米国テキサスで行なわれるエンターテインメントの祭典“SXSW(サウスバイサウスウェスト)”で、東京大学関連のスタートアップが出展する“TODAI TO TEXAS”。なかでも注目を集めているのが“フェノクス・ラボ”だ。見た目はただの小型クワッドコプター。しかし、従来のドローンとはまるで別モノ。最大の特徴は、“プログラマブル”であることだ。何ができるようになるのか? チーフエンジニアの此村領氏に話を訊いた。
週刊アスキー3/31号 No1021(3月17日発売)掲載のベンチャー、スタートアップ企業に話を聞く対談連載“インサイド・スタートアップ”、第20回はLinuxを搭載し、ユーザーが自由にプログラミングできるクアッドコプター『Phenox(フェノクス)』を開発した東京大学フェノクス・ラボの此村領チーフエンジニアに、週刊アスキー伊藤有編集長代理が直撃。
↑東大のPhenox Labが開発したプログラマブルなクワッドコプター『フェノクス2』がKickstarterに出品開始! 価格は840ドル。9~10月に出荷予定。支援募集は4月18日まで。
■画像処理アルゴリズムの効率化とZynqの採用でオンボードの完全自律飛行を実現
伊藤 いつごろからフェノクスのプロジェクトがスタートしたんでしょうか。
此村 クワッドコプターをつくりはじめたのは、3年前に研究室に入ってからです。当時はまだフェノクスという名前はなく、“小さくて賢い、すべての処理がオンボードでできるクワッドコプター”というコンセプトで研究をしていました。
伊藤 当初から、インテリジェントなクワッドコプターを目指していたんですね。プロトタイプは何台つくったんでしょう?
此村 この形で10台目になります。いろいろな機体のフレームを3Dプリンターで出力して、試行錯誤しました。
伊藤 3Dプリンターが普及したのも、ここ3年ですよね。
此村 ちょうど僕が修士に入ったタイミングで研究室に3Dプリンターがきて、メカのプロトタイプが簡単につくれるようになりました。中空にできるので、軽いのも利点ですね。
伊藤 カメラが搭載されるようになったのは?
此村 かなり初期のころからです。一般的なドローン撮影では、ウェブカメラを搭載し、OpenCVなどで撮影した画像を処理しています。でも僕は、画像処理部分のアルゴリズムを効率化すれば、もっと小型化できるんじゃないかと考えました。
伊藤 もともとそういった回路の研究をされていたんですか。
此村 学部生のころからロボコンサークルに所属しており、趣味で電子回路の研究をしていました。小さい基板に回路を載せて、すごいボードをつくってみたかった。そこで、画像処理のための信号処理、マイコン、FPGA(Field Programmable Gate Arrayの略。ユーザーがプログラミング可能な集積回路。回路を再構成することでさまざまな用途に応用できるため、専用LSIに比べて製造コストが抑えられる)などを実装するプログラムを勉強しました。
伊藤 しかも、ちゃんと飛ぶものにしなきゃいけない。
此村 そうです。画像処理などアルゴリズムの深い部分を探りつつ、ハードウェア的な視点も併せて考える必要がありました。
伊藤 開発費用は、どこから出ていたんでしょう?
此村 研究費と自腹が半々です。小さいと費用もさほどかからないのがメリットですね。
伊藤 ドローンに使う電子部品などの材料は、個人でも簡単に手に入るものなんでしょうか。
此村 国内のパーツショップには置いていない部品も使っていますが、ネットなどで探せば通販で手に入りますよ。
伊藤 現在のフェノクスは、ザイリンクス『Zynq-7000』を搭載しているんですよね。
此村 Zynqを搭載したのは前世代からです。これが大きな突破口になりました。FPGAの限られたリソースには、特徴点の抽出処理だけでいっぱいになってしまうんです。
↑頭脳であるZynq-7000 Soc、DDR3 256MBメモリーを実装した基盤、マイクロSDカード、自己位置を推定するための2台のカメラ、レンジセンサー、マイクなどを搭載。
■Linuxを搭載し、オープンソース化ユーザーが動きをプログラミングできる
伊藤 機体サイズの制約も?
