罰を与えて反省を促すとしてもね。でも強硬派は、英雄に血を流させた悪魔なんて決して許してはならない、と言うわけ」
     違いはよくわかった。
     とはいえ、
    「そもそも私は、英雄なんて知らないんですけど」
    「変ね。悪魔だった頃の記憶を失ってるのかしら?」
    「本気で言ってます?」
    「さあ」
     ノイマンはくすくす笑う。
    「なんにせよ、大雑把にわければ派閥はふたつになるってこと。でもその中でもさらに細分化はされるわ。ニールは一応、強硬派とされるけど、ちょっと特殊だし」
    「特殊、ですか」
    「彼、貴女に敵意を持っていた?」
     そういえば、そんな感じはしなかった。
     最初の誘拐犯とは違って、私には無関心だった。
    「ニールは、本心ではどちらの派閥にも所属していないつもりなんでしょうね。彼はただメリーを信仰しているようにみえる」
     メリー。その名前には、聞き覚えがあった。
    「メリーって、なんですか?」
    「羊の名前よ」
    「本当に?」
    「そう。スイマとメリー。ぐっすり眠れそうでしょ」
    「スイマっていうのは?」
    「聖夜協会員の別名みたいなものよ。メリーは含まないから、やっぱり彼女は特別ね」
     メリー、とその名を胸の中で呼んでみる。
     ノイマンが続けた。
    「もちろんそれは、祝いの言葉でもある。クリスマスの頭につく言葉。ま、とりあえず今の聖夜協会の最高権力者とでも思っておけばいいわ。強硬派も穏健派も、それ以外も、メリーの指示には絶対に従う。なにかルールで定められているわけでもないけれどね。彼らはそこに、救いがあると信じている」
     その言い回しで、確信した。
    「貴女は、スイマではないんですね?」
     でなければ「彼ら」とは表現しない。私たち、であるはずだ。
     でもノイマンは首を傾げる。
    「どうかしらね。少なくとも私も、メリーの味方よ」
     いったい何者なんだろう、と思った。
     メリーよりもむしろ、この女性が。
     少なくも私は、もうしばらく、この部屋で生活する気になっていた。読者の反応

    セトミ @setomi_tb 2014-07-29 10:04:36
    色々情報開示されましたね  


    @smoke_pop 2014-07-29 10:12:40
    ノイマンの発言を鵜呑みにするわけではないけど、少なくとも彼女の元にいる間はみさきちゃんの身体に物理的な被害はなさそうだなーと思った。安心してよさそう、というか安心したい。 >佐倉みさき/7月29日/10時  


    交響楽 @koukyoraku 2014-07-29 10:13:25
    穏健派と強硬派が存在して
    スイマは協会員は必ずしもイコールではない
    メリーは最高権力者  


    リョウゼン シュウ @shuu_ryouzen 2014-07-29 10:19:38
    そして英雄って久瀬のことじゃないか説。


    コウリョウ @kouryou0320 2014-07-29 10:16:42
    血を流させたって物理かしら。それとも傷つけたとかそういうことかな。  


    交響楽 @koukyoraku 2014-07-29 10:21:06
    やっぱキは経典か
     

    みどばち @midobachi3 2014-07-29 10:17:33
    グラサン=ニールで確定みたいですね  


    oda yoshihisa @odayoshihisa 2014-07-29 10:17:38
    ノイマン派になりそうです。  


    OMG @omg_red 2014-07-29 10:25:22
    ノイマンさん、いい待遇ついでにニコニコ動画見せてあげて(笑)  





    ※Twitter上の、文章中に「3D小説」を含むツイートを転載させていただいております。
    お気に召さない場合は「転載元のアカウント」から「3D小説『bell』運営アカウント( @superoresama )」にコメントをくださいましたら幸いです。早急に対処いたします。
    なお、ツイート文からは、読みやすさを考慮してハッシュタグ「#3D小説」と「ツイートしてからどれくらいの時間がたったか」の表記を削除させていただいております。
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