パフォーマンス/効率では
Haswellに匹敵するアンドロイド学園
モバイル機器向けの半導体チップの急速な進化の結果、スマートフォンやタブレットは過去数年間、急激に発達を遂げてきた。スマートフォンやタブレットに使われるSoC(システムオンチップ)の発展ペースは、半導体業界の指標である「ムーアの法則(2年ごとに集積度が2倍)」のペースをはるかに上回る。わずか3〜4年で、CPUコア数はシングルコアからクアッドコアへ、メモリー帯域は8倍に、GPUパフォーマンスは10倍以上に膨れ上がった。
技術の急進化はスマートフォン市場の急拡大をもたらし、特にAndroid市場の誕生と発展は新しい企業の台頭を促した。技術進歩がAndroidデバイスの成功を促し、Androidの進化が技術進歩を促すというポジティブスパイラルがはたらいた。その結果、各社が競ってユニークな技術の製品を投入するようになり、さながら戦国状態のように多くのプレイヤーがひしめく、混沌としたスマートフォン市場の状況が産み出された。パソコンの黎明期のような百花繚乱状態だ。
これまでも、スマートフォンを取り巻くこうした複雑怪奇な状況を、わかりやすく解説しようとする試みは何度もあった。しかし、それらのトライはことごとく失敗に終わってきた。理由は明快で、"萌え要素"を欠いていたからだ。スマートフォンは、萌えがなければ徹底理解できない。その理解が足りなかったために、スマートフォン業界の状況を描き出すことができなかった。
『花のアンドロイド学園』は、魅力的なキャラクターによって、そうした状況に覆すことに成功した。その効果は、世間に出回るあまたの"萌えでわかる○○本"をはるかに凌駕する。ディープな内容と萌えるキャラクターの組み合わせが、高いパフォーマンス/効率をもたらすことに成功している。
効率では、Intelの最新CPUである「第4世代Coreアーキテクチャー (Haswell:ハスウェル)」に匹敵するだろう。異なる技術が混在するヘテロジニアス(Heterogeneous:異種混合)な状況を、キャラの多彩さで見事に表している。次世代不揮発性メモリーがコンピューターの未来を変革するように、IT出版業界に根本的な変革をもたらす大きなジャンプが『花のアンドロイド学園』だ。
魅力的なキャラクターたち 品川ソニア(ソニーモバイル)、星野ウナ(サムスン)、不二 通(富士通)かわいいソニアちゃんやウナちゃん
まあ、シンプルに言えば「ソニアちゃんかわいい」に尽きる。いや、もちろんソニアちゃんだけがかわいいわけじゃない。スターのウナちゃんも華があっていいし、クールなエルちゃんも魅力的だ。ナオちゃんの胸元にもつい目がいってしまうが、どこか不幸そうな不二 通ちゃんもほうっておけない。アダムくんはクールな美形敵キャラで、グルグル先生はどことなく策謀家の匂いがする。
補足すると、ソニアちゃんはソニーモバイルで、ウナちゃんはサムスンのツートップ。エルちゃんはLGで、ナオちゃんはNECカシオ、不二 通ちゃんはもちろん富士通。黒いタートルネックのアダムくんはアップル(ジョブズ氏は黒タートルネック好きだった)、グルグル先生はGoogleだ。Androidデバイスを出しているメーカーのキャラは、舞台となるアンドロイド学園の女子生徒で、グルグル(Google)が先生。アダム(アップル)くんは、ライバル学園の生徒となっている。
金城エル(LG)、樫尾ナオ(NECカシオ)、アダム・クパティーノ(アップル)、グルグル先生(Google)、唯花(読み:ウェイファー /ファーウェイ)よくある擬人化モノだと思われがちだが、アンドロイド学園の素晴らしいのは、擬人化が安っぽいものではなく、みごとに各社のイメージを表していることだ。
そう思ったのは、最初にソニアちゃん(当時はまだソニ・エリちゃんだった)に出会った時。ツンと上品ぶっているけど、じつは自意識過剰で、ちょっと抜けたところもあるソニアちゃんに「そうだよ、ソニーモバイルってこのイメージだよな」と思った。
それどころか、アンドロイド学園は、ぼくの持つイメージを先取りさえしてのけた。それは、サムスンであるウナちゃんで、最初に会った時は「この派手さは、サムスンとイメージ違うよな。ソニーをまねようとしている優等生のイメージじゃないのかな」と思っていた。ところが、あれよあれよと言う間にサムスンはスターになって華やかになり、今では自分の中でイメージがウナちゃんとぴったりマッチしている。
