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ハックルベリーに会いに行く

ブロマガ

  • 令和の恋愛事情:その22(1,642字)

    日本の恋愛が1980年を境にはっきりと、また劇的に「男尊女卑」から「女尊男卑」に転換したことは、いくら強調してもし足りないだろう。これによって恋愛市場に大混乱が生じ、多くの若者が戸惑った。またその戸惑いを絶好の商機として、アイドル産業が急激に拡大する。 まずターゲットとなったのは若い男性だ。なかなか恋人ができない彼らは、やがてアイドルを偶像から妄想相手へと転換していく。ただ美術品として仰ぎ見るのではなく、自分の擬似的な恋人として親しみやつながりを求めるようになるのだ。 ただし彼らは、一方では現実の恋人を求めてもいた。なぜなら、疑似恋愛では満たされないものも多いからだ。特に性欲が満たされなかった。そこで、アイドルとは疑似恋愛をくり広げる一方で、近くにいる女性にアタックをくり返してもいた。 そこで生まれた需要が「恋愛術」である。当時の若者は、とにかく女性とつき合いたかったが、どうつき合え

    9時間前

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  • [Q&A]反出生主義についてどう思いますか?(2,125字)

    [質問] 『みいちゃんと山田さん』の件で、何より講談社の編集者が炎上していますが、この件について岩崎さんのご意見はありますか? [回答] 近頃、小学館と講談社で不祥事が相次いでいますね。それもマンガ編集部で相次いでいる。これはけして偶然ではないと思います。 マンガ編集部は、この二社にとっては最後の砦のように、いうならば長い間稼ぎ頭だった。しかしその構図がここ10年で大きく崩れてきているのです。マンガもさすがに苦しくなってきた。いよいよ出版不況が待ったなしになってきたのです。 そういう状況の中で、変な話逃げ出す人が増えてしまった。編集部から有能な人からどんどんと辞めていき、残った人たちはなんとなく二線級の人々になってしまったのです。 そういう人たちが、勘違いでかつての栄華を誇っていたときのような仕事の仕方や、できた人の仕事の仕方を真似するとき、そういう軋轢が起こります。 できる先輩

    1日前

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  • 建築の学び方:その39(1,852字)

    19世紀後半の産業革命の隆盛で、世の中には工場の他に「オフィス」が必要になった。またオフィスは都心にあった方が好都合だったが、都心の土地は限られている。そこのところに鉄骨造の建物の技術が上がって、高層建築が建てられるようになった。 この三つの現象が合流して、「高層オフィスビル」というものが実現する。ここが本当に面白い。「オフィスの需要増」と「地価の高騰」という二つの命題を、「進化した鉄骨」が高層ビルという形で解消するのだ。すなわち高層ビルは二つの問題を一挙に解決するすぐれた「アイデア」だった。 さて、そんなふうにできた高層ビルに求められたものは二つあって、一つは「広さ」、もう一つは安さである。これは当たり前で、とにかくオフィスが足りなかったので広ければ広い方が良い。またお金を儲けるために作っているので出費は少ない方が良い。 おかげで高層ビルは、長方形の平面がそのまま直立した直方体にな

    2日前

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  • 石原莞爾と東條英機:その145(1,877字)

    1943年10月21日、明治神宮外苑競技場で出陣学徒壮行会が、土砂降りに近い雨が降る中、敢行された。関東近郊の大学や専門学校から、徴兵された2万5000人の学徒が参加し、観客席には学徒の家族や近隣学校の女学生など役5万人が詰めかけた。 この会は、戦争の暗さと雨とのイメージが重なって、非常に印象的なものとなった。また、会そのものがNHKのラジオで実況中継されたし、その後映画にもなったので、当時の日本にとっては文字通り国民的行事となった。 これは後に太平洋戦争を象徴する出来事の一つとなり、今でも当時を振り返る際には必ずと言っていいほど取り上げられる。映像資料も前述のように映画化されたため豊富にある。だから現代人でも一度ならず見たことのある者は多いのではないだろうか。 この壮行会には東條英機も出席して送辞を読んだ。その中で、「御国の若人たる諸君が勇躍学窓より、征途に就き、祖先の遺風を昂揚し

    3日前

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  • 野球道とは負けることと見つけたり:その86(1,821字)

    1979年、56歳の蔦文也は脂が乗っていた。おそらくこの時期が最も雑音なしに野球に取り組めた時期ではなかったか。 彼は練習をボイコットする橋川正人を無視した。しかしそれはけっして見捨てたわけではなかった。橋川のような一匹狼は、ガミガミ言うよりむしろ何も言わず、するに任せた方がいいと考えたからだ。 しかし当の橋川は焦った。自分が文也から見捨てられたと思ったのだ。しかし彼にも意地がある。三週間は練習を休んだが、そこでとうとう折れて練習に戻ってきたのだ。 しかし、戻ってきても文也は何かを言うわけではなかった。まるで昨日まで毎日練習に来ていたかのように普通に接した。それで橋川も普通に練習に戻らないわけにはいかなかった。 しかし、そこからの橋川はもう普通にはできなかった。なぜなら戻って以降の練習は、全てやらされているのではなく、自分が選んでしているということになったからだ。 そこからはどこ

    6日前

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2014/01/30 11:01

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