此村 最初の課題は、オンボードで自律飛行させること。自作の基板でなんとか自律的に飛ぶようにはなったものの、それ以上何かさせることができなかったんです。Zynqが発表されたときに「これだ!」と思いました。
伊藤 Zynqの特徴を簡単に説明してもらえますか。
此村 Zynqは、FPGAとCPU2基がひとつのメモリーをシェアしています。そこで、FPGAで特徴点の抽出やメモリーへの記録、CPU0はLinuxと動画配信、CPU1は飛行制御や自己位置の推定などに使
い分けています。
伊藤 ひとつのチップに3つのユニットがあるから、オンボードで役割分担できるわけですね。
此村 以前は、マイコンとザイリンクス製のFPGAの組み合わせでした。Zynqは、CPUが2つあるため、ひとつを飛行処理に使い、もう一方のCPUはユーザーがプログラミング可能にします。ユーザーは飛行処理を気にせずに、Linux上で命令を実行できます。
伊藤 Linuxということは、オープンソースなんですか?
此村 そうです。Linux部分はオープンソースになります。CPU0では、“飛ぶ”、“カメラで撮る”、“特徴点を検出”といった抽象的なライブラリーを提供し、ユーザーが利用できるようにします。CPU1とFPGAはクローズドです。
伊藤 すべてがオープンなわけではないんですね。
此村 すべての制御コードを公開すると混乱してしまいます。ユーザーの触れる部分は、ある程度制限するほうが現実的です。
伊藤 なるほど。確かにそのほうがわかりやすい。
↑2台のカメラで周囲を認識して自律飛行する。フレームとプロペラは3Dプリンターで出力した樹脂製。マイクで音声を認識。笛を吹くと離着陸する、といったインタラクティブ飛行も可能だ。
此村 もうひとつは外為法の慣性航法装置という規制があるためでもあります。
伊藤 外為法! 法的な問題もクリアーしないといけないとは。ところで、現在キックスターターには、最新のフェノクス2を出品していますよね。前バージョンからモデルチェンジした部分というのは……?
此村 最大の強みは、WiFiモジュールが付いたことです。
伊藤 それは、技術基準適合(技適)をとるため?
此村 そうです。これまでのブルートゥースを使った通信は、技適を受けていなかったので、今回からWiFiにしました。最新のフェノクスには、“フェノクスネット”が入っており、自身がアクセスポイントにもなれます。通信速度も速いので、動画配信も可能です。また、Ubuntuが全部入っていますので、ユーザーが好きなパッケージをインストールして、カスタマイズ可能になりました。
↑フェノクス2には、WiFi機能を搭載。カメラで自動撮影した画像や動画をPCへワイヤレス高速転送できる。
伊藤 機体のデザインも変更があるのでしょうか。
此村 フレームやプロペラが変わります。プロトタイプは手作業でつくっていましたが、金型をつくって量産します。プロペラは設計からつくり直しました。音が小さくなり、回転のバランスもカンペキですよ。
伊藤 何台出品ですか?
此村 500台です。
伊藤 え、それって立派なスタートアップじゃないですか!
此村 量産になると、自分の手を離れちゃうのが悩みですね。
伊藤 絶句。業者さんは、スムーズに見つかりましたか。
此村 ええ、昨年のキックスターターに出したことで、業者の方々から、声をかけていただきました。まだ確定ではありませんが、国内のEMSメーカーさんに回路の製造、実装、出荷までやってもらえそうです。うまくいけば、僕は試作機を完成させて、製造に回すだけです。
伊藤 価格はいくらですか?
此村 840ドルです。円安で材料費が高くなり、前回より90ドルほど高くなりました。
伊藤 お話を聞いていると、完全にスタートアップ。しかし、昨年5月に出たあるメディアの記事では、「売り物にするつもりはない」とおっしゃっていた。これだけ注目を浴びた今も、その考えは変わらず?
