今回は渡辺千賀さんのブログ『テクノロジー・ベンチャー・シリコンバレーの暮らし』からご寄稿いただきました。
■無人の暗闇に躍り出るミッキーマウスというプロと笑いのツボ
去年の1月、ハワイのディズニーリゾート*1に泊まりに行った。ディズニーが経営するホテルだが、テーマパーク併設なし。ただし、ミッキーとミニーとその他2名ほどのキャラクターが敷地内を徘徊してディズニー感を醸し出している。
*1:『AULANI』
http://resorts.disney.go.com/aulani-hawaii-resort/
ハワイと、私の住んでいるカリフォルニアとの間には時差があり、ハワイの方が3時間遅い。よって、早朝に目が覚めてしまう。同室のダンナの姪たち(ハワイ在住)を起こさないため、仕方なく夜明け前の薄暗いホテル内をそぞろに歩いていたら、ミッキーの出勤に出くわした。
私たちは誰もいない薄暗い廊下をのろのろ歩いていた。すると、壁にある地味な職員用の扉が開き、従業員2人を前後に従えたミッキーが踊りながら登場したのである。腰を振り振り、両手を交互に中に突き上げながら躍り出たミッキー。
でも、私たち以外誰もいないっす。
きっと毎日、こうやって登場しているはず。そして、ほとんどの日は、そこには誰も客はいないはず。それでも踊りながら登場。元気一杯。なぜなら、ミッキーはいかなる時でもミッキーでいなければならないから。
夜明け前で真っ暗でも、誰もいなくても、いつでもミッキー!イェイ!
・・・・この、「ミッキー、暗い無人の廊下に踊りながら登場」というのがおかしくておかしくて、「すごく面白かった話」として、帰って来てから何人かに話したのだが、皆一様に首を傾げた。そして、
「その話のどこが面白いのか説明して欲しい」
と言われた。私は「えっ、面白くないんだ」と驚いた。私的には、ディズニーリゾートの他の全ては忘れても、それだけは心に焼き付いているくらい衝撃的に楽しい出来事だったので。死ぬ前の走馬灯に登場するかもしれないレベル。
「どこが面白いのか」と聞かれて改めて考えたのだが、多分それは「その道を究めようと頑張れば頑張るほど、その努力は常軌を逸し、笑いを誘うものになって行く」という人生のペーソスにあるのではなかろうか。
有名な話だが、ディズニーのキャラクターにかける意気込みは半端ではなく、同じパーク内には絶対に同じキャラは複数同時に存在させない、客の命の危険があるくらいの非常時でなければキャラの設定から外れたことをしてはいけない、などいろいろなルールがあり、「中の人などいない!」をまじめに貫いている。(その一環として、元気なお子様等に突撃されたミッキーが「なにすんじゃこのクソガキャー」と逆上するといった惨事がないよう(かどうかはしらんが)前後に護衛の職員がいる。)こうした瑣末とも思える様々な努力の末に、ディズニーというブランドが長い年月を超えて成り立っている。
・・・というのはわかるのだが、しかし、ハワイの気の抜けた生暖かい海風の中、誰もいない夜明け前に元気一杯に踊りながら出てくるミッキー。そこまでやるか。
しかし、ミッキーに限らず「結構いい感じじゃない?」程度に一般人が思うものは、それを作り出すプロの職業人の気合いの入れ方はもの凄いものがある。
バーチャファイターだか鉄拳タグだかを開発した人たちは、中国の少林寺まで行って拳法修行をし、自ら痛みを体験した、という話を聞いたことがある。ひょろひょろのプログラマの皆さん(イメージ)が少林ファイターに投げられている姿を想像。アップルのデザイナーさんたちも「ロゴが1ミリずれている、ぬぉー(激怒)!」みたいな戦いを繰り広げられているらしいですし。マッキンゼーのプレゼンチャートにも、「チャートの中身は、タイトルの下に引いてある線の幅の外側に1ミリたりともはみ出てはいけない」とかいろいろな「そんなの誰も見てない」というルールがあった。でも、やっぱり統一すると美しい。美しいと説得力が違う。「わかればいい」「うごけばいい」というレベルではなく、感動を与えるためには、そういう、「そこまでやるか」という細部への真剣さが不可欠なのである。神は細部に宿る。
しかし、真剣になればなるほど、その努力の対象は微に入り細を穿って常軌を逸したものとなり笑いを誘う。その、「頑張るほどおかしい」というペーソスを「暗い無人の廊下に踊りながら登場するミッキー」が象徴していた。それが私の笑いのツボにはまったのだと思う。
・・・と、綿々と説明しても、あんまり面白さが伝わらない気がするなー。とりあえず、今までこの話をして一緒に笑ってくれる人は1人もいなかったので、多分全然面白くないと思いますが、「うむ、渡辺千賀の走馬灯にはこういう画像が出てくるのか」と思って頂ければ幸甚です。
執筆: この記事は渡辺千賀さんのブログ『テクノロジー・ベンチャー・シリコンバレーの暮らし』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2013年06月13日時点のものです。
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