一番笑ったのは富士通の不二 通ちゃんが、いつも、どことなく不幸そうな表情だったりすること。自分の心の中の今の富士通イメージ(富士通さんすみません)を見透かされたような気がした。あとは、唯花(読み:ウェイファー/ファーウェイ)ちゃんの眉毛、あれも自分のイメージに合っている。
内容はディープな業界ネタが満載
その上で、アンドロイド学園が強烈なのは、扱っている話題が業界ネタで、それも結構業界内部のネタだったりすること。業界の中で言われているようなことが、切り取られていて面白い。これは石野純也氏の監修が素晴らしいからなのだけど、ネタがありきたりでなく、しかもマイナー過ぎず、いいところを突いている。
ウケまくったのは、スゥちゃん(ASUS)の登場シーン。業界では、ASUSが『Nexus 7』でいきなりGoogleのフラッグシップ“Nexusブランド”のAndroid 4.1タブレットを供給したのは大ニュースだった。Android世界では、それまで二流のイメージだったASUS(ASUSさんすみません)が、突然トップに踊り出したため、業界に関係する人でも驚いていた。本書を読んでもらえればわかるが、その時のドタバタがきちんとギャグとして描かれている。
スゥちゃん登場シーンGoogleはハードウェアベンダーに対するサポートが薄いのが特徴で、特定のメーカーしか相手にしない。そして、特別扱いするメーカーが、状況で変わっていく。そのため、メーカーはGoogleとの関係を保とうと懸命になる。アンドロイド学園の中では、その様子は、グルグル先生から特別扱いされようとやっきになる生徒たちとして描かれている。バレンタインデーにグルグル先生にチョコを送って、お返しにキーライムパイ(次期Android)をねだるとか。
グルグル先生はモテモテ?そして、アンドロイド学園に対する泰然学園(Tizen)の反乱ネタ。新しい学園(Tizen OS)を興そうとするウナちゃん(サムスン)に、他の生徒が「うまくいくと思ってるの?」と詰め寄り、ウナちゃんが必死に反論する。このあたりは、感動すらしてしまう。
Tizen推しのウナちゃんに皆が詰め寄るPCの世界は、IntelとMicrosoftがきっちりと支配・管理していて、あまりサプライズがない。IntelがCPUと設計ガイドを出し、PCメーカーがそれに沿ってPCを設計して、その上にWindowsが乗る。安心だけど、つまらない世界だ。もちろん、例外的に素晴らしいチャレンジのマシンが登場したりするが、メインストリームは面白味のないマシンになっている。
それに対して、スマホの世界は混沌としていて、ハードもソフトも流動的だ。特にAndroidは、Googleが積極的に口を出さないために、何でもアリの世界となっている。駄作マシンもあるけれど、驚くようなマシンも多い。
そしてAndroidの世界は、多様で進化が速いだけでなく、企業政治も絡むため、ともかく動向が把握しにくい。面白いのだけど、技術の行方とか、Googleと各メーカーの関係や変化は、追いかけ切れないくらい流動的で大変だ。
アンドロイド学園は、そうしたスマホの混沌を、わかりやすく覗き込むことができる。イメージに合ったキャラのおかげで感情移入して、業界ネタに簡単に入り込むことができる。読むだけで、Androidの事情通になれたような気がする。ぼくにとっては、人にスマホ市場の状況の説明する時のネタとして最高で、ものすごく重宝している。
ひとつだけ困るのは“ソニア効果”。ソニアちゃんかわいさで、ついソニー製品を買ってしまおうとする自分を見つけて愕然としてしまう。今では、ソニアちゃんとソニーのイメージが結びついてしまい、どうにもならない。ぼくのスマホはじつはソニーモバイルじゃないのだけど、待ち受け画像はソニアちゃんだったりする。
というわけで、レビューになっていないレビューだけれど、アンドロイド学園が素晴らしいことは請け合いだ。できれば、翻訳版を海外でも売って欲しい。日本の文化の中でしか産み出すことができない本だから。
詳細なキャラクター設定資料はこちら、これまでにウェブ掲載した作品はこちらにまとまっています。
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