“人間のあらゆる動きを遊びに変える”がコンセプトのリストバンド型おもちゃ『Moff Band』。iPhoneやiPadと連動し、専用アプリから装着者の動きに合わせたサウンドを出力する。アプリはチャンバラやエアードラムなどの遊びが用意されており、購入後もアップデートで追加。飽きずに長期間楽しめる仕組みだ。Moff Bandの開発の背景にあったもの、さらにスマートトイの未来についても聞いた。
週刊アスキー12/12号 No1005(11月18日発売) 掲載の創刊1000号記念連続対談企画“インサイド・スタートアップ”、第6回はリストバンド型スマートトイを販売する“Moff”の髙萩昭範代表取締役に、週刊アスキー伊藤有編集長代理が直撃。
↑『Moff Band』で遊ぶにはiPhoneやiPadが必須。アプリは無料でダウンロードでき、1週間経過するごとに新しいアプリを入手できる仕組みになっている。現在はアマゾン限定で販売中で、価格は5616円。
■Moff Band開発のきっかけになったのは大阪で開催された“ものアプリハッカソン”だった
伊藤 『Moff Band』が日米で発売になりましたね。支援募集から発売まで凄く早かった印象があります。
髙萩 そもそもの始まりは2013年1月に大阪で開催された“ものアプリハッカソン”です。そこで知り合った仲間とMoffを設立したので、感慨深いですね。
伊藤 おお、そうなんですね。
髙萩 そのあと、シリコンバレーでプレゼンする機会があって、ウェアラブルやIoTに関する知識を吸収できました。このおもちゃはリーン・スタートアップの手法でやろうと決意して顧客インタビューを繰り返し、アイデアが固まったのが5月です。
伊藤 そのあとは、色々な形でプロトタイピングですか?
髙萩 ベストな製品を模索するなかで、ウェアラブルに落ち着いたのが2013年11月。実は、それまではウェアラブルではなくて、スマホのアタッチメントデバイスのようなものを考えていました。
伊藤 では、試行錯誤の結果、ウェアラブルに傾いていった?
髙萩 はい。それで、年が明けて2014年2月に“モバイル・ワールド・コングレス”に合わせて正式発表を行ない、3月には米国のクラウドファンディング“Kickstarter”で資金集めを開始しました。
伊藤 プロジェクトの成立も即サクセス! だった記憶があります。
髙萩 成立までは2日もかかっていないですね。2万ドルの目標額に対して、最終的に約7万8000ドルが集まりました。
伊藤 すごい! 寝て起きたら大金を手にしていたぐらいの感覚。それで、この10月に日本で一般発売が開始された、と。
髙萩 9月にKickstarter向けにデリバリーをして、10月15日に日本国内で正式発売になりました。米国では11月3日から販売しています。
伊藤 プロジェクト成立から発売までが約半年ですよね。ハードの製品出荷って1年でも早いくらいだから、スピード感がすばらしい。
髙萩 最初から量産化を意識したプロトタイプをつくっていたというのはあります。
↑手首に装着し端末とペアリング。バンド部分はシリコン樹脂製で装着感は良好。金属部分を覆ったデザインのため、金属アレルギーの子供にも安心。
伊藤 なるほど。おもちゃをつくるというのは、最初から決まっていたんですか?
髙萩 ものアプリハッカソンのテーマが“家族”だったのと、僕自身も含めてメンバーに子供が生まれたタイミングが重なったこともあり、子供向けの何かをつくるというのはなんとなくありましたね。
伊藤 顧客インタビューは、どんなものだったんですか?
髙萩 目的は“課題”をあぶり出すことでした。プロトタイピングの前に、自分たちが想定している課題があるかないかを調べるための作業です。
伊藤 課題というのは、ユーザーがお金を払ってでも解決したい問題ということですよね。
髙萩 そうです。インタビューは40の家族に対して行なったんですが、子供に関連する課題があるのかを中心に聞いていきました。浮かび上がってきたのは、おもちゃが家の中にあふれかえっていて片付けられないのがイヤだし、エコの観点から捨てるのも気分が良くないという意見。もうひとつ、子供にスマホやタブレットの画面を長時間見させていることへの罪悪感があるというものでした。
伊藤 ああ、自分も子供がいるので罪悪感というのはすごくわかります。
髙萩 罪悪感に関しては、おもしろい傾向も見えてきたんです。実は6割くらいの親は「別に問題ないよ」と言うんですね。でも、こう答えた親は子供と向き合う時間が少なくて、子供のことを知らない人が多かった。
伊藤 なるほど。一概に測れないけれど、子供への興味の多少の影響というのを感じてしまいます。
髙萩 そうです。「タブレットを渡せば楽しそうにしているんだからいいじゃないか」と言うんですね。でも逆に、子育てに時間をかけている人はこの話題には熱くなります。怒りを伴って、と言っても過言ではないくらいの勢いで語ります(笑)。
伊藤 熱量がハンパない(笑)。でも、理解できます。問題意識の感覚が違うんでしょうね。では、そういう意見に触れて、画面を見つづけるタイプの製品ではないなと気づいたんですね。
髙萩 僕自身が子供の遊ぶ様子を観察していても、子供は画面からの刺激に引っ張られて没入させられているだけで、コンピューターに操られているかのように感じたんです。その関係を自然なものにしたいという思いもありました。
伊藤 確かに。大人の没入度合いなら問題ないですけど、子供の場合は「大丈夫かな」という気持ちになりますよね。
■手首の動きを介しての姿勢認識こそがMoff Bandの開発で力を入れたポイント
髙萩 専門家によると、子供の遊びに必要な要素というのは、実際に体を動かすこと、顔と顔を合わせてコミュニケーションすること、創造性&想像力の3つがあるそうです。
伊藤 その3つを満たすおもちゃを模索してたどりついたのがMoff Bandだと。なるほど、納得です。ところで、実は動画では観たのですが、Moff Bandの実物を見るのは今回が初めてなんですよ。
髙萩 では、実際に遊んでみましょうか。まずはMoff Band本体とデバイスをペアリングします。アプリを起動して、今回は“ドラムプレイ”を試してみましょう。用意ができたら、Moff Bandを装着した手でドラムを叩く動きをします。
伊藤 ドンという音がしました。
髙萩 それで、手を右にスライドさせつつ、叩く位置を変えていきます。あるいは、左にスライドさせても……。
伊藤 おおー、それぞれ、音が変わっていきますね! そうか、仮想的なドラムセットが目の前に置かれていて、叩く位置が変わったのをセンサーが検知できるから、打楽器の種類も変わっているんですね。
髙萩 そうですね。手を上げて高めの位置を叩くと……。
伊藤 なるほど、シンバルの音がしますね。うーん、実際に遊んでみると非常に感動的です。いきなりテンションが上がりましたよ(笑)。反応も素早いし、動作の変化と音の出方がシンクロするのが心地よい。Moff Bandには、どんなセンサーが搭載されているんですか?
