今回は木村正人さんのブログ『木村正人のロンドンでつぶやいたろう』からご寄稿いただきました。
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■乙武さんの責任と心のバリアフリー
予約していた人気レストランで入店を拒否された乙武洋匡(おとたけ・ひろただ)さん(37)がレストラン名を入れて「銀座での屈辱」とツイートしたことをきっかけに、「レストランの対応が悪い」「いや、障害を告げずに予約した乙武さんが常識はずれ」と大論争が起きている。
●ロンドンのバリアフリー度
東京都は2020年五輪・パラリンピックを招致している。今やパラリンピックは五輪以上の意義を持つ。12年にパラリンピックを大成功させたロンドンのバリアフリー度が気になって、調べてみた。
僕は、パラリンピックで金メダル11個を獲得した車いすの英国人女性タニー・グレイ=トムプソンさん(43)が大好きだ。昨年、ロンドン・パラリンピックの聖火リレーに参加したときは、ひと目見ようと応援にはせ参じた。
地下鉄ウエストミンスター駅近くで、鉄柵を自分で押しのけている姿を見たときは、その力強さに感激した。タニーさんが娘を身ごもったとき、見知らぬ人に「障害者は子供を生むべきではない」という言葉を投げつけられたという。
ロンドン・パラリンピックで「ディスエーブル(障害)」に対する理解は一段と深まったが、まだまだ障害は残っている。
今年3月、午後11時前にタニーさんが帰宅すると、エレベーターが故障していた。タニーさんの自宅は5階。故障は昨年7月に引っ越してから6度目だった。エレベーター管理会社に電子メールを送っても返事がない。
●階段120段をはい登る
通りがかる人もなく、他の住民を起こすわけにもいかず、タニーさんは重さ6キロ以上もする車いすを引きずって階段を120段のぼって自宅にたどり着いた。車いす生活を余儀なくされてからというもの、タニーさんは父親に「人生は常にアクセス可能なわけではない。自分で乗り越えなさい」と言われて育った。
タニーさんはエレベーターが故障するたび、車いすを引きずって階段を上がっていた。何度、苦情を言っても管理会社が対応を改めないため、ついにツイッターで怒りをぶちまけた。「エレベーターがきちんと動くように要求するのは悪いことではないでしょう」とタニーさんは英メディアに語っている。
タニーさんは車掌さんを呼んでも誰も来てくれないため、車いすを列車から放り投げて、自分で飛び降りたことがある。障害者用トイレがない列車もある。スーパー・ディスエーブルのタニーさんだからこそ障害は乗り越えられるが、他の障害者はタニーさんのようにはいかない。
タニーさんは他の障害者の気持ちを代弁しようと、ひどい目に会うたびメディアに告発している。障害に対するバリアが少しでもなくなればと願ってのことだ。タニーさんほどの有名人になると、行きつけのレストランや店はネット上で話題になる。店にとってはバリアフリーが大きな「売り」になるというわけだ。
●心のバリアフリー
昨年、ロンドンから列車で2時間弱のパラリンピック発祥の地、ストーク・マンデビル病院を訪れたとき、隣接するスタジアムで車いすのアスリートたちと健常者、子供が一緒にスポーツを楽しんでいた。
英国の車いす団体ホイール・パワーのマーティン・マクエルハトンさん(木村正人撮影)
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
http://getnews.jp/img/archives/2013/05/barrier01.jpg
車いす団体ホイール・パワーのマーティン・マクエルハトンさんは「子供たちが車いすの人たちと同じ場所でスポーツを楽しめるようにしています。何の垣根も存在しない心のバリアフリーが子供のころから自然に育まれるようにという願いを込めています」と話してくれた。
「ディスエーブルの人は助けを必要とするときがありますが、それは健常者でも同じでしょう」というマクエルハトンさんに、今回のレストラン入店拒否事件について電話で尋ねてみた。
「状況が詳細にわからないのではっきりしたことは言えないが」と前置きした上で、マクエルハトンさんは「障害者が利用できるようにビルが設計されておらず、介助の訓練を受けたスタッフがいない場合、車いすの障害者への対応は極めて難しいでしょう」と指摘する。
