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国が値上げを指導…格安航空(LCC)とワンコインタクシーの明暗を分けた規制の壁[連載:岩盤規制(5)]
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国が値上げを指導…格安航空(LCC)とワンコインタクシーの明暗を分けた規制の壁[連載:岩盤規制(5)]

2014-07-25 10:00
    岩盤規制

    タクシー運賃について、5月下旬、大阪地裁、福岡地裁で相次いで、国の規制(公定幅運賃)に関する仮差止決定が出されたことが、新聞などでも報じられました。

    経過は、こんなことです。

    ●昨年秋の臨時国会で成立した法律(いわゆるタクシー減車法)に基づき、この4月から、タクシー運賃の「公定幅」を国土交通省が定める仕組みになりました。

    例えば、大阪市域の中型タクシーの場合は、初乗りは「上限680円、下限660円」という公定幅が定められ、上限を上回ることも、下限を下回ることも認められないことになりました。

    http://wwwtb.mlit.go.jp/kinki/tetsuzuki/taxi/20140325-73.pdf

    ●これで困ったのは、従来から、ワンコイン(500円)などの低料金で運営していたタクシー会社です。

    特に関西などでは、関東以上に、こうした低料金のタクシーが普及していました。

    ●こうしたタクシー会社のいくつか(MKタクシーなど)は、これまでの営業を根底から覆す公定幅規制に抵抗し、4月以降も下限を下回る運賃を継続しました。

    これに対し、国土交通省は運賃を値上げするよう指導。さらに運賃変更命令という強制措置をとることをタクシー会社側に通告しました。

    一方、タクシー会社側は、司法の場でこの命令の仮差止を求め、大阪地裁と福岡地裁でこれが認められた……という経過だったのです。

    さらに、もう少し歴史をさかのぼってみましょう。

    ●かつてタクシー運賃は、どの会社のタクシーに乗っても必ず同じ料金でした。「同一地域同一運賃」という規制運用がなされていたからです。

    もともとは1955年(