猪瀬直樹ブログ
[MM日本国の研究859]「官僚主権の国、『縦割り』の呪縛」
⌘ 2015年08月13日発行 第0859号
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「官僚主権の国、『縦割り』の呪縛
敗戦も新国立競技場の迷走も同じ病根」
(「夕刊フジ」8月11日号への寄稿より)
日本社会の転換点を先の大戦での敗北に位置づけ、「戦前」と「戦後」を非
連続に扱うのは間違いである。
国家の主権が天皇に帰属する「天皇主権」の世の中から、敗戦によってその
主権が国民に移り、「国民主権」に変わった――とする見方だ。
だが、この認識は本質を見誤っている。日本社会の構造は、「戦前」も「戦
後」も変化はない。近代化を主導した官僚が主権を握る「官僚主権」の国なの
である。それはすなわち、官僚組織の宿痾(しゅくあ)ともいえる「縦割り」
の呪縛に縛られ続けていることをも示している。
日本は、国家として意思決定する統合機能を持たなかったがために戦争の泥
沼に突入し、負けた。私は、その過程を拙著『昭和16年夏の敗戦』(中公文
庫)で書いた。
日米開戦直前の昭和16(1941)年夏、当時の帝国政府は、各省庁や民間企業
から若手エリートを集めて「総力戦研究所」を立ち上げた。模擬内閣をつくり、
日米戦争のシミュレーションをするためだ。彼らは、あらゆるデータを分析し、
「敗戦必至」という結論に行き着いた。
戦争継続の絶対条件は、インドネシアの石油補給路を確保することだった。
そこで彼らは、石油を運搬する商船が撃沈される確率と日本の造船能力を分析
した。撃沈率が製造率を上回れば、戦勝のシナリオは崩れ去る。導き出された
のは、「補給路は断たれる」、つまり「敗戦」という答えだった。大本営も同
じく戦況分析を行ったが、権益をめぐって対立する陸軍と海軍が、戦争遂行の
ために最も重要な石油の備蓄量を隠し合った。そのために正確な分析ができず、
開戦になだれ込んだ。引き返すポイントがあったのに、組織の「縦割り」の壁
を越えられなかった。
この構図は、2020年東京五輪に向けた新国立競技場の建設問題でも繰り返さ
れた。
文部科学省やJSC(日本スポーツ振興センター)が、組織のしがらみにと
らわれて情報を共有できず、正しい意思決定がされないままにあの混乱を招い
た。
思えば、明治や大正の時代には明治維新を成し遂げた元老たちがいた。
彼らは、官僚組織の「縦割り」を飛び越えた意思決定と国家運営ができる存
在だった。
昭和に入り、元老たちの強力なリーダーシップは失われて硬直化した官僚組
織だけが残った。
そして、残された官僚らによる「戦略なき国家運営」の末路が70年前の敗
戦だったのである。
戦後、米国の傘の下に入り、安閑と過ごしてきた多くの日本人は、その病巣
にも気づかず、脱却できずにいる。
新国立競技場をめぐる迷走がそのことを図らずも証明した。いま一度70年
前の敗戦の意味を問い直すべき時が来ている。
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