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こんにちは、マガジンハウスです。今日は面白い方をお招きしています。2014年に、『大人の肉ドリル』を出され、そのマニアックかつ執念すら感じられる肉へのアプローチが一部で話題になった、フードアクティビストの松浦達也さんです~。今回は、肉ドリルのシリーズ続編とも呼べる『卵ドリル』を(懲りずに)発売されました!

―――本、とても面白く読ませていただきました。『肉ドリル』と同じで、探求心がすごくて…

M 「そう汲み取っていただけるとたいへんうれしいです。『肉』に比べて少し読みやすくしようと工夫したところもあるので」

―――肉の時も、温度とか、すごかったですね。理系っぽくて。

M 「でもバリバリの文系ですよ。高校のとき、数学なんかは0点をとったこともあるくらいです」

―――そうなんですか! シンパシー感じます。では、料理や食材に関しては、数字や単位は平気なんですね。

M 「かろうじて料理や食材に関してだけは、数字や暗記もなんとか…という程度ですね」

―――だって栄養素とか、難しいですもん。

M 「ただどんなジャンルでも最初に体感があると、理解が進むような気がします。といっても、料理人の膨大な経験則の蓄積という体感や、学識者や研究者の数字や理屈には到底かないません。でも、体感と理屈をつなげることに軸を据えるなら僕でもできることはあるかも……というのがドリルシリーズの企画の出発点です」

―――実際の調理と調理科学のハイブリッド型だと。

M 「調理も学術も、先人たちの蓄積が膨大にありますから、あまり偉そうなことを言える立場ではないんですが、巷で流行っている料理や手法をつき合わせたら、論文の理論があてはまるものって、想像以上に多いんです。ならば、もう一歩進めて、体感を理論に当てはめて仮説の構築→実践→検証→改善を行う。雑誌の企画を立てるのにも似てますよね。世の中の体感から、仮説を構築して企画を立て、取材を重ねて企画の精度を上げていく」

―――正直、裏付けがすべて科学的な根拠に基づいていると聞くと、なんか美味しくなさそうって、一瞬思うじゃないですか。でもこの本は、読んでる間ずっと「おいしそう!」って言ったり思ったりしてるんですよね。

M 「ありがとうございます。‟おいしい”ありきなのは食べ物を扱う以上当然ですけど、書籍というチャネルは編集者とデザイナー、カメラマン……必要最小限のチームでコツコツ作り上げるものですよね。だから軸がブレにくいのかもしれません」

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おいしいものの話になると眉が下がる松浦さん。食LOVEの姿勢、かっこいいです。

―――卵は誰でも入手できるし、肉より安いし、いいですよね。

M 「思ったより上手に扱えていないっていう点では肉と卵は似てるんです。しかも、なぜうまくいかないか、その理由がわかりづらい」

―――本書にもありましたが、ゆで卵にしろ目玉焼きにしろ、何通りものやり方があって、答えがないっていうのが面白いですよね。

M 「だって食べ物なんて、最後は好みじゃないですか。僕、企画でも、たった一つの正解に誘導する企画ってあんまり好きじゃなくて。考え方を伝えて、その上で結論は読者に委ねる、というほうが好きなんです」

―――ゆで卵も、人によってだいぶ好み違いますもんね。

M 「半熟から固茹でまで好みの加減は無限にありますものね」

―――松浦さんは何分茹でがお好きなんですか?

M 「少し前までは6分半が大好きだったんですけど…最近は、7分15秒か、もしくは表1(カバー写真)のこれですね。6分ゆでて、水にとらずに6分以上休ませる。単純な日常のレシピほど、家庭では更新されにくいんですけど、ゆで卵、奥が深いですよ。まだアップデートできる余地、たくさんあると思います」

―――そういえばこの本、ゆで卵だけで20ページ近く割いてるんですよね。

M 「すみません(笑)今回僕も、検証していて気づいたんですが、ゆで卵は80度とか90度くらい、茹でる温度を変えると白身の固さが変わるんですよ。白身のたんぱく質でもトランスフェリンが61度、リゾチームが75度、アルブミンが85度というふうに温度がそれぞれ違う。茹でる温度を変えながら、ほんとにバカみたいに食ってました、卵」

―――松浦さん、実践派だけあって実食も多いですよね。今回も8000個食べたと聞きましたが、本当ですか?