此村 僕自身はずっと研究を続けていきたいので、会社の設立などは考えていません。投資を受けるとプレッシャーになってしまう。自由な身分のほうが研究がはかどります。
伊藤 なんともったいない(笑)。
此村 ただ、研究としてつくったモノを世の中の人にも見て評価してもらいたいたくて、キックスターターを試してみました。すると、反応があっておもしろかった。それで、またやってみたくなったんです。
伊藤 ぶっちゃけた話、あちこちから「売らせてくれ」って問い合わせがくるでしょう。
此村 はい。きますね。
伊藤 今のドローンの盛りあがり方はすごい勢いがあるし、中でもこういう製品は、ほかにない。次のキックスターターもきっと500台はすぐに出ますよ。
此村 それは発信力次第ですよ。前回は、ネットのメディアに取りあげてもらったおかげです。30台を用意して、日本人からの注文が20台。うち15人は、掲載記事のリンクからきていました。僕らにとって、メディアの力はすごく重要です。
伊藤 SXSWでとりあげられたらもっと増えますよ。見ればストレートにおもしろさがわかる。絶対受けると思います。
此村 それには、デモがうまくいくかどうかにかかっています。普通のドローンとの違いをどれだけアピールできるか。オンボードという特徴が伝わりにくいので、その違いを理解してもらえるとうれしいです。
■見張っていなくてもいいドローンが世界を変えるかもしれない
伊藤 ドローンって、機構的にはすごくシンプル。これからは低価格製品もどんどん出てきて競争がさらに激しくなる。その中で差別化要因になるのは、ソフトウェアだと僕は考えています。
此村 そうですね。プログラマブルなフェノクスは、今あるどのドローンよりも、いろいろなことができる。僕としてはフェノクスはハードとしても十分戦える自信があります。ただ、ソフトウェアは、僕だけの手では回らない。それがフェノクスをプラットフォームとして世に出す理由のひとつです。
伊藤 現時点で、プログラマブルなドローンは、ほかにも存在するのでしょうか?
此村 オンボードでなければありますが、小型でオンボードとなると、ほかにないと思います。実は、基板に汎用性があり、大きい機体でも飛ばせるのです。ソフトだけじゃなく、ハードにも応用性があります。
伊藤 機体のサイズが変わったりすると、CPU1の制御が変わったりしませんか?
此村 それらのパラメーターもCPU0側で書き換えられるようにしています。将来的には、ハードウェアの増設もできるように設計しています。
伊藤 ボードだけ買いたいという人もいそうですね。
此村 キックスターターのオプションで用意しています。
↑研究室の作業台に並べられた多数のプロトタイプ。フレームやプロペラの形状も少しずつ異なる。左上にある大型の機体も同じボードで飛行可能とのこと。
伊藤 今後は、どのように発展させていくんでしょう。
此村 プラットフォームは今のまま、アプリケーションはユーザー側に委ねて、いろいろなアイデアが出てくるのを楽しみたい。そのためには、プラットフォームとして基本的なところがしっかりしていることが重要。機体の頑丈さにも力を入れます。
伊藤 楽しみですね。
此村 人の手を借りずに、ロボットが自分で考えて行動できるようになると、世の中が変わるかもしれない。
伊藤 そもそもロボットと呼ぶなら自律して当たり前。遠隔操作じゃラジコンですよね。
此村 あくまでオンボードで戦っていきます。また、小型であることを生かして、屋内用としての機能も実装していきたい。
伊藤 此村さんが研究に没頭できるような、いい経営者を探してくるのがいい気がしています。
此村 実は今、探しているところなんですよ(笑)。
フェノクス・ラボ
チーフエンジニア
此村領
東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程に在籍。2012年より自律飛行ロボットの研究を開始。フェノクスプロジェクトとしてIPAの2013年度未踏プログラムに採択。
■関連サイト
フェノクス・ラボ
Phenox 2: A Programmable Drone & Platform(Kickstarter)
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