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■久瀬太一/7月31日/19時20分
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■久瀬太一/7月31日/19時20分

2014-07-31 19:20
    久瀬視点
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     母さんが死んだ年のクリスマスパーティが、たぶん最後だ。
     それっきりオレは、あのパーティには行かなくなったはずだ。
     あの夜、雪は降っていなかった。
     外気はひりひりと肌に張りつくように冷たかった。反対にホテルのなかは、暖房がよく効いていて、頭がぼんやりとした。暇だったオレは、ホテルの中をあちこちをちょろちょろと走り回っていた。
     パーティ会場の隣にある、重たい扉を開いたことに、理由はなかったように思う。なんであれ、閉じられている扉は開きたくなる子供だったのだ。
     先は暗い部屋だった。光が少ないからだろうか、会場と同じように暖房が効いていたはずなのに、なんだか寒々しく感じた。その部屋のかたすみに、ドレスを着た女の子が座り込んでいた。みさきだった。
     彼女は膝を抱え込んだまま、驚いた表情でこちらをみた。
    「こんなところで何してんだよ?」
     と、たぶんオレは言った。
     あのときの、みさきの表情は忘れられない。彼女はなんだか寂しげに、少しだけ大人びた顔つきで笑った。
    「待ってるの」
    「なにを待ってるんだよ?」
    「なんだろ。よくわかんない」
     みさきは、泣いてはいなかった。でも声が震えていて、泣き声みたいに聞こえて、オレは落ち着かなかった。
    「もうすぐ、ピアノを弾くんだよ」
     と彼女は言った。
    「ピアノ?」
    「うん。舞台で」
    「すげぇじゃん」
    「すごくないよ。たぶん失敗するから」
    「どうして?」
    「どうしてかな。ぜんぜん弾ける気がしないの」
     隣のパーティ会場から、プログラムの進行を告げるアナウンスが聞えた。
    「次の、次だ」
     とみさきは呟いた。
     そのままうつむく。暗い部屋では、彼女の表情もみえなかった。
     オレには、昔からずっと嫌いなものがある。たとえば友達が叱られるのを隣で聞いていること。誰かが決めた良い子の定義。異口同音の慰め言葉。それから、うつむいている女の子。
     事情はわからなかった。
     でも、目の前にあるなにかが気に入らなかった。
    「お前、ピアノが嫌いなの?」
    「ううん。好きだよ」
    「でも、なんか嫌そうだぜ」
    「うん。いろんな人にがんばれって言われたら、嫌になっちゃった」
     その気持ちは、よくわかった。
     がんばれというのは、良い言葉だ。大好きな言葉だ。
     でも、聞きたくないときだってある。真心をこめてそう言われるたび、なんだか疲れてしまって、頷くのがつらくなることだってある。
    「そんなとき、どうしたらいいか知ってるぜ」
     オレはみさきに手を差し出す。
    「泣くなよ。いこう」
     彼女はやっと顔を上げて、ちょっと濡れた目でこちらをみた。
     それから彼女は、こちらの手を取ろうとして。ためらって。
    「いくぞ」
     オレは笑って、強引に彼女の手をつかむ。
     当時のオレはなんにも知らないただのガキだったけれど、綺麗な言葉が汚く聞える夜は、経験があった。
     それに対処する最適な方法を、父から学んでいた。

           ※

    「なにぼんやりしてんのよ?」
     と宮野さんが言った。
    「さっさと食べちゃいなさいよ。ここ、そんなに長居する店じゃないんだから」
     みると、彼女の器はもう空だった。
     彼女はそわそわと辺りを見回している。おしゃれなカフェでパスタをすすることには抵抗がなくても、回転率の良いラーメン屋に居座るのは気持ちが悪いようだ。
     オレは慌てて、つけ麺を口の中につめこんで、それをのみ込む。
     それから小冊子――『聖夜教典』を視線でさした。
    「これは、読んでおきます」
    「ええ」
    「スマートフォンと、ボイスレコーダーも貸してくださいよ」
     宮野さんは、眉間に皴をよせる。
    「あれは、人に渡しちゃダメだって言われてるのよね」
    「雪って人にですか?」
    「ええ」
     なら雪は、そのふたつの価値を知っているのだろう。――いや、雪に指示を出しているのは制作者だと、ソルたちが言っていた。すべてを知っているのは制作者だけかもしれない。
     オレはひとまず、妥協することにした。
    「じゃあ、ボイスレコーダーに入っている言葉を教えてくれるだけでもいいです」
     たしかそこには、女の子から男の子に宛てたメッセージが吹き込まれている、と宮野さんが言っていた。
    「覚えてないわよ。正確には」
    「書き起こしてくださいよ。家にあるんでしょ、ボイスレコーダー」
    「私にこれ以上、時間外労働しろっていうの?」
     宮野さんは、顎に手をあてる。
     それから、どこか意地悪そうに笑った。
    「ま、いいわ。あんたが使える奴だってわかったら、それくらいの手間はかけてあげる」
     それから彼女は、カップの水を一気に飲み、席を立った。

    ――To be continued
    読者の反応

    えのき @enoki82 2014-07-31 19:28:11
    久瀬くんのお母さんなくなってたの…がんばって、って言葉ってたまにどうしようもなく重いよね。泣いた 


    やいば @YAIBA9999 2014-07-31 19:30:22
    宮野さんけっこうめんどくさいお願いきいてくれるのねw 


    しゅんまお@ sol軍事班 @konkon4696 2014-07-31 19:35:55
    とべこんかぁ
    とりあえず、得た情報は久瀬母が亡くなってるってことと、みさき孃の夢の久瀬視点か 


    KURAMOTO Itaru @a33_amimi 2014-07-31 20:58:24
    @jinbe_s あ…もしかしてみさきの存在とか記憶が丸々1年ロストしてると? 
    ウルトラCっぽい。。周辺の人たちの時間軸的矛盾の調整ができるかな…


    沙耶/Sol @susukiyumi 2014-07-31 22:02:33
    そういえば、双子というと入れ替わり・勘違いがよくあるイメージだけど、今のところそれっぽい描写はないね 久瀬くんは雰囲気ですぐ分かるって言ってたしこれからもないかな  





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