今回はmt-iさんのブログ『tsurupeta.info』からご寄稿いただきました。
■フランスの非実在青少年規制:なぜこうなった?
児童ポルノ法改正案をめぐる論議の中で、フィクションにおける未成年者など、いわゆる「非実在青少年」の性的描写が他国で規制されているとよく言われています。私の母国フランスは実際その一例で、日本の本屋で普通に買える書籍を持つと懲役刑が科せられる可能性もあります。しかし「アニメや漫画を規制しよう」というはっきりした立法趣旨があった訳ではありません。今の状況は、マスコミ狂乱の渦中に慌ただしく可決された法律の過度の広汎性と、可決後何年も経て急に厳しくなった執行の結果とも言えます。立法と執行の経緯はかなり示唆的かと考えており、手短に紹介したいと思っております。
フランスにおける児童ポルノ規制は1994年に遡る。当時は*1実在する未成年者の「ポルノグラフィーの特性を持つ」画像の製造と配布しか禁止されていなかったのです。
*1:「Code penal - Article 227-23」 『Legifrance』
http://www.legifrance.gouv.fr/affichCodeArticle.do?idArticle=LEGIARTI000006418087&cidTexte=LEGITEXT000006070719&categorieLien=id&dateTexte=19980617
ベルギーの残酷なマルク・デュトルー事件*2を背景に、1996年あたりから仏マスコミは「ペドフィリア」に対するモラルパニックに襲われました。警察は不安に応えようとして「ペドファイル犯罪」を厳しく取り締まるスタンスを取り、未成年に見える少年の淫らな画像を所持していた容疑で何百人の男性を一斉逮捕しました。この事件はメディアで大々的に報道され、名前や顔写真が広く晒された容疑者らの自殺も続発しました。ほとんどの場合、容疑が薄く、起訴の根拠は薄弱だったのですが、それは数年も経ってから判明しました。*3
*2:「マルク・デュトルー事件」 『wikipedia』
http://ja.wikipedia.org/wiki/マルク・デュトルー事件
*3:「≪Ado 71≫: les sanctions tombent.」 『Liberation』
http://www.liberation.fr/evenement/0101333430-ado-71-les-sanctions-tombent
そんな中1997年に、児童ポルノをはじめ性犯罪に対する罰則を強化しようとした「性的犯罪防止抑止及び未成年者保護に関する法案」*4が提出されました。
*4:「Loi relative a la prevention et a la repression des infractions sexuelles ainsi qu'a la protection des mineurs :」 『Senat』
http://www.senat.fr/dossier-legislatif/pjl97-011.html
新技術に対する不安が大きかった時でもあったので暫定法案はインターネットなどの新規規制を導入していましたし、上院審議会Charles Jolibois会長は「児童ポルノ合成画像」*5への深刻な懸念を示して「未成年者の画像又は描写」(l'image ou la representation d'un mineur)を罰するべきだと主張しました。
*5:「Article additionnel apres l'article 12 (art. 227-23 du code penal) Repression de la diffusion d'une representation pornographique de mineur」 『Senat』
http://www.senat.fr/rap/l97-049/l97-0494.html#toc102
そういう風に改正された法案が1998年に最終可決されました。審議記録*6を読むと、意図された処罰対象は明らかに「実在人物の写真とは識別できない写実的ポルノ画像」ではありますが「representation」という単語は非常に曖昧なので、広義に解釈すると実在人物とは何の関係もない絵画や描画も規制対象となるのです。
*6:「SEANCE DU 30 OCTOBRE 1997」 『Senat』
http://www.senat.fr/seances/s199710/s19971030/sc19971030010.html
また2001年に、ポルノや性犯罪とは無関係であるはずだった「親の権威に関する法案」*7の第二次下院審議の時、Catherine Picard議員は「児童ポルノの単純所持を 罰する規定」が必要であるとしてこの法文に入れることを提案しました。*8
*7:「Autorite parentale」 『Assemblee Nationale』
http://www.assemblee-nationale.fr/11/dossiers/autorite_parentale.asp
