※この記事は国際情報サイト『Foresight』より転載させていただいたものです。 http://www.fsight.jp[リンク]
中南米経済は見通しの不確かな世界経済の中でも全体で堅調さを誇ると報告したばかりだが、反IMF(国際通貨基金)で統制型の経済路線をとるベネズエラとアルゼンチンは例外であり、今後の政治動向にも影を落としている。2013年は、両国の政権にとっても正念場の年となろう。
ベネズエラでは、10月の選挙でチャベス大統領が4選を果たした。4選を目指し石油収入を頼りにした社会政策や住宅建設など貧困層向けの大盤振る舞いで、2012年はGDP5.3%成長を達成したが(国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会)、その持続性には大いに疑問符がつく。とくに為替の切り下げは、来春の地方選挙後には必至と見られている。悪性のガンを患うチャベス大統領は、12月11日キューバで緊急手術を受けた。術後の消息は不明だが、マドゥロ副大統領(外相)を後継者に指名してハバナに飛び立っており、疑いなく病状は重篤とみるべきであろう。チャベス後のプロセスが進む中で、経済悪化はチャベス後の統治の行方にも不確かさを増す材料となっている。
また同じ統制型で保護主義を強めるアルゼンチンは、大豆の輸出で依存度を高める中国の経済減速と、隣国ブラジルの経済失速のダブルパンチを受けた。リーマンショク後の2年間は9%を維持してきたが、今年のGDP成長率は2.2%に急落した。消費者物価指数は中南米で平均上昇率5.8%のところ、アルゼンチンは公式でも10.2%、独立系の統計では25%前後とみられ、年後半に入り大規模な抗議デモが展開されるなど市民の不満が高まっている。インフレ率や成長率など公式統計が操作されていると指摘されて久しく、IMFからは強い改善勧告がなされてきた。独立の統計を発表した民間の調査機関には罰則が課せられる状況で、最有力のクラリン紙など反政府メディアへの規制色も強まっている。
そしてついに12月20日南部バリロチェでスーパーマーケット等への略奪が発生、略奪の動きは翌日にかけて全国に広がった。経済政策に対する不満が、のっぴきならぬところまで来ていることの証である。略奪は首都ブエノスアイレスの郊外にも拡大し、クリスマスを前に若者など市民がスーパーや商店、ガソリンスタンドを襲い、食糧品や衣料はもとより、家電まで持ち去る姿が報道で映し出された。第3の都市ロサリオでは2名の死者が出たと報じられている。今回のインフレ率も暴動の規模も比較にはならないほど小さいものの、経済破綻から暴動へと発展しデフォルトに至った2001年の金融危機、さらには債務危機からハイパーインフレを背景にした1989年の暴動を想起させるものがある。前者はデラルア政権、後者はアルフォンシン政権といずれも政権崩壊へと繋がった。22日には平静さを取り戻したが、略奪を反政府系の労組の仕業とする政府と、それを否定する労組の間での応酬が続いており、事態は予断を許さない。
またアルゼンチンは10年前のデフォルト以降、国際金融社会への完全復帰を実現できないでいるが、その経済政策に対する海外の風当たりも強くなり、包囲網が拡大している。公式統計をめぐるIMFとの対立の他に、4月のスペイン・レプソル傘下の石油会社(YPF)を事実上国有化する決定は、スペインやEUから厳しい反発を招いた。輸入制限など保護主義の動きは、改善を求める日本や欧米諸国との間でWTO(世界貿易機関)での紛争に発展している。さらに10年前のデフォルトの処理に際し、国債の額面の75%を棒引きする一方的な債務処理に反発をした一部債権者による訴訟の結果、10月ガーナの港でアルゼンチンのフリゲート艦が差し押さえられるなど、デフォルト再燃の危機も忍び寄っている。
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遅野井茂雄 Shigeo Chinoiジャーナリスト
筑波大学大学院教授、人文科学研究科長。1952年松本市生れ。東京外国語大学卒。筑波大学大学院修士課程修了後、アジア経済研究所入所。ペルー問題研究所客員研究員、在ペルー日本国大使館書記官、アジア経済研究所主任調査研究員、南山大学教授を経て、2003年より現職。筑波大学大学院国際地域研究専攻長を兼務。専門はラテンアメリカ政治。主著に『21世紀ラテンアメリカの左派政権:虚像と実像』(編著)。
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