髙萩 加速度センサーとジャイロセンサーの2種類です。単体ではダメで、2つを組み合わせて演算処理をして得られるデータを利用しているのが特徴です。何をしているかというと、手首の動きを介しての姿勢認識なんですよ。さっきのドラムだったら、最初のドンの位置が起点になって、そこからどう姿勢が変化したかを見ているわけです。この姿勢認識こそが、僕らがMoff Bandの開発で力を入れたポイントです。
↑内蔵された2つのセンサーで動きを検知。手首の動きを検知して姿勢の変化を認識。あらかじめ組み込まれたパターンと対照し、サウンドを鳴らす仕組み。
伊藤 センサーそのものがすごいのではなくて、センサーからの情報を解析する仕組みに価値があるということですね。センサーとソフトウェアの組み合わせで勝負をしている。
髙萩 もうハードウェア自体に価値をもたせるのは難しいんですね。だから、ソフトウェアとの組み合わせで「いかに新しい体験をつくれるか」が重要になっていると思います。
伊藤 この部分は、実はすべてのスマートバンドに共通するキーワードですね。
髙萩 そのとおりです。Moff Bandが人の動作を読み取って音をどう出すかというところは、パターン認識なんですね。アプリにあらかじめ「この姿勢だったらこの音」というパターンを組み込んでおいて、センサーからの情報を元にその姿勢を取ったかどうかをアプリで判定し、音を出しています。
伊藤 お聞きしていると、他分野への応用も可能だという気がしてきます。たとえば医療のリハビリで、決められた動きができたら音を出すとか。
髙萩 可能だと思います。実際に、大学の先生から共同研究のオファーもあったんですよ。
伊藤 製品を購入したユーザーからの反応はどうなんですか?
髙萩 「子供が1時間でもずっと飽きずに遊んでいます」とか「体を使って遊べるのがうれしいです」など、ポジティブな反応をいただいていますね。すごく感動したのが、米国のユーザーさんで全盲の養子を迎えることになった人がいて、「これまで遊べるおもちゃが少なかったけど、これなら大丈夫。最高だ」と言ってくれたことです。これは本当に泣けましたね。
伊藤 うん、いい話。ユーザーから改善の要望はあります?
髙萩 音の種類が少ないという声がありますが、これは想定内です。アプリのアップデートでどんどん拡張できるので、今後は随時そうしていきます。あとは、電池の交換がしづらいという意見をいただいているので、今後、製造ロットごとに改善していくつもりです。
■“メイド・イン・ジャパン”ブランドは昔の栄光 今は“メイド・イン・シンセン”ブランドがトップ
伊藤 そういえば生産は日本国内なんですよね。これはなぜ?
髙萩 スピードを重視したことが理由ですね。そのうえで、コミュニケーションコストなども考慮に入れて中国生産と比較してみて、日本のほうがベターだろうと。あとは、生産規模も理由です。規模が大きいほど中国でつくるメリットが出てくるんですが、僕らの規模だと日本でつくってもそんなに変わらない。
伊藤 じゃあ、国産にこだわったわけではない。
髙萩 米国でいろんなハードウェア・スタートアップ企業の人たちと話をする機会があるんですが、メイド・イン・ジャパンは今やまったくブランドじゃないんです。いちばんはメイド・イン・シンセンですよ。
伊藤 うわ、厳しい現実ですね。
髙萩 彼らが口をそろえて言うのは「なんで日本なの? 価格が高いし」ですよ。「まあ、確かに昔はすごかったよね」という感じ。品質面で心配をしている人はいないですね。ただ、ブランドになっているのは中国ではなく深センという都市名です。
伊藤 このままでは日本はヤバいなと感じますね。では最後に、今後のことをお聞きします。Moff Bandは発売されたばかりですが、販売面での展開は何かお考えですか?
髙萩 お客さんに製品に触れてもらえる場所をなるべく増やしたいなと思っています。今はそういう場所がないので。
伊藤 価格帯から考えても、家電やおもちゃの量販店で販売しても不思議じゃないですよね。
髙萩 ただ、日本ではまだスマートトイへの認知度が高くないんですね。そこが改善されれば、グッと伸びていきますよ。
株式会社Moff 代表取締役
髙萩昭範
1977年生まれ。京都大学法学部を卒業後、コンサルティング会社、外資系自動車メーカーなどに勤務。大阪市主催のハッカソンへの参加を契機に、2013年10月にMoffを設立。
■関連サイト
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