商品を売ってはいけません。

今回は鳥塚亮さんのブログ『いすみ鉄道 社長ブログ』からご寄稿いただきました。

■商品を売ってはいけません。
コーヒーショップという言葉が今でも使われているかどうかはわかりませんが、コーヒーを飲ませるお店の商品は何でしょうか?

たいていの皆さんは何の疑いもなく、「コーヒーやドリンク類」とお答えになりますね。

洋服屋さんの商品は何でしょうか?

この質問にも、「そりゃ、洋服や衣類でしょう。」と答えられるでしょう。

鉄道会社の商品は何ですか? と質問すれば、

「目的地への移動」ということになります。

でも、本当にそうなんでしょうか?

私は、少し違うんじゃないかと考えます。

確かに、スタンドコーヒー店を含めたコーヒーショップの商品は「飲み物」であることは間違いありませんが、水分を補給するだけであれば、自販機で十分なわけで、どうしてお店に入るのかと考えた場合、他の理由があるはずです。

例えば現在改装工事中のJR千葉駅の通路にコーヒーショップがあります。

仮設の通路にわざわざコーヒーショップを作る必要があるのかどうか。

私は疑問に思いましたが、そのお店の入口には大きく

「禁煙席13席、喫煙席15席」と書かれています。(数は正確には覚えていませんが。)

今どき、禁煙席よりも喫煙席の数が多い。

そうなんですね、コーヒーショップは、ちょっと一服する場所を提供する意味があって、今どきの駅構内でたばこを吸うことができる貴重な空間なんです。

ガラス張りの店内を見ると、夕方のラッシュ時間帯に、禁煙席には空席があっても喫煙席は満席。

コーヒーを売るお店ではあるけれど、くつろげる空間を提供するのも商品なんです。

だから、お客様はそのために自販機よりも少し高い値段を払うんです。

本当はコーヒーなんてどうでもよくて、タバコが吸いたいだけかもしれません。

いすみ鉄道の国吉駅近くの苅谷商店街。

その中ほどにある吉田さんのお店。

このお店はいわゆる洋品店で、洋服を売るお店です。

ある時、吉田さんと話をしていたら、こんな田舎の商店街で商売がどうしてできるのか、それは、私は洋服を売るのではなく、情報を売っているからなんです。

そうおっしゃられました。

洋服だったら通信販売でも買えるし、大型量販店だって売ってます。

でも、吉田さんは、週に一度は東京へ出かけますし、いろいろなところにアンテナを張り巡らせて、今、世の中がどういう動きになっているか、常に勉強されています。

そして、最新の流行や商品の傾向などを取り入れた品ぞろえをしているわけで、一人一人のお客様の顔が見えていますから、「あのお客様にはこの洋服が似合うだろう。」と考えながら商品の仕入れをします。

だから、たとえ田舎の高齢者向けの衣料品といっても、吉田さんのお店へ行けば、今流行のデザインを取り入れた商品が並んでいるし、吉田さんが見立てた洋服ならば間違いありませんから、お客様としては安心してお買い物ができるお店なんです。

これが、情報を売るということで、もちろん洋服屋さんなんですが、単に洋服を売るだけではないんですね。

いすみ市商工会の出口会長さんのお店は大原の酒屋さんです。

酒屋さんというのは、今の時代とても厳しい商売ですが、出口会長さんのお店に入ると、確かに酒屋さんなんですが、売ってるのはお酒だけじゃないんです。

日本酒、ウイスキー、焼酎、ワインなどが並んだ商品棚をよく見ると、そのお酒がどういうお酒なのか、細かく解説が書かれたポップがあちこちに付いている。

同じ芋焼酎でも、その解説を読むと、「へえ、そうなんだ。」と思って、いつものと違うお酒をトライしてみたくなります。

これも情報を売る商売といえると思います。

このように、商売人というのは、そういうことを日々一生懸命考えているわけで、そういうところはどんなに厳しい時代でも繁盛していますが、「うちはそば屋だからそばを売るんだ。」とか、「牛丼屋の商品は牛丼だ。」というようなところは、「腹を満たすために行くところ。」というお店になりますから、近くにあるとか、価格が安いとか、本来の商品以外の所で勝負を強いられることになるわけで、これが苦戦の原因なんですね。

