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7月の頭から激しい暑さが続いていますね。暑い時は水辺で過ごすのが涼しいもの。梅雨の晴れ間の暑い日、光源氏が出かけた先も、水辺にホタルが舞う涼しい邸。そこで出会った女性との関係は、源氏にとって思いがけないショックでした。

奥さんとはくつろげない、家庭内の『ねじれ現象』

『雨夜の品定め』の雨も上がり、源氏は久しぶりに左大臣家へ。相変わらず葵の上はキチンとお行儀よく、一緒にいて気詰まりです。その代わり、中納言の君、中務という若く美しい女房らと冗談を言っています。

二人の女房は実は源氏のお手つき。源氏もだらしない格好でくつろぎます。そのうち、義父の左大臣もやってきて、おしゃべりを楽しみます。

源氏はあちこち、女房たちにも手を付けていますが、かえってそういう人たちとのほうがくつろげる、というのは皮肉です。暑くてもキッチリ着てお化粧もして…という葵の上の前では、源氏はリラックスできない。でも、お手つきの女房の前なら冗談も言えるし、だらしなくできる。そういう『ねじれ現象』が起きています。

そこへ家来が「方違えをなさったほうがよいでしょう」と言います。方角が悪いと移動しないといけないという面倒なアレです。源氏も暑いし、疲れたので面倒くさいのですが、災いがあるといけない。急いでどこに泊まるか検討します。

源氏の自宅、二条院も方角が同じなのでダメ。他の恋人の家もいくつかありますが、さすがに、正妻とその親の前で「そっちへ行きます」とも言えず……。「そういえば紀伊守(きのかみ)が最近、家を新築して涼しく過ごせる造りにしてあるらしいですよ」。という情報が入り、そこにお忍びで行くことになりました。

今も昔も魅力的? ”若い義母”の存在

紀伊守の家には、継母の空蝉(うつせみ)と、紀伊守の妹の軒端萩(のきばのおぎ)、その女房たちも方違えで来ていました。なにせ、噂のスーパーアイドル光源氏がやって来たので、女たちは大興奮。ヒソヒソ声で噂をしているのが聞こえます。源氏は、「なんか間違った話もしてるけど、なるほどこういうのが中流の女か」と思います。

空蝉はもともと桐壺帝の後宮へ上がる予定でしたが、両親が死に小さな弟(小君)と残されてしまったので、死んだ父親に仕えていた紀伊守の父、伊予介(いよのすけ。地方官で現在は愛媛県に赴任中)と結婚したのでした。義理の息子と娘とほとんど年も違わない、若い継母です。

源氏も桐壺帝から彼女の噂を聞いていたこともあり、「その人なら知ってるよ。伊予介は若い奥さんを可愛がっているんだろうね。まさか君のような大きな息子ができるなんてね」と、紀伊守を冷やかします。「父親がいい年をして若い妻にかしずいているなんて、恥ずかしい話です」。

現代でも親が自分と同年代か、年下の相手と結婚して、子どもとしては複雑な気持ちになる…というケースがありますが、さらに彼は下心があり、父親が留守なのをいいことに、空蝉に言い寄ったりもしています。空蝉は不快に感じていますが、“若い義母”というだけで、なにかソソるものがあるんでしょうね。今も昔も。

噂の『光源氏』ご本人登場!しかし……

源氏も空蝉のことが気になりました。「かわいそうな運命の女性だなあ、もし更衣としてでも後宮に上がっていたら……」。宴会もお開きになり、寝静まったのに源氏は眠れません。どうやら自分の部屋の後ろ側に、話の出た空蝉がいるらしい。

小君の声が聞こえます。「お姉さま、僕、さっき源氏の君に会っちゃった。すっごいイケメンだったよ」。「ほんと、私も昼間だったらのぞいてみたんだけど」「素敵だったなあ、疲れたからあっちで寝るね」。

