書籍のゴーストライターというエコシステム

今回は佐々木俊尚さんのブログ『Sasaki Toshinao 作家・ジャーナリスト 佐々木俊尚』からご寄稿いただきました。

※この記事は2014年03月08日に書かれたものです。

■書籍のゴーストライターというエコシステム
出版のゴーストライターというものに誤解している人が多いようなので、ここで実状を少し書いてみます。

経営者本やタレント本など、プロの書き手ではないけれども「著名な人」が出している本のたぶん9割ぐらいは、ゴーストライターが代筆したものです。ここで「代筆」ということばを使ったのでわかるように、「著者」本人の考えていることや体験談を長時間のヒヤリングをもとに代わりに書いてあげるというのが、ゴーストライターの仕事です。これを「著者と言いながら実際には書いていないじゃないか。偽物だ!」と怒るのはたやすいのですが、しかしこのゴーストという仕組みは出版業界ではそれなりに意味のあるエコシステムとして発展してきました。それを説明しましょう。あらかじめ言っておくと、私はタレント本の世界はまったく知らないので、ここで語るのは経営者本などのビジネス書のゴースト事情です。

ゴーストライターの仕事をしているのは、たいていはフリージャーナリストだったり、雑文をあちこちに書いているフリーライターだったり。たいていの場合は出版社からオファーが来ますが、仲の良い著名人から直接名指しで「ゴーストやってくれない?」と依頼が来ることもあります。そこで編集者も交えて著者、ゴーストライターの三者で本の方向性や盛り込む内容などについて綿密な打ち合わせをおこない、そこからヒヤリングがスタートします。本の分量や内容にもよりますが、2時間ぐらいのインタビューを最低でも3?4回はこなし、さらに関係者の取材もします。経営者本だったら、役員や上級幹部、取引先などに「今度○○社長が本を出しますので、その周辺取材をさせてください」とお願いするわけですね。このダンドリはたいてい編集者がやってくれます。

そうやって2~3か月ぐらいの時間をかけて取材を重ね、関連の書籍を読むなどリサーチも行って執筆し、原稿ができあがります。「著者」にチェックのために原稿を渡し、書き直したいところがあれば書き直し(全面的に書き直す「著者」もいます)、そうして編集者で校正をかけ、見出しなどもつけて本として完成するわけです。

あくまでも「著者」本人へのヒヤリングがもとになっているので、「著者」の哲学や持論、体験談が原稿のベースになっています。だから著者の考えてもいないようなことを勝手に書いているわけではありません。もちろんヒヤリングだけだと分量が埋まらないことも多いし、ふくらみが足りないので、周辺取材やリサーチは欠かせません。でもこの「ふくらみ」の部分があることだけをもって、「これは『著者』の本ではない」とするのは言い過ぎでしょう。

だから私としては、ゴースト本は「著者の書いた本ではない」けれども「著者の本である」とはいえる、というような立ち位置ではないかと思っています。

なぜ出版の世界にはこんなシステムがあるのでしょうか。ゴーストライターなんかに頼まずに、自分でちゃんと書くのが本分だろうというのは正論です。しかしここには、「著者」とゴーストと出版社の三者に、ちゃんとウィン・ウィン・ウィンの関係が成り立ってるんですよ。

まず「著者」から見ると、経営者は「本を出す」ことに魅力を感じる人が多い。まあ名誉欲の面もあるし、自分のビジョンを社外のもっと多くの人に知ってほしいという欲求もあるでしょう。しかし彼らは、文章を書くのに慣れていません。今でこそブログを書いてる経営者はたくさんいて皆さんの文章力は高くなっていますが、そんなのこの5年ぐらいの話です。ブログ以前の時代は、初心者の文章はたいてい読むに耐えないレベルでした。さらに第3のポイントとして、経営者は忙しいので長い原稿を書くような時間がなかなかとれない。1冊の本は原稿量にすると、ペラペラの新書でも8万文字ぐらいはあります。

そこで自分の意見をヒヤリングして、プロの文章で書いてくれる人がいるというのなら、ぜひ頼みたいということになるわけです。

ではゴーストライターの側のメリットは何か。もちろん第1にはお金の問題があります。さっきも書いたようにゴーストライターは新進のフリージャーナリストやフリーライターであることが多い。これは前にこのブログ記事*1でも書いたことですが、かつてのフリージャーナリスト自立モデルというのは、まず雑誌の取材記者やデータマンなどの下積み仕事で取材経験を積み、それから「諸君!」「月刊現代」「論座」「中央公論」といった総合誌で自分の署名記事を書く機会を探していく。でも良いものを書こうとすると取材や執筆にそれなりに時間がかかります。かといって雑誌編集部の常駐取材記者になってしまうと、あまりに忙しくて自分のやりたいテーマの取材や執筆に時間が割けません。そこで手っ取り早いビジネスとして、ゴーストライターを手がけるわけです。

*1:「なぜフリージャーナリストは震災後に劣化したのか?」 2012年08月02日 『Sasaki Toshinao』
http://www.pressa.jp/blog/2012/08/post-3.html

