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ゆうううたさん のコメント

僕もDと同じ方向で考えてる視聴者の一人です。
公式放送はテレビをみてる時と同じ感覚で、コメント打つときも独り事の延長の感覚。
流れるコメントも、双方向性というよりもパブリックビューイングをしている感覚。
『コメントを読むかどうか』のテーマは、万単位が観てる番組で、コメントを読むことに重きをおくと動きの幅が狭くなるとも感じていたので、Dが記事でおっしゃっている感覚を持っていてくれてとても安心しました。
これからもマックスむらいをはじめ出演者を美味しく料理して下さい!!
No.11
122ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
 中條Dです。  いまだに自分で中條「D」です、って言うのに全然慣れないんですが、なんとかならないですかね。  先日、月曜の定例放送の中で「最前列アリーナ以外の部屋のコメントを読む」という事をやったのですが、その時に僕が他の部屋のコメントを読むというのはあまりやりたくない、という主旨の発言をしました。これに対して特に強い反発があったというわけではないのですが、これを「面倒くさいからやらない」くらいの感覚でやらないという判断をとったと思われているような気がしたので、コメントを読む時と、読まない時という話をしようと思います。  番組の中では続けてこういう発言をしました。 「じゃあ他の部屋のコメントを読みましょうということで、例えば立ち見A席のコメントを見たとしても、それは立ち見A席のお客さんしか嬉しくなくて、その他の最前列アリーナもそうだし立ち見B席もそうだし、他の部屋のお客さんに対するインセンティブが発生していない施策だったらやる意味が無い」  ・・・という発言を疲れきった脳みそでしたため、たぶん放送の中ではモゴモゴと何を言っているのかよく分からない事になっていたと思います。じゃあ立ち見B席も読んで、立ち見C席も読みに行くかというと、それじゃキリがないしあまりにも非効率的だろうと。とりあえず以上で話は終わりなのですが、というより、僕の思う双方向性ってそういうことじゃなくて、そもそも双方向性ってそこまで濃くやらなきゃいけないのかとちょっと疑問に思うのです。 (他の座席のコメントを読むも、一人だけテンションの上がらない中條D 9/15/2014)  365日のうち約250日は生放送をやっている僕ですが、 
マックスむらい部ブロマガ
ブロマガではマックスむらいが気まぐれでなにかを書きます!