M 「それくらい作りはしましたけど、一人で8000個は食べてないですよ(笑)。でも作った量だけだったら8000どころじゃないかも」

―――えっ。ていうか、そもそもどこからカウントして8000個って言ってたんですか。

M 「えとね、この2年でカウントして」

―――えええ~~。じゃあ…毎日10個以上!

M 「でも撮影時期は1日200個とか普通に使いますよ。イベントとかでも、1ホール卵15個ぐらい使ったプリンを、何個も作ったり」

―――本書の著者写真にもプリンとともに写ってますね(笑)。

M 「これは『ミスター味っ子』や『将太の寿司』を描かれた、漫画家の寺沢大介さんの画業30+1年を記念した原画展イベントで撮ってもらったものですね。それ以前の6月7月で、プリン200~300個分は作ってたと思いますよ」

―――プリンお好きなんですか?

M 「嫌いな人いないんじゃないですか。なんでプリンにハマったかというと、亀戸のイタリアン<メゼババ>のプリンがすごくおいしかったんですよ。あそこのは、牛乳と卵黄と砂糖しか使わないレシピだったと思うんですけど、家でやると卵白が大量に余る。なので、もう少し普通にできるレシピにしました。家でもできる、しっかり食感で濃厚な卵味のビターなやつ」

―――おいしそう。

M 「プリンを作るの自体が久しぶりで、最初は仕上がりがイマイチだったんですよ。‟す”が入っちゃったりとか。温度管理や器の問題もあったんですけど。で、無数あるパラメータ…卵黄と全卵をどれだけ使うのか? 牛乳の比率は? 砂糖は40gと45gどちらがベストなのか? なんてあれこれ試していたら、やっぱり卵200個とか300個とか使っちゃうわけです」

―――…なんか食品メーカーの開発の方と喋ってるみたい(笑)。まあそうやって、やっと結論が出たと。

M 「はい、これだったら再現性も高いしいけるだろうって。そうしたら早速いろんな方が作ってくださって」

―――確かに松浦さんのレシピというかハウツーって、自分もやってみようって気にさせてくれますよね。

M 「試すと楽しいだろうな」と思っていただけるようなレシピづくりは心がけています」

―――そんなにへんてこりんな材料とかもないのに。

M 「そうですね。材料は極力シンプルに。本書だと一番へんてこりんな材料を使ってるものといえば、<三不粘(サンプーチャン)>…」

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これが幻の中華デザート、三不粘! 日本でもごく一部の店でしか提供されていない、かなりプレシャスな卵料理の一つ。

―――それ! すんごい気になってるんです! 食べてみたい~。これを作られたんですよね?

M 「作りました。これ、緑豆でんぷんを使うんですけど、製菓店や通販じゃないとなかなか手に入らないから、他のでんぷんで作れないものかと何度も試してみたんです。片栗粉とかコーンスターチとか、普通のスーパーで売ってるようなもの、全部試したんですけど、ちょっと固くなったり、味がヘンになっちゃったり…やっぱり緑豆でんぷんじゃないと再現できないようになってるんだ、中国四千年の味はさすがだと」

―――それはさすがの松浦さんも、入手しやすい材料よりも、仕上がりをとったんですね。

M 「これはどうしても載せたかったんですよ。形だけなら片栗粉のほうが近い仕上がりに持っていきやすいんですけど、本物と味が全然違う。まがいものを載せるのはいやだな、って」

―――「これじゃあ三不粘とは呼べない!」バーンって?

M 「有り体に言うと、まずかった(笑)」

―――まずいんですか!(笑) あとはこれ、<カルボナーラ>も作ってみようと思いました。卵とチーズがメインで材料も手軽ですし。

M 「日本だと生クリーム使うレシピが多いですよね。あれはあれでおいしくて好きなんですけど、生クリームをそのためだけに買うというハードルがあるじゃないですか」

―――余るっていう(笑)。

M 「そう、半分だけ使って残りどうすんの? 泡立てて食えって? 生クリームは、使うんだったら1パック。中途半端なら使わないっていうルールが僕の中にあって、今回はこのレシピになりました。結果的に、上手に作りやすいレシピになったと思います」

―――なんかね、見た目もおいしそうなんですよ。卵黄たっぷりで。

M 「卵黄のみ2つ分使うっていうのは、白身というパラメータが増えるとソースをトローリとさせるのが難しくなるんですよ。卵黄って60度台でトロッとするけど、卵白まで入れるともうちょっと温度上げなきゃいけない。でも上げすぎると卵が固まっちゃう…っていう失敗がカルボナーラには多いんです。じゃあ卵黄だけにしたほうが、エラーが少なく再現率が高まる。そういう理由で卵黄だけにしたんです」

