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ハックルベリーに会いに行く

ブロマガ

  • 野球道とは負けることと見つけたり:その75(1,695字)

    1979年4月1日、大会5日目の第三試合、池田は一回戦で強豪天理を下した山形県代表・鶴商学園とぶつかった。 この試合は、両校エースの投げ合いが注目された。池田の橋川正人は、秋の県大会、四国大会で際立った勝率あるいは防御率を誇っていたし、一方鶴商学園の君島厚志は、前述のように一回戦で、強打の天理を粘りの投球でわずか2失点に抑えていたからだ。 しかし蓋を開けて見ると、試合は結局池田の完勝に終わった。打線は初回に「まさか」のスクイズで先制点を挙げると、4回に2点、5回と7回にはともにソロホームランで1点ずつ加点し、最終的に君島から5点を奪った。 一方の守りは、橋川のコントロールがなかなか定まらず、9回で140球を投げさせられたものの、とうとう鶴商を完封した。そうして5-0と完勝を遂げたのである。 この試合は、池田の投打にわたる強さが際立った格好となった。またホームランを2本打つという、後

    1日前

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  • 令和の恋愛事情:その10(1,740字)

    ぼくが思春期に入った80年代。恋愛はすでに決まったフォーマットがあるものと思っていた。だからそれに則ってしなければならないと信じ込んでいた。そして実際、そのフォーマットに則って恋愛をした。 しかしながら、実はそのフォーマットが定まったのが1970年代後半なのである。70年代後半、奇しくも恋愛第一世代の松任谷由実と桑田佳祐がデビューし、彼らが体験した生の「恋愛」を流行歌として歌った。それが当時構築されつつあった恋愛フォーマットを爆発的に拡散し、また定着させることの一助となったのである。 『いとしのエリー』が好きな男性は多い。しかし実は、この歌の隠れた女性ファンも多い。 それは、この歌が「男性恋愛の基本は失恋である」という当時の新しい恋愛フォーマットに則ったものだったからだ。このフォーマットをいち早く自ら発明し、構築したのが桑田佳祐だ。そして多くの男性がこれにならって上手くいったので、桑

    2日前

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  • [Q&A]なぜ家を建てるのですか?(1,498字)

    [質問] 『三枚のお札』、『3匹のやぎのがらがらどん』、『やぎとライオン』などの童話で、ピンチの時に嘘っぽい事を言って切り抜けるシーンがありますが、そういう時の嘘は大丈夫なのでしょうか? [回答] 大丈夫どころか、そうすべきです。人間は、基本的に他者には嘘をつくべきなのです。ここでも何度か述べていますが、むしろ真実を述べてはいけません。 ぼくはそのことが30代の後半まで分かっていませんでした。しかし30代後半のあるとき、天啓のようにそのことが理解できるようになり、以来努めて嘘ばかりつくようにしています。すると、そこから人生ははっきりと好転しました。 ついていけない嘘は、自分への嘘です。自分自身に嘘をつくと、後で取り返しのつかないことになります。 [質問] 家を建てる人はよく建てる前に「なぜ建てるのかを言語化しておいてください」とハウスメーカーや工務店から言われるそうです。なぜなら

    3日前

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  • 建築の学び方:その27(1,661字)

    空間感覚とは何か? それは一つには「足裏の感覚」のことである。 では、どのような足裏の感覚か? それは、足裏で地球と「つながる」感覚のことだ。 人間の足は、というよりそもそも人間の体は、でこぼこの場所を歩くためにできている。だから、でこぼこの場所(土の上)を歩いていないと、逆に平衡感覚が崩れ、心身に不調を来す。現代人のほとんどが心身に不調を来しているのは、現代の(特に都会の)どこもかしこもが舗装され、平らだからだ。 空間感覚がある人というのは、足裏ででこぼこの大地(地球)をつかみながら、その微妙な角度を驚くべき精度で把握する。まず斜めに対する理解が深まる。これが深まってくると、やがて大地全体(地球全体)をイメージできるようになる。地球が足裏を媒介に自分とつながって、まるで自分の一部であるかのような感覚を持つに至る。 「身体拡張」という概念がある。これは人間の面白い能力の一つで、例えば

    4日前

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  • 石原莞爾と東條英機:その133(1,946字)

    永野修身は1880年の生まれである。東條英機の4歳上。石原莞爾の9歳上だ。 Wikipediaには「海軍の三顕職(連合艦隊司令長官、海軍大臣、軍令部総長)を全て経験した唯一の海軍軍人であると同時に、大戦中に生前元帥府に列された唯一の海軍軍人でもある」と書かれている。これは永野が紹介されるとき、必ず付される概略だ。 つまり、海軍の長い歴史の中でも最高出世を遂げた人物であるということである。大人物中の大人物だ。当然、天皇からの覚えも目出たかった。 この永野が1913年、33歳の時にアメリカ・ハーバード大学に留学したことは以前にも述べた。実は山本五十六も、永野から6年後の1919年、ハーバード大学に留学している。つまり当時の海軍でハーバード大学に留学することは、一つの出世コースだった。このハーバードの同窓であるというのも、永野と山本の結びつきを強くした。 そして当時、海軍には「三羽がらす

    5日前

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2014/01/30 11:01

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