今回は宮島理さんのブログ『フリーライター宮島理のプチ論壇 since1997』からご寄稿いただきました。
■「しがらみ経済」は復活しない
古き良き日本をめぐる葛藤だ。家電製品購入に補助金を出す企業城下町。しかし、付き合いで消費する社会から、欲望で消費する社会への流れは止められない。
日本の電機メーカーが軒並み不振だが、企業城下町ではこんな古風な動きが出ている。
「栃木県矢板市は、液晶テレビ事業などの不振で経営再建中のシャープを支援するために、同社製品を購入した市民への助成金制度を12月から始める。市内には中小型液晶テレビや録画機を生産する栃木工場があり、市の担当者は『事業縮小に伴う雇用の悪化を何とか食い止めたい』と説明している。(略)シャープは今年8月に連結従業員5000人の人員削減を発表。このうち2000人については、同社と国内連結子会社で11月に希望退職者を募集する。約1700人が勤務する栃木工場も対象となっており、地元経済悪化への懸念が強まっている」(東京新聞 より*1)
*1 : 「シャープ製品購入補助 矢板市「地元雇用維持を」」 2012年10月19日 『東京新聞』
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2012101902000143.html
これは、やり方は違えど、昭和の電機メーカーと同じ発想だ。
たとえば松下幸之助が健在だった松下電器では、不況になるとあらゆる職種の社員が営業マンとなり、在庫をひたすら売りまくった。そうすることで、松下幸之助は不況でも人減らしをしないというポリシーを貫くことができた。
しかし、今の時代からしてみると、不況で需要のない商品を、どうやってさばくことができたのだろうと不思議に思う。今でも、ノルマを達成するために社員が自分で自社製品を買うことはあるが、それだけで会社全体のリストラを食いとめられるものではない。
昭和という時代は、知人や親戚などが、個人的には要りもしない商品を、いざという時は買ってくれたのである。
家電製品に限らない。知り合いから頼まれたからと、要りもしない保険に入ったり、とりあえず定期預金を組んだりといったことは、ごく当たり前に見られた。もう少し広げると、中元や歳暮を贈ったり、飲み会や接待を頻繁に行うことも、当時ならではの不要の消費と言えるだろう。
今の日本人は消費者として洗練され過ぎているので、個人的な欲求で消費をする。しかし、昭和の日本人は、「あの人に頼まれたから」「あの人のオススメだから」「お付き合いだから」という動機でどんどん消費した。ニーズがこなたにあるのではなく、かなたに存在する。
そうした付き合いで消費するサイクルが、「しがらみ経済」とでも呼ぶべきものを形成し、お金と雇用が回っていった。
現在でも、こうした「しがらみ経済」を取り戻せば、日本の景気は回復すると考える人たちはいる。
ただ、残念なことに、欲望で消費することを覚え、それがすっかり定着してしまった日本人が、再び付き合いで消費する社会に戻ることができるとは思えない。
矢板市が税金を使ってシャープ製品を買い支えたところで、焼け石に水である。シャープの在庫が一掃されるところまでには到らないし、消費者のロイヤルティも獲得できない。一度失われた「しがらみ」を税金で復元することはできないのだ。
もちろん、グローバル化や外国製品との競争といった要因も大きい。いくら日本人同士で買い支え合っても、外国市場で売れなければ在庫は積み上がる。魅力的な外国製品を前にすれば、日本人だって付き合いで日本製品を買っている場合ではなくなる。
企業が純然たる欲望を相手にする市場経済とは、本来こういうものだったと言える。
「しがらみ」で支え合う経済と違い、本来の市場経済では企業は絶えず構造改革を行い、必要に応じてリストラをし、場合によっては市場から退出する。労働者は特定の企業にとどまらず、自分の職種、あるいはやりたい仕事をするために、広く労働市場の中で流動的に働いていく。
実際、今の時代に松下幸之助流の「全員営業マン」を命じられて、素直に従う労働者がどれだけいるだろうか。
日本の労働者は専門化、高度化が進み、プロフェッショナルとしての意識も高くなっている。営業のプロだって、「全員営業マン」などと言われれば、「営業をなめんな」という思いを抱くのではないか。
最近も、シャープが早期退職の募集をかけたところ、応募が殺到したため、募集期限を前倒しで打ち切る*2 ことになったという。労働者も消費者も、既に「しがらみ経済」に見切りをつけ、市場経済としっかり向き合おうとしている。
*2 : 「シャープ、早期退職募集打ち切り…希望者急増で」 2012年11月9日 『読売新聞』
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20121109-OYT1T00266.htm
ひとり行政だけが、「しがらみ経済」をいつまでも引きずっている。
古き良き日本にすがりたい気持ちはわかるが、日本人が守るべき価値観は取引関係ではなく、伝統や文化といった市場経済の外側の存在である。
経済政策においては現状に固執するのではなく、企業の新陳代謝や労働者の再チャレンジを促していくべきだろう。欲望の時代に精神までバラバラにならないためにも、市場経済の過ごし方をより多くの日本人がはっきりと自覚できるようにしておく必要がある。
執筆: この記事は今回は宮島理さんのブログ『フリーライター宮島理のプチ論壇 since1997』からご寄稿いただきました。
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