―――でも松浦さん偉いですよね。ちゃんと終わりのほうに、卵白を使ったレシピがある(笑)。途中まで読んでた時は、今のカルボナーラみたいに「ほーらやっぱり男の料理だよ、使わない卵白のこと考えてないんだよ」なんて思ってたんですが、すみません。

M 「絶対そうやってお叱りをいただくじゃないですか(笑)。どうすんのこれ、って」

―――しかも一番初めに、汁物の身、っていう楽な使い道を紹介してくれてて嬉しかったです。

M 「僕、検証用にレシピサイトなども見るんですよ、類似レシピがないかって。で、今回も‟余った卵白の使い方”って調べたら、みんなメレンゲのお菓子とか、小麦粉と焼いてとか、手の込んだおしゃれな感じで。でも日常の料理で余った卵で、おしゃれな料理、作りたくなるかなあって」

―――余って今あるのに、そっからお菓子を作れと!? って思いますよね(笑)。

M 「冷凍するという手もあるけど、それもひと手間かかる。すぐ、その場で使える簡単な内容にしてこそ、「余り物の使い方」として載せる意味があると思うんですよ」

―――調理場が目に浮かぶというか、臨場感があるんですよね、読んでて。

M 「レシピが載ってる本って、料理の苦手な方が本読まれることも多いと思うんですよ。そういう方にも「作ってみようかな」って興味を持ってもらえるような内容にしたかったんです」

―――食べ物だけじゃなく、人間にも優しいんですね。卵の本で、ソースとして応用するというのも珍しい。

M 「類書をあれこれ眺めていたら、卵の本ってみんな卵料理ばかりなんです。おかず系とつまみ系。でも卵って何か作りたい料理があって買うとは限りませんよね。なんとなく買っちゃって使いみちに困るというパターンだってあるでしょう。なら、気軽に作れる出口を増やそうと考えたんです」

―――だいたい、オムレツの具のバリエーション、みたいになりますよね。

M 「そう! だから今回、スペインオムレツは絶対入れるものかって思って(笑)」

―――意地ですか(笑)。

M 「一瞬、入れようかなと揺れたこともありましたが、ダメだ、ここで逃げちゃ! って(笑)。入れるものかと思ったのは、スペインオムレツと、卵黄の醤油もしくは味噌漬け」

―――卵本あるある(笑)。

M 「類書で死ぬほど紹介されてて、実は今回も何人かの卵好きに叱られました、なんでないんだって。でもスペインオムレツや味噌漬けって、すぐ飽きて作らなくなっちゃうんですよ。ならばそのぶん、ゆで卵にページを割いたほうが‟らしい”かなって」

―――確かに、このゆで卵の章は、読み物としても興奮しますよね。ところで実は私も、自慢じゃないんですが毎日5個は食べる卵食いでした。なので、卵は毎日触れてる存在なんですが、それでもこの本は読みながら付箋貼りまくりでした!

M 「ありがとうございます! 恐れ入ります!」

―――で、松浦さんに会うからと、今朝は目玉焼きを作りました。この本にある作り方を実践したんです。

M 「はい…(ゴクリ)」

―――そしたら、すごくきれいにおいしくできました!」

M 「よかった~。いま、‟実践したんです、大して変わりなかったです”って話だったらどうしようかと(笑)」

―――ほんと、美しくできたんですよ。家族も、「今日の目玉焼きはなんだかきれい」ってすぐ気づいて。

M 「ああ、よかった。この本は、家庭の和にもつながりますね」

―――なので、まだ一端しか検証してないのですが、この本に書かれていることは全部正しい、と確信しましたね。松浦さんの基本は、どれも臨床っていうか…(笑)。

M 「あっ。なるほど。そういう見方もできますね。確かに医療に置き換えると臨床が出発点と言えるような気もします。臨床と研究を行ったり来たりするのと似た作業をしているように見えるかもしれませんね」

―――だから必ず裏付けがあって、例えばチャーハンの作り方も、卵かけごはんを炒めたり、あおって炎をくぐらせたり、という、通こそそれがいいと言われてたようなことを、裏付けに基づいてずばり否定してますよね。

M 「現象には必ず理由があります。家庭で作る炒飯を‟煽ってはいけない”というのは、赤坂『離宮』の譚(彦彬)さんも、家で作るときは鍋ふりをせず、(鍋を)火から外すな、ってあちこちでよく仰っていますね。ただ残念なことに、正しいことって浸透するのに時間がかかることが多い。テレビなどのメジャーメディアでは鍋をふったほうが派手だし、美味しそうにも見えますから、どうしてもあの絵ばかりが印象に残されちゃう」

―――松浦さんは食に関する情報もすごく吸収されるわけじゃないですか。でも、そういった本やネットに書かれていることをその通りに続けていくうちに疑問が生じてきたんですか。

M 「鍋振りって、料理が上手くなった実感も得られますし、何より楽しいんですよ。だから鍋は振ってもいいとは思うんです。ただ、それと同時に‟振らないほうがおいしくなる”という理屈はもっと知られていい。プロの技術にかなわないのは当たり前だとしても、家庭の機材に適した技術はあるはずなんです。それなのに、家庭の”調理の常識”って長くアップデートされていないものが多い。最近、新しいことがどんどんわかってきているんです。例えば、今日この本(桜田五十鈴ほか著『日本料理のだしの基本』)がちょうどAmazonから届いたんですが」

―――すごく立派な本ですね!

M 「大判のハードカバーって最近少ないですものね。この本、2015年に閉店した京都の料理店『桜田』などいろんな店のだしのレシピが載っているんです。こういった本を見ても、だしの取り方は千差万別。最近は科学的アプローチ…そういうだしのひき方をする理由、どうしておいしくなるのかという理屈に触れたものも多いですね」

―――ほんとだ。

M 「プロの調理人の方は、きちんと情報をアップデートされてるんですよね。なのにそれが一般の方には届いてない。その隙間を埋めるのが、メディアに携わる人間の役割だろうとも思っていたんです。ネットは本当かウソかが判断しにくい情報が飽和しているけど、紙メディアも手をかけたカロリーの高いコンテンツが少ない。結果としてネットも紙も消費されるフロー情報ばかりになり、正確な情報がわかりやすい場所にストックされていかない。例えば、最近のキュレーション……というか、まとめサイト。検索結果の上位に来る情報はストック的な役割なのに、そのポジションをSEOばかりを重視した、まとめサイトが総取りしている。まともにコンテンツを作っている現場からしたらこんなに悔しくて腹立たしいことはないですよ。自分がどこまでできているかはわかりませんけど、‟正しくて”‟役に立つ”情報や物語を届けたい。卵や肉、いや食べ物に限らず、企画職としてそういう思いは常に持っているつもりです」

―――それが松浦さんの役割、使命だった、と。

M 「そこまで仰々しいことを考えてるわけじゃありませんけど、ウェブネイティブ、紙ネイティブの端境期に当たる世代だからこそ、チャネル横断で伝えられる手法はあると思っています」

―――『卵ドリル』や『肉ドリル』も中身が濃厚な部分で手を止めると、「この著者、おかしいのかな」とは思うんですが(笑)。読んでると頭が卵になっちゃいそうです。

M 「中身の黄身は、身体にもいいんじゃないですか。レシチンたっぷりです」

―――…松浦さんって、すごく人生楽しそうですよね。

M 「今日は楽しい部分の話だけを強調してるんですよ! いやまあ、確かに楽しいんですけど、切ないこともあるんですよ……。例えば、人生で残り何食食べられるのかな…とか」

―――ほほう。

M 「僕、いま40代後半にさしかかっていて、今の調子で毎日3食も4食も食べられるのは、ざっくり60歳ぐらいまでだと思うんですよ。例えば今後15年間で1日3食×年間1000食として、ざっくり1万5000食を食べるとしましょう。でも心から食べたい食事を選べる回数って、その何分の一か。しかも体調を崩したりしたら、もっと減る。自分の好きなものを好きなように食べられる回数って、実は思ったよりもはるかに少ないんですよ」

―――そうですね、お仕事で相手に合わせて食事されることも多いでしょうし。

M 「そうなんです。だから一食一食を真剣に考えざるを得ないんです。考え過ぎに見えますか…?」

―――いいと思います! その調子で突き進んでください! 今日はありがとうございました。

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まるで自ら産んだかのように、やさしい瞳で卵を見る松浦さん。『○ドリル』の続編もお待ちしています!(写真・千葉諭)

今週の推し本

『新しい卵ドリル』
  松浦達也 著
ページ数:144頁
ISBN:9784838728985
定価:1,296円 (税込)
発売:2016.11.24
ジャンル:料理
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