あっさり自分の話題が終わったので、源氏は「寝ちゃうのかよ、もっと俺の噂をしてくれよ!」と思うのですが、自意識過剰ぶりがしっかり書いてあるのがおかしいです。やっぱり自分は噂されてナンボ、と思ってるんだなあ。

源氏は空蝉の独り言を捉えて忍び寄り「出来心ではありません、前からあなたを想っていました」等と言い、彼女を抱き上げて自分の部屋へ。いや、出来心だけど? しかし、その様子はあまりに優美で、”鬼でさえも手荒なことは出来ない”感じ。空蝉も大声を出せず「違います…」というのがやっとです。

途中、女房と出くわすも源氏は動じず、「朝になったら迎えに来い」と言い捨てて襖を閉め、どこから出てくるのかわからないような、とろけるような甘いセリフで口説きます。空蝉は恥ずかしくて汗びっしょりですが、「こういう口説き文句を言い慣れていらっしゃるんだわ」と、源氏の様子を冷静に観察してもいます。女性ってこういうところがありますよね。

空蝉は「現実だと思えません。卑しい身分の私でも、こんな風に扱われるのはあんまりです」。一夜のアバンチュールなんて、そんなものは察してあげないわ、とはっきり言い、”なよ竹のように”柔らかいけれども折れない抵抗を試みます。アクシデントの中でも自分をまげず「NO!」と言える女、それが空蝉です。

源氏はこの反撃がショックでした。バラエティのドッキリ企画よろしく、突然の本人登場で「え?え?キャー!!」みたいな反応があるかとおもいきや、まさかの抵抗。ほら、俺は光源氏だよ?さっきも俺の噂をしてたんだし、ちょっとぐらい嬉しそうにしてくれてもいいじゃん!くらいには思ったのでしょう。勝手ですね~。

「私のいろんな噂を聞いていると思うけど、こんなことは初めてだよ。ここであなたに出会い、軽蔑されるのも前世の縁なのか。でも、不思議なほどあなたに夢中」。抵抗しているのがかわいそうでもありますが、結局源氏は思いを遂げます。こんなことになり心底情けないと嘆く空蝉を、源氏はいろいろ慰めるのですが、後の祭りです。

空蝉は「私がまだ結婚していなければ、これも恋の出会いと思えたでしょうけれど。今の私は人妻です。どうか私のことはお忘れ下さい」。夜も明け人も起きだしたので、源氏も仕方なく引き上げます。

源氏の「自分の噂をしてくれよ」「出来心じゃない」という思いあがりと、空蝉の柔らかくも毅然とした態度の対比が印象的です。源氏は完全に出来心で、自分より下の階級の人妻と戯れてみたかっただけ。しかし、彼女が意外に頑張って抵抗したことが源氏にとっては衝撃でした。

正式の結婚でさえ、(親の許しがあるとはいえ)男性が女性のもとに夜這いして……という形で始まる男女の関係だった時代。あまりにも今とは違うし、そういう時代だったのだといえばそれまでですが、この場合、明らかに空蝉は抵抗しています。「なんか許せない、人妻を無理やり引き込んで」と思う人もいらっしゃると思いますので、最後に田辺聖子先生のお話を紹介しましょう。

空蝉は、<わたくしはこういう形では、いや>と、必死に抵抗しました。
源氏のさまざまな女性関係の中で、この空蝉の場合だけはレイプだと言われますが、私はそういう直截的な言葉を使いたくありません。源氏という人は女の心のなかに<内通者>をつくる、と解釈したいんです。

女の心のなかに(源氏の君って素敵、こんな若々しい情熱にさらわれるってなんて甘美な陶酔だろう、それになんて美しい男だろう)と思う<内通者>がいます。源氏がそれを呼び覚ますんですね。

女が(私のうちにスパイがいる、このスパイはとても力が強いわ)と気づいたとき、その心も体も一瞬、柔らかくなります。そういう瞬間を源氏は待っていたのだと思います。

田辺聖子『源氏語り(一)』より引用

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。

3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

(画像は筆者作成)

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