目を開くと心配そうな顔で、ノイマンがこちらを覗き込んでいた。
「どうしたの? 大丈夫?」
私は思わず、反射的に応える。
「あ、はい。寝てました」
感覚としては夢をみているようなものだったけれど、この返事はどうかと我ながら思う。
「なにか悪い病気なんじゃないの?」
「ずっと誘拐されているので、心労かもしれません」
「わかったわ。今夜は美味しいものを食べさせてあげる」
この人はもしかしたら私のことを、食欲さえみたせばストレスがゼロになるレベルの単細胞だと思っているのだろうか。心外だ。
とはいえ、強く反論する気にもなれなかった。
あの不思議な現象は、今もまだ継続していたから。
まばたきをするたびに、視界の中心に、あの白い四角形が浮かんだ。
目をとじてみるとそこにはまだ、「リュミエールの光景、準備中」と書かれたスクリーンがある。
私は現在も進行中の、よくわからない現象にさらされていたようだった。
ノイマンやニールは、おそらくそれを体験していない。どうして?
リュミエールは私を選んだ、とノイマンが言っていたのを思い出す。リュミエール。だれだ、それ。どうして私なんだ。
「で、思い出したのかよ?」
と苛立たしげにニールが言う。
「……いえ」
あの40枚のイラストのうちの4枚が、彼の過去に繋がっていることは間違いないだろう。
その1枚目は、あのペンギンのイラストだ。
ホウキにまたがって、「とべるの!」と言っているペンギン。
――じゃあ、続きの3枚は? それを繋ぐエピソードは?
きっと、彼が私に話してくれたことがヒントになるはずだ。
「クラスに、魔法を使えない魔女がいたんだよ。オレはその子の魔法にかかったんだ」
でも、わからなかった。
魔女? なのに魔法が使えない? なのに、魔法にかかった?
まるで暗号みたいな。もしくはこねくりまわした詩のような、不思議な話だ。
「わかる?」
ともう一度、ノイマンが言った。
私は首を振る。
ノイマンが、なにか諦めた風に言った。
「仕方ないわね。ウラ技を使いましょう」
ウラ技? そんな素敵なものがあるのなら、はじめから使って欲しい。
彼女はスマートフォンを取り出して、なにか操作してから、画面をこちらに向けた。
「これよ」
画面に表示されているのは、なんの変哲もないツイッターのアプリだ。
変わったところといえば、フォローもフォロワーもツイート数もゼロということくらいだろうか。存在価値がない。
ノイマンのツイッターアカウントだろうか?
私がみている前で彼女は、手早くツイートする。
※
――突然すみません。今、幼いころ仲のよかった男の子のエピソードを思い出せなくてもやもやしています。
――手がかりは、共通の友人が書いた40枚のイラストだけです。イラストは下記にあります。
――このイラストの中に、「4枚組」のエピソードがいくつか紛れ込んでいるばずです。
――まず1枚目はこれ。
――残り3枚は、さっきの40枚に紛れ込んでいるはずですが、どれだかわかりません。
――なにか思い当たることがあれば教えてください。記憶を刺激されれば、思い出せるかもしれないので、正解でなくてもヒントになるようなアイデアを伝えてくれると嬉しいです。
※
明らかに嘘だった。
こちらの視線に気づいたのだろう。ノイマンは笑う。
「ばれなきゃいいのよ。あるいは、ばれても相手が乗ってくれたら、ね」
相手って誰だ。
「はい」
とノイマンが、そのスマートフォンをこちらに差し出す。
「思い出したことを書いてみたら? もしかしたら誰かが、いろいろ教えてくれるかもよ?」
ええと、と口ごもってから、打ち込む。
――「魔法使いの女の子がいた。彼女は魔法が使えなくて、いつもひとりぼっちだった。彼はその子の魔法にかかった」。これがヒントです。
正直なところ、こんなことで手がかりが手に入るとも思えなかった。フォロワーゼロのツイッターアカウントに、なんの価値があるというのだ。
「ま、気長に待ちましょ」
ちょうど食事が運ばれてきて、ノイマンはスマートフォンを私に押しつけた。