仏の顔は1回限り (2013/09/17)

 2020年夏のオリンピックは東京で開催されることになった。ブエノスアイレスで8日(日本時間)に開かれた国際オリンピック委員会総会の投票で、競争相手のイスタンブール、マドリードに競り勝ったのだ。
 前回64年の東京オリンピックでは、東海道新幹線や首都高速道路、名神高速道路などのインフラが一気に整備された。そして、日本が獲得した金メダルは16個。アメリカ、ソ連に次ぐ3位だった。敗戦から19年、日本の復活を世界に示した日々でもあった。
 さて、20年は?3・11から10年弱──見事に復興を遂げたと胸を張っていられるだろうか。
 ブエノスアイレスでの最終プレゼンテーションで安倍晋三首相が強調したことは、福島第1原発から漏れている放射性汚染水について「完全に問題ないものにする」という約束だった。実際、この汚染水問題は国際原子力評価尺度ではレベル3。91年に起きた関西電力美浜原発2号機の蒸気発生器伝熱管破断は、緊急炉心冷却装置が作動した日本初の事故として大騒ぎになったが、それでも評価尺度はレベル2。99年にはJCOウラン加工工場で2名が死亡する臨界事故が起きたが、これがレベル4だった。要するに、汚染水漏れはそれだけ重要な異常事象ということであり、だからこそ安倍首相の安全確保が求められていたのだ。
 しかし、言うまでもないことだが、福島第1原発1~4号機の廃炉に向けての工程表では、汚染水の処理など第1歩でしかない。その後には使用済み核燃料を貯蔵プールから取り出さなければならないし、順調にいけば20年東京オリンピックが開かれているころには、1、2号機の溶融核燃料の回収が行われているはず。それら全てが安全に進められなければならないし、付け加えるなら再稼働を認められた原発も安定した電力供給を果たさなければならない。
 東京オリンピック招致が決まった翌日、東京地検は業務上過失致死傷などの容疑で告訴・告発されていた東京電力の勝俣恒久前会長、菅直人元首相ら42人と法人としての東電を不起訴処分にした。原発が大津波で事故に至ることを具体的に予想することは困難──という理由だった。だが、安倍首相、廣瀬直己東電社長らは万一の事故に遭ったとき、同様の“赦免(しゃめん)状”は期待できない。たとえ想定外の出来事であろうと、世の中という仏の顔は1回限りなのだから。

著者:中瀬 信一郎 ジャーナリスト
ジャーナリスト毎日新聞社で経済部、政治部記者など有料衛星放送のWOWOW取締役。昭和50年代初めにエネルギー業界を担当したことから、現在に至るまで電力業界を中心に取材を続けている。一橋大経済学部を1964年卒、東京出身