ゴースト仕事は原稿料払いの場合もあれば、印税払いの場合もあります。前者は、本が売れようが売れまいが1冊しあげれば30万円とか、50万円とか、そういう金額を支払ってもらうというやりかた。後者は印税の一部を受けとるというやりかたです。たとえば「著者」が印税5%、ゴーストも印税5%のフィフティフィフティにしたり、初版分だけはゴーストが印税7~8%、「著者」が印税3~2%とゴーストに多めに設定し、増刷すればこれをひっくり返してゴーストが印税3~2%、「著者」7~8%に。売れれば著者が儲かるけど、ゴーストは売れなくてもそれなりの収益を確保するというしくみですね。

こういう仕事を手がけながら収入を確保し、そして自分のやりたい取材・執筆を追い求めていくというのが駆け出しのフリージャーナリストの仕事のスタイルになっているわけです。これは言ってみれば、スタートアップ企業が自分たちのやりたい、けれど収益のない本業ビジネスを頑張りながら、社員に給料を支払うために受託開発をやってるのと同じようなものですよ。

しかしこの仕事は、実はお金のためだけではありません。タレント本はどうかわかりませんが、経営者本などのビジネス書に関しては、ゴーストを手がけることによって得られる知見や人間関係が、ジャーナリスト個人にとっても非常に重要な蓄積になっていきます。だって「経営者が著者になる本を書く」という大義名分で、その会社の中にまで入り込んで、普通の取材だとなかなか聞けない本音まで存分にヒヤリングできるんです。これはめったいない取材経験じゃないですか。だから自分が興味のある分野でのゴーストの仕事があると、目端の利くジャーナリストなら「来た来た!是非!」と飛びつくわけです。

たとえば私の場合、2003年にフリーとして独立し、自分の本をコンスタントに出してそれなりに知られるようになる2009年ごろまでの間に、5~6冊ぐらいはゴーストライターの仕事を引きうけました。ホリエモンこと堀江貴文さんの経営者本も2冊書いています。これは出版社経由じゃなくて、堀江さんから直接、というか当時のライブドア広報経由で依頼がありました。この時は宮内さんや中村さんや熊谷さんなどに取材でき(みんなその後逮捕されちゃいましたが......)、成長しているベンチャーがどのような仕組みで社内のさまざまなシステムを構築しているのかということを実地に知ることができて、たいへん勉強になりました。また同時に本もかなり売れたので、駆け出しフリージャーナリストの生活を安定化させるのに大いに役に立ってくれました。

この2冊以外に印象に残っている本といえば、製造業コンサルタントの経営者本。日本のものづくりがどのような岐路に立たされており、世界の物流ネットワークがどうなっているのかを実地に学べ、さらに原稿を仕上げるために大量の関連本を読みこなしたので、この分野の知識が非常に多く蓄積されて、その後の仕事にたいへん役立ちました。

ちなみにジャーナリズム業界のことを知ってる人なら、こんなの当たり前の話で、とくだん隠すようなことでもありません。「誰それのゴーストやった」みたいなことは業界内の普通の日常会話で出る話ですからね。とはいえ業界のことなど知る必要もない外部の人から非難の声が出てることは、真摯に受けとめなければならないとは思います。

さて、では出版社にとってはゴーストのメリットとは何か。これはもう明らかです。忙しくて文章を書くのに慣れていない「著者」の原稿を待っていても、いつまでも原稿はやってきません。だったらスケジュールに強制的にヒヤリングの時間を入れてもらって、あとは文章のプロであるゴーストライターに任せておけば、きちっと予定通りに原稿を納品できる。旬の有名人の本を、旬の期間が終わらないうちにきちんと刊行できるというわけです。印税率は「著者」とゴーストライターに分け合ってもらうわけですから、出版社の持ち出しはありません。

というわけで、「著者」とゴーストライター、出版社はウィン・ウィン・ウィンの関係になっている。「旬の著者の本を出したい、読みたい」という市場ニーズがあり、かかわる三者のあいだでエコシステムができあがっているわけです。

だから有名人本なんてゴーストライターを使っているのが当たり前じゃん、というのが出版業界の常識以前の当たり前の常識です。だから「有名人の本なんてそんなものだ」と思ってもらえばいいと思うのですが......。

しかし今のようになんでも白黒つけたがる人が増えている時代には、「そんなものだよ」という出版業界の常識が外の社会に受け入れてもらえない可能性は大でしょう。とくに佐村河内さん問題で「ゴーストライター」という名称が非難の的になっている現状では。(まあ佐村河内さん問題におけるゴーストライターと、出版業界のゴーストライターは定義も意味も全然違うので、一緒くたにされるもどうかと思いますが)

だから今後は、せめて書籍の奥付には「執筆協力」とか「原稿制作」というようなクレジットでゴーストライターの名前を明記した方がいいのではないかと思います。実際、そういうやり方を採っているケースもあります。本のあとがきに、「本書は、○○さんの協力をいただいてできあがりました」などそれとなくゴーストライターの名前を入れている「著者」のかたもいますしね。

いずれにせよ出版の世界におけるゴーストライターのシステムは、そこに大いなるニーズがある以上、今後もなくならないと思います。だからこのシステムを維持したまま、きちんと情報公開しておくという仕組みを持つのがベターでしょうね。

執筆:この記事は佐々木俊尚さんのブログ『Sasaki Toshinao 作家・ジャーナリスト 佐々木俊尚』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2014年03月14日時点のものです。

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