こういうことがわからないと、いくら努力してもその努力が実らない商売をやることになり、そういう頑張り方では、いくら頑張っても結果が出ないということなんです。

先日、いすみ鉄道で夜行列車を運転しました。

夜行列車というのは、遠い目的地へ行くために夜通しかけて走っていく列車で、夜、寝ている間に移動できるからとても便利な存在ということで、国内航空機や高速バスが発達する前の昭和の時代には、東京駅からも上野駅からも新宿駅からも、各方面へ向けて何十本もの夜行列車が走っていました。

そういう夜行列車を26.8kmの距離しかないいすみ鉄道で運転するというのですから、「?????」と頭の中は?だらけでご理解いただけない人が普通だと思います。

いすみ鉄道は交通機関ですから、目的地へ行くために利用するわけですが、この「目的地へ行く」というのが交通機関の商品であります。

でも、先日運転した夜行列車は夜の10時に大原を出て、翌朝大原に戻ってくる列車ですから、「目的地へ行く」という商品ではありません。

目的地へは行かないけれど、「夜行列車を体験する。」というのが、本来の商品ではないけれど、いすみ鉄道がご提供する商品なんです。

その証拠に30名以上のお客様が各地で大雪の後遺症があるにもかかわらず、大原まで集まってくれて、一人1万円もの会費を払って、わざわざキハの固いボックスシートで一晩苦痛に耐えてくれたわけで、中には「今後もやってください。」というお客様もいらっしゃいましたから、商品としては立派に通用するということです。

昨日のテレビ東京の「ガイアの夜明け」で放映していただきました「伊勢えび特急」という列車も、大多喜から乗って列車の中で伊勢えびのお作りを召し上がっていただき、2時間後には大多喜に戻ってきて「はい、お疲れ様でした。」という列車ですから、交通機関としての目的地へ行くために乗るという本来の商品を販売しているわけではなくて、列車の中でおいしいものを召し上がっていただくという体験を販売している。つまり、乗ることそのものが目的ですから、どこへも行かなくたって商品として売れるわけです。

「お前の会社は税金を使って路盤維持をしているのにケシカラン。」

そう言って頭から湯気を出す勢いで怒るおじいさんたちも確かにいることはいますが、私は、いすみ鉄道というローカル線をどうやったら残せるかという課題に挑戦しているわけで、時代によって変化するニーズを的確にとらえ、業種業態にこだわらず、柔軟な発想で時代に合った商品を提供していくことで、まだまだいろいろ使い道はあるんじゃないでしょうか? と提案しているわけで、その結果として、地域に人がたくさんやってきてお金が落ちるようになり、さらにその結果として、地域の人たちの足が守られるということであれば、広義において正しい税金の使われ方であると私は信じています。

ところが、商売のできない人、商売と無縁のところで長年働いている人たちから見ると、「商品を売ってはいけません。」という意味からして、おそらく理解不能でしょうし、いくらお話しても、もともとそういうことをする必要性がわからないでしょうから、いろいろできない理由を見つけては、寝台特急の「あけぼの」を廃止するようなことをするわけです。

寝台特急という商品を購入して目的地へ一晩かけていこうという人は、おそらくもう列車を1本仕立てるほどはいないと思いますが、そういう本来の目的ではなくても、「寝台車に乗ってみたい。」という需要ならいくらでもあるわけで、そういう需要を掘り起こしていくことが、地方の鉄道を守っていくことにつながるということは、たぶん、理解することはできないのでしょうね。

幸いにして、いすみ鉄道でやっているイタリアンランチクルーズや伊勢えび特急、そして今回の夜行列車など、国交省をはじめとする関係各省のお役人さんたちが、たぶん自分たちでは理解できてはいないのでしょうけれど、いすみ鉄道がやろうとしていることを否定しないで、あたたかく見守ってくれていますから、私はそこに可能性を見出して、ローカル線の無限の将来性にチャレンジすることができるわけです。

(つづく)

執筆:この記事は鳥塚亮さんのブログ『いすみ鉄道 社長ブログ』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2014年02月28日時点のものです。

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