*8:「APRES L'ART. 12」 『Assemblee Nationale』
http://www.assemblee-nationale.fr/11/cra/2001-2002/2001121115.asp#P541_140591
それに対して、Segolene Royal家族担当大臣は「賛成。この提案を可決したら、きたる横浜の児童性的搾取に反対する世界会議*9にてのフランスの地位が高まるだろう。」という肯定的な意見を示しました。改正法案は異論なく可決されました。驚くことなく、依然として規制されていた非実在青少年のrepresentation「描写」の所持も処罰対象となりました。
*9:「「第2回児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」の概要と評価」 『外務省』
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/csec01/gh_0112.html
要するに、非実在青少年の「描写」は1998年に、そして単純所持は2002年に禁止されましたが、しばらくの間「描写」に対する追訴は一切なかった結果、規制範囲は漠然なままでした。2003年にフランス人権連盟・創作自由監視委員長Agnes Tricoire弁護士*10が法律の過度な広汎性に関する懸念を示した声明を発表しました。*11
*10:『Agnes Tricoire』
http://www.agnestricoire-avocat.fr/
*11:「References」 『ldh france』
http://www.ldh-france.org/-References-.html
「刑法227条23項に於けるrepresentationという単語は美術的描写も該当するのだろうか。仮にそうであれば、こんな描写の各々の作者に法律に定めた精神鑑定(刑法706条47項)を受けさせるべきだろうか。精神鑑定は未成年被害者への損害を考慮しなければならい(刑法706条48項)が、どうなるのかね」などと皮肉を込めて書きました。
だが結局、2006年にフランスの日本アニメ配給会社Kaze*12の社長ら3人が、未成年者の描写を含むエロアニメ『淫獣聖戦ツインエンジェル』*13を配布したとして有罪判決を受けました。
*12:『KAZE ANIME』
http://anime.kaze.fr/
*13:「淫獣聖戦シリーズ」 『wikipedia』
http://ja.wikipedia.org/wiki/淫獣聖戦シリーズ
フランス最高刑事裁判所「破毀院」まで上訴しましたが、水の泡でした。*14むしろ、破毀院が「アニメや漫画は規制の対象だ」とはっきりと書いてしまった厄介な先例となりました。しかし十数万円程度の罰金刑となって、実在児童ポルノの実刑判例に比べて「寛大」な判決に留まったからか、私が知っている限りは反響が殆どなかったのです。ずばり言えば、Agnes Tricoireら創作自由擁護派は「美術」を守ろうとしているので、彼女らから見れば日本のエロアニメは美術であるか、守る価値があるかは疑問であります。
*14:「Cour de Cassation, Chambre criminelle, du 12 septembre 2007, 06-86.763, Inedit」 『Legifrance』
http://www.legifrance.gouv.fr/affichJuriJudi.do?oldAction=rechJuriJudi&idTexte=JURITEXT000007640077&fastReqId=1948063518&fastPos=1
去年2012年にいよいよ懲役判決が下された*15時も知識人反応はなかったようです。今回の規制対象は日本のエロ同人誌でした。
*15:「【4chanの反応】日本のロリエロ漫画を所持・頒布したフランス人に有罪判決」 『翻訳!翻訳ゥ!』
http://cosmoneapolitan.blog.fc2.com/blog-entry-106.html
●追伸
本テーマに関してもっと詳しく論じた同人誌の配布を予定していますので、ご興味のある方はサークル「esprit doujin」の夏コミスペース(日曜日・東O60a)までお越しくださればと思います!
『Comike Web Catalog(コミケカタログ)』
https://webcatalog.circle.ms/Account/Login?ReturnUrl=%2fCircle%2f10713413
(※閲覧するには登録が必要です。)
執筆: この記事はmt-iさんのブログ『tsurupeta.info』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2013年06月25日時点のものです。
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