今回はSTORIA法律事務所さんのサイト『STORIA』からご寄稿いただきました。
なぜ弁護士の書く文章の読点は「、」でなく「,」なのか(STORIA法律事務所)
かれこれ5年以上お付き合いさせていただいてる顧問先の社長さんから
実は前から気になってたんだけど,
杉浦さんの書くメールって,なんで「、」じゃなくて「,」使ってるの?
と聞かれました。
たしかに一般的には「、」の方が自然な読点であるところ,私の書くメールやブログの文章では「,」ばかり使っています。
なぜ弁護士の書く文章の読点は「、」でなく「,」が使われているケースが多いのか。
実は裁判文書において「,」が使われているからなのです。
内閣官房長官発「公用文作成の要領」がきっかけ
終戦後の昭和27年,現在以上に堅苦しく理解しづらかった公用文について「感じのよく意味のとおりやすいものとするとともに,執務能率の増進をはかる」ことを目的として「公用文作成の要領」が内閣官房長官より発せられました(「公用文改善の趣旨徹底について(依命通知)」昭和27年4月4日付内閣閣甲第16号。文化庁サイトで原文を確認できます*1)。
*1:「公用文改善の趣旨徹底について(PDF)」 文化庁
http://kokugo.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/kijun/sanko/koyobun/pdf/yoryo_ver02.pdf
「公用文作成の要領」では
句読点は,横書きでは「,」および「。」を用いる。
と定められています。
平成13年,裁判文書がB4縦書きからA4横書きに変更された
平成13年1月1日,全ての裁判文書が,それまでのB4縦書きからA4横書きに変更されました。横書き変更に伴い,「公用文作成の要領」に従うかたちで,全ての裁判文書において「,」が用いられることになったのです。
ちなみに平成27年4月に施行された「行政文書の管理に関するガイドライン*2」でも「公用文作成の要領」は公用文の統一性を保持するための基準として挙げられており,公用文は「公用文作成の要領」に従って書きましょうというルールは現在でも生きているようです(同ガイドラインP12)。
*2:「行政文書の管理に関するガイドライン(PDF)」 内閣府
http://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/hourei/kanri-gl.pdf
しかしながら現在,裁判所や法務省以外の他の省庁ではむしろ「、」が用いられるケースの方が多いこと,そもそもこのガイドライン*2自体が「,」ではなく「、」が書かれていることに鑑みると,昭和27年の「公用文作成の要領」自体に強制力はないものと推察されます。裁判所では現在もこちらを愚直に順守されているわけですね。
日弁連サイトでも原則「,」を用いると明記されている
裁判文章の書式変更に伴い,最高裁事務総局より日本弁護士連合会宛に「今後出す書面はこれを使ってね」と訴状などの参考書式が提供されました(日弁連サイト*3)。
*3:「役立つ書式など」 『日本弁護士連合会』
http://www.nichibenren.or.jp/contact/information.html
日弁連のサイトでは
・印刷仕様は片面印刷
・A3判の袋とじは使用せず、A4判によるものとする。
・複数枚の文書の綴じ方は左綴じとし、左余白30㎜以内のところで、ホチキスにより2か所をとめる。
・使用文字の大きさは12ポイントの文字で、見出しの文字の大きさを変更するのは任意である。
・読点の種類について裁判文書は「,」に統一しているので、「,」の使用する。ただし「、」を使用されている文書も用いることができる。(平成12年11月16日日弁連企第231号)
と「、」ではなく「,」を原則として使用することが明記されています(日弁連サイトの日本語がいちいちおかしい理由は不明)。
以上の理由により,裁判所に提出する書面では「、」ではなく「,」を用いるのが原則となっているため,弁護士はPCの設定も「,」をデフォルトとしている場合が多く,その結果依頼者とのメールを含めた普段の使用時も「,」の方を用いている場合が多いのです。
弁護士が「、」ではなく「,」を使うべき理由
とはいえ弁護士にとって「,」を使うのは義務ではなく推奨に過ぎないため,実際には私の周りの弁護士でも訴状などで「,」ではなく「、」を使っているケースが少なくありません。「、」の方が馴染みがあるし自然ですものね。
しかしそれでも私はなお「,」を使うべきだと考えています。
なぜなら裁判所の判決は例外なく「,」で書かれるところ,裁判所は判決を出す前の段階で,弁護士宛に「裁判所に提出した訴状などのデータを送って下さい」と言ってくることがあります。
裁判官は判決を書くにあたって当事者の提出した書面上の主張を引用することがあるのですが,ここで弁護士が「、」を使っていると,裁判所は全部「,」に変換する必要が生じるわけです。
もちろん置換コマンドで一発変換できるから細かいことええやんという見解もありますが,裁判所にできるだけ当方の主張を認めてもらうためには,判決でそのままコピペして使ってもらえるような形式で文章を書くべきであるし(その意味で相手方への罵詈雑言ばかりを並べ立てている書面はほとんどの場合意味をなさないと考えています),判決と同じ形式である「,」を用いておくのは,代理人が訴訟で尽くしておくべき努力のひとつではないか,と考えるわけです。
もちろん当方の書面が判決で引用される場合でも,常に当方に有利に引用されるわけではなく,「この点原告は**と主張するが,××との理由により採用できない」と引用されたうえでぶった切られるケースも少なくない点にはなお心づもりを要します。
実は裏で弁護士が書いている文書の見分け方
交渉時の書面やお手紙など,名義は依頼者本人であるが実は弁護士が作成している,というケースは多くあります。
一般に「,」が使われるケースは稀であるため,通常のお手紙などで「,」が使われていると,実際には弁護士が裏で書いているかもしれない,という推測が働くわけです。
そのため私は弁護士であること秘して裏方で書面を作成をする場合「、」に切り替えて書く場合が多いです。ただ相手方に弁護士が背後にいることを匂わせたい場合は,敢えて「,」を使うという高等テクニック?もあります(ほとんど気付かれなかったりしますが)。
業界の常識は世間の非常識である
弁護士のすべてが「,」を用いているわけではありませんが,一般の仕事をされているほとんどの方が「、」の方を用いている現状からすれば,「,」が用いられた書面は弁護士が作成しているのでは,という推定が働きます。
ちなみに私はスマホの設定は「、」のままであるため,フェイスブックやブログの投稿が「、」になっていると「スマホから投稿したんだな」とばれてしまうというマニアックな楽しみ方もございます。
ともあれ,今回は「,」の使用が常態化しており何ら疑問にも思っていなかったところ,冒頭のご指摘を受けて「,」は一般的に違和感を覚えるのだと改めて気づかれました。
弁護士業界に入った当初は感じていた違和感も,10年近くいると非常識が常識に変化し,やがては自身が世間から見て非常識化していることにも気づかない日常を送っていたこと。改めて重要な指摘を頂けたことに感謝するのでした。(弁護士杉浦健二*4)
*4:「弁護士の紹介」 『STORIA』
http://storialaw.jp/sugiura
執筆: この記事はSTORIA法律事務所さんのサイト『STORIA』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2016年09月28日時点のものです。