足音が聞えて、部屋に誰か入ってきたのがわかった。
照明がついて、姿がはっきりとみえた。黒髪が綺麗な女性だ。年齢はよくわからない。おそらく30代だ。でも20代でも、40代でも不思議ではない。ミステリアスな雰囲気の女性だった。
女性が口を開く。
「貴方、だれ?」
とその女性は言った。
「久瀬太一、でわかりますか?」
彼女の眉がぴくんと跳ねる。きっとこちらを知っているのだろう、と予想がついた。
続けて尋ねる。
「貴女がノイマン?」
彼女は頷く。
「どうして、貴方がここにいるのよ?」
「ほかに聖夜協会に繋がりそうな場所を知らなかったんです。八千代――ドイルも電話に出てくれない。ここしかなかった」
「にしても、紳士じゃないわね。勝手に女性の部屋に入るなんて」
オレは鼻で笑う。
「男性であれ女性であれ、誘拐犯は誘拐犯です」
ノイマンは息を吐き出し、向かいの椅子に座る。
「別の聖夜協会員が来たらどうするつもりだったのよ」
「それでもいいですよ。別に」
無茶苦茶でも、とにかく状況を変えたかった。今回の件に関して、オレの立場はあまりに部外者だった。八千代がいなくなってそれを実感した。
空を飛んで現場に駆けつけられないオレは、なりふりを構う余裕なんてなかった。
一方で、ここにくればおそらく、ノイマンに会えるだろうことはわかっていた。
――オレは明日、彼女の能力で、あのドラゴンのいる奇妙な世界に飛ばされるはずだ。
その前に、ノイマンと顔を合わせている方が自然なように思った。
「佐倉みさきはどこですか?」
ノイマン――みさきと一緒にいる、とソルから伝えられていたスイマだ。
「私が答えると思う?」
「教えてくれないんですか?」
「残念だけど、そもそも知らない。数日前までは彼女と一緒にいたわ。でも別人に引き渡した」
「引き渡した?」
「協会内で、方針がかわったみたいでね。妙に抵抗するよりは、素直に従った方が安全だと判断した」
ひと呼吸ほどのあいだ、オレは考える。
「方針を変えたのは、メリー」
「ええ」
「どう変わったんですか?」
「メリーはこれまで、あの子にはあまり興味がないようだった。でもここにきて興味を持ち始めた」
「どうして?」
「知らないわよ」
「そもそも貴女たちはどうして、みさきを狙うんです?」
「私は望んでないわよ。ただあの子を解放した方が危険だと思ったから引き取っていただけ。警察だってプレゼントのことなんか知らないしね」
「貴女は、みさきを悪魔とは呼ばないんですね」
「相手によるわよ。でも、少なくともあの子がただの人間だということは知っている」
根拠はない。
だが、ふと思い当って、オレは尋ねる。
「貴女が、ヨフカシですか?」
ヨフカシ。スイマの中にいる裏切り者。
具体的な根拠はなにもなかったが、彼女は別の聖夜協会員とは違うように感じた。
ノイマンは首を傾げる。
「貴方がどんな意図で、ヨフカシという言葉を使っているのかによるわね」
「どういう意味です?」
ヨフカシ、とは、個人を指す言葉ではないのか?
「たったひとり、あの夜に眠らなかった子供という意味では、私ではない。ただスイマを裏切っているものという意味であれば、あるいは私も含まれるのかもしれない」
まったく、話がややこしい。
誰もが勿体ぶっていて、わかりやすく説明する気はないようだ。
「あの夜ってなんですか?」
「12年前のあの夜よ」
12年前。またそれか。
「その夜、なにがあったんですか?」
「よく知らないわよ。なんにせよ、そのクリスマスがきっかけで、聖夜協会はセンセイも英雄も失った。なにか大変なことがあったんでしょ」
ずっと違和感がある。
「知らないって、へんですよね」
12年前。セイセイがいなくなるきっかけ。
みさきが悪魔と呼ばれる理由。
「どうして聖夜協会における重大な事件を、聖夜協会員が知らないんです?」
ノイマンは首を傾げる。
「簡単な話よ。事情に詳しい人たちは、すでにもう、協会には残っていない。センセイと一緒に消えてしまった。それだけ」
いったい、12年前に、なにがあったというのだろう?
――まあいい。
答えの出ないことを、考えている暇はない。
「ともかく貴女は、スイマを裏切っているんですね?」
「別の目標のために行動している、と表現して欲しいわね」
「聖夜協会の目標っていうのは、つまりセンセイを取り戻すことですね?」
強硬派、穏健派の区別に関わらず、そこは共通しているはずだ。
「よく勉強してるじゃない」
「でも、貴女はそうじゃない」
ノイマンは頷く。
「私の目的は、ベルを護ることよ」