「ロンドンでも古いビルや小さなビルは障害者用のアクセスが確保されているわけではありません。事情は東京でも同じでしょう。私がロンドンに行く場合、事前にスロープや障害者用トイレの有無を調べて、アクセスが十分に確保されていなければ別のレストランを予約するようにしています」
●ディスエーブルの責任
これをマクエルハトンさんは「ディスエーブルの責任」と表現した。「レストランはすべて障害者にとってアクセス可能とふるまうことは傲慢ととられるかもしれない。介助の訓練を受けていない人が運搬中に障害者を落とせば、訴訟沙汰になる恐れもある。彼のキャンペーンはそうしたことへの恐れを広げることになるかもしれない。僕なら介助に慣れた友人と一緒に行っただろう」
英国では、役所や図書館、大学など公共施設は平等法で障害者用スロープやリフトの設置が義務付けられている。マクエルハトンさんらはアクセス可能な劇場、映画館、レストランの数をさらに増やすよう働きかけている。
「インターネットで障害者がアクセス可能なレストランを紹介するなどのサービスも役に立ったかもしれない。(乙武さんに)ツイッターのフォロワーが60万人もいるなら、バリアフリーを社会的な重要人物に求めることもできたでしょう」
バリアフリーは社会全体で取り組むもので、十分な施設やスタッフが整っていない個人のレストランにそれを求めるのは難しいというのがマクエルハトンさんの考え方だ。
「五体不満足」の乙武さんがどこにでも行けると思えるほど、日本のアクセサビリティは進んでいたのだろうか。今回の事件では、乙武さんも事前に障害者であることを伝えなかった非を詫び、双方が和解している。
●パラリンピック効果
マクエルハトンさんは「東京が五輪とパラリンピックの招致に成功すれば、ディスエーブルへの理解が広がり、施設面でも心の面でもバリアフリーは進むでしょう。それが一番ポジティブなキャンペーンになります」と応援する。
車いすのバスケット日本代表主将だったアスリートネットワークの根木慎志理事も僕の国際電話に「ロンドン・パラリンピックでパラリンピアンの露出度が増え、バリアフリーの意識改革は随分と進みました。東京への招致が成功して実際にパラリンピックを見れば、議論も盛り上がると思います」と声を弾ませた。
今回の事件が、ディスエーブルへの偏見を広げるのではなく、理解を深めるきっかけになってくれればと願っている。最後に、僕が尊敬するスーパー・ディスエーブルの女性を紹介して、締めくくりたいと思う。
●ミラクル・レディー
足が不自由な人でも歩けるようになる最先端のロボット・スーツを身に着けて、12年ロンドン・マラソンを16日間かけて完走したクレア・ロマスさん(33)。
「パラリンピック聖火」 『YouTube』
(画像が見られない方は下記URLからご覧ください)
https://www.youtube.com/watch?v=7M9US_WZ9pI
07年の馬術大会で木にぶつかって落馬し、胸から下が完全に麻痺。医師は「もう歩けない」と冷たく宣告した。恋人はクレアさんに興味を示さなくなり、3年続いた関係に終止符が打たれた。
親友が申し込んでくれたデート・サイトに「今は車いすに乗っていますが、昔はスカイダイビングや乗馬をやっていました」と自己紹介し、元気なころの写真を添付した。すぐにメールを送ってきてくれたのが現在の夫ダンさんだった。
クレアさんは身体障害者スキーを始め、スキー旅行でダンさんから結婚を申し込まれる。クレアさんは新しい命を宿していた。長女を出産したとき、クレアさんは自分の体に奇跡を感じた。
ロボット・スーツが実用化されたのを知ったクレアさんは「ロンドン・マラソンを歩くことはできるかもしれない」と決意した。ロボット・スーツは4万3千ポンド(約673万円)もする。かつての乗馬仲間はセミヌードのカレンダーを制作。販売代金をクレアさんに寄付した。
ロボット・スーツはバランスを移せばセンサーが作動して片方ずつ足が前に進む仕組みになっている。ロンドン・マラソンではダンさんが後ろから補助した。今、パリからロンドンまで643キロメートルを自転車で走破する壮大な計画を立てている。クレアさんは筋肉の動きでペダルを動かす自転車の猛特訓中だ。
素晴らしき哉、人生!
執筆:この記事は木村正人さんのブログ『木村正人のロンドンでつぶやいたろう』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2013年5月22日時点のものです。
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