個人で使える空撮システムとして、人気急上昇中のドローン。日常暮らしている地域では、さほど難なく飛ばせるが、エベレストではどうなのだろうか?

 大気が薄くて強風、しかもマイナス10~20度はあたりまえ。落下した場所が断崖絶壁なら回収不可能だ。何もかもが極限状況であるヒマラヤ山岳エリアでのドローン空撮について、日本のトップクライマーであり、最強の山岳カメラマンである平出和也さんに聞いた。

1019-drone_1 ↑エベレスト街道より、カンテガ峰を望みながら『Phantom 1』を飛ばす。撮影 倉岡裕之 1019-drone_11

アルパインクライマー
平出和也さん
(ひらいでかずや)
'08年に挑戦したインド・カメット峰(7756m)に新ルートから登頂し、登山界のアカデミー賞といわれるフランス主催のピオレドール(黄金のピッケル賞)を日本人として初受賞。世界的に評価される。挑戦的な活動をする傍ら、現在プロフェッショナルの山岳カメラマンとして活動している。石井スポーツ所属。

 

 

過酷な自然条件を克服するための軽量化

 平出さんがエベレストにはじめてドローンを持ち込んだのは'13年のこと。世界最高齢でのエベレスト登頂をめざす三浦雄一郎さんに、同行カメラマンとして撮影を依頼されたときのことだ。

「今まで、さまざまエベレストの映像が撮られてきてはいますが、ヒマラヤの高所という場所が場所だけに、駆動性のある映像が少なくて。どれも見たことがあるような映像で、今となっては目新しさがないんです。三浦さん側からは特に撮影手法についてのオーダーはなかったので、新しい撮影手法のひとつとして、ドローンが使えそうだなと、エベレストに持ち込んだわけです」

 そもそも平出さんがドローンと出会ったのは'12年の秋ごろ。DJIの『Phantom 1』だ。ヒマラヤの未踏ルートをはじめ、ふつうの人が想像もつかないような難ルートに挑みながら撮影もしている平出さんだが、「そういうところを撮るアイデアのひとつとしてドローンを活用してみたいと思っていたんです。そんなときちょうどエベレスト撮影の依頼がきて、ドローンを使えば今までにない手法でエベレストが撮れるのでは?もしエベレストで飛ばせるなら、どこだろう?と考えたんです」

●DFJI『Phantom 1』で空撮をはじめる

1019-drone_body 赤黒や蛍光色で色分けしているのは、機体の前後を判別しやく、岩壁や雪壁をバックしにしても見失わないようにするため。平出さんならではのカスタマイズだ。


「標高6000メートル付近にあるアイスフォールを登っているシーンを上空から撮った映像ってあまり見たことがなかったので、撮れたらおもしろいんじゃないかと。こんなところを歩いているんだよ、ということを表現してみようと思いました」

 実際、アイスフォールを空撮した映像を見ると、雪崩れが起きたらひとたまりもなさそうな大氷塊の合間をぬって登る、三浦隊のようすがバッチリおさえられている。

●エベレストの難関“アイスフォール”をドローンで空撮

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↑'13年、エベレスト登頂をめざす三浦雄一郎氏にカメラマンとして同行し、エベレストベースキャンプ~キャンプ1間の氷河帯“アイスフォール”を空撮。人間より大きな氷塊がゴロゴロしているのがわかる。

 

1グラムでも軽く機材の軽量化にこだわる

 幸いにして空撮したいと思っていたエベレストの映像はドローンで空撮できたのだが、実は映像担当のカメラマンは平出さんひとりのみ。機材を運んで、セッティングして、そして撮影……と、ひとりで何役もこなさなければならなかった。

「撮影機材をひとつ増やすと、バッテリーやメンテナンスキットなど、それに付随する荷物も増えますからね。でもPhantom 1は、軽さの点で助かりました」

 現在、より進化した『Phantom 2』が発売されているが、性能がアップした反面、Phantom 1より200グラム重くなり、バッテリーを含む機体重量は1キロ。一方、Phantom 1は同800グラムだ。

「標高が高く、空気が薄いところでは、まずドローンを上昇させるのが難しい。空気が薄いとプロペラによって空気を叩く量が必然的に減ってしまうので、単純にプロペラの回転数が上がっていって、空回りしているような感じでしょうか」

 雪道にたとえるとスリップしているような感じで、タイヤの回転数が上がっても雪をつかむことができず、なかなか前進できない状況と似ているのだろう。
 

1019-drone ↑細かな軽量化の積み重ねにより、空気が薄いヒマラヤ山中でも何とかドローンを飛ばすことに成功。

「重力に逆らって上昇させるので、機体は軽ければ軽いほどいい。その点、Phantom 2より軽いPhantom 1は、空気が薄い厳しい環境でも結果的に使えましたから」

「1グラムでも軽く」とは、クライマーにとってごく基本的な考えだが、平出さんはドローンの機体に対してもその考えを持ち込んでいて、機体のネジを全部プラスチック製のものと交換しているほどだ。

「軽量化といっても数十グラム程度だとは思いますが、1グラムでも軽く、そして1秒でも長く飛ぶように軽量化にこだわることは重要なんです。ジンバルを付けたほうがいい絵が撮れるとはわかっていても、エベレストのアイスフォール、6000メートル付近で飛ばしたときはジンバル付きだと重くて飛びませんでしたからね。まず飛ばなければ意味がないので、結局、ジンバルなしで飛ばしました」

 ヒマラヤでのドローン空撮は、豊富な高所登山の経験と軽量化の積み重ねにより成し遂げることができたというわけだ。

●関連サイト
石井スポーツ 平出和也の部屋

週刊アスキー3/17号(No1019)では、特集『みんなで空撮ドローン超入門』(12ページ)を掲載。平出さんへのインタビューのほか、入門から最強まで、最新モデルをそろえたドローン機の紹介、ドローンの安全な楽しみ方などを展開しています。

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