トム・ハンクスがコメディの世界に帰ってきた! 現在公開中のアメリカ映画『王様のためのホログラム』は、お人好しでいつもユーモア精神を忘れず、根はマジメだけどときにはハメをはずして失敗しても、ちょっとした幸せを見つけてまた前向きに頑張ろうとする、そんな愛すべき”どこにでもいそうでいないアメリカ人”を絶妙に演じるトム・ハンクスの魅力が満載の、ハートウォーミングな作品です。
トムが演じるアランは、ついこの間まで大手自動車メーカーの取締役でしたが、業績悪化のために解雇され、妻とも離婚。畑違いのIT企業になんとか転職したものの、その会社で生き残るには、なんとサウジアラビアの王様に直接会い3Dホログラムの技術を売ることが条件でした。凄腕のセールスマンだったアランでしたが、言葉はもちろん、文化的な背景も全くわからず、旅行ですら行ったことのない遠い国。疲れと緊張のあまり大寝坊してしまい、大事な初日のアポの時間に思い切り遅刻するはめに。いきなりの問題発生にパニック寸前のアランを救ってくれたのは、意外な人物でした……。
物語は、カルチャーギャップと中年の危機に翻弄されるアランが、アウェイな土地でまきおこす、可笑しくも他人事とは思えない数々の出来事を描いています。思わぬトラブルに直面した時の対処の仕方、ひとりぼっちのホテル滞在、全く異なる文化や生活習慣に慣れるには・・・などなど、アランの一挙一動にハラハラしたり共感したり。まさにトム・ハンクスの真骨頂!と誰もが納得のキャスティングなのですが、実はこれには嘘のような本当の話が。それは2012年、ニューヨークタイムズのベストセラーリストの常連で、アメリカ国内はもとより、海外でも絶大な人気を誇る作家デイヴ・エガーズの同名原作が刊行された際、トム・ハンクス本人がツイッターでその作品を絶賛したのです! さらには『クラウド・アトラス』で一緒に仕事をしたことのあるトム・ティクヴァ監督も、原作を大変気に入り、彼を主役になんとしてでも映画化しようと思っていました。ですが、まさにアランのように気が良くてちょっと心配性のトム・ハンクスは、自分が絶賛したことで誰もが映画になると期待してしまったものの、果たして原作者のエガーズは映画化を望んでいるのだろうか?と、不安になったそうです。ところが! なんとエガーズ本人も、「誰かがアランを演じるとしたら、それはトム・ハンクスしかいない!」と心に決めていたのです。片思いが両思いになったような、そんな幸せなコラボレーションで出来た本作は、観ているこちらも嬉しくなる作品となりました。
文句なしにアランと一体化したトムはもちろん、他にも印象に残る人物が沢山。特に、重要な役割を果たす現地の青年ユセフを演じるアレクサンダー・ブラックは、マーク・ラファロとアンドリュー・スコットを足して二で割ったようなルックスで、映画が終わる頃にはすっかり別れがたいキャラクターになっているはず! そしてベン・ウィショーも意外な登場をしますのでご注目のほど。
原作『王様のためのホログラム』は早川書房から昨年末に出ています。映画ではラストを含めた数カ所と設定が若干変えてあり、チョコレートに例えると映画はセミスウィート、原作はビタースウィートという感じでしょうか。どちらも甲乙つけがたいほどじんわりと心に残る作品ですので、映画と原作、ぜひ両方で味わってみてください。なお、トム・ハンクスの次の出演作も同じくデイヴ・エガーズが原作の『ザ・サークル』(早川書房既刊)で、こちらはガラリと変わって巨大SNS企業を舞台にした、超絶面白いサスペンスです。エマ・ワトスンが主演、トムは伝説のカリスマ創設者を演じており、本国では4月に公開となります。日本公開が楽しみですね!
執筆:♪akira
WEBマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」(http://www.targma.jp/yanashita/)内、“♪akiraのスットコ映画の夕べ”で映画レビューを、「翻訳ミステリー大賞シンジケート」HP(http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/)では、腐女子にオススメのミステリレビュー“読んで、腐って、萌えつきて”を連載中。AXNミステリー『SHERLOCK シャーロック』特集サイトのロケ地ガイド(http://mystery.co.jp/program/sherlock/map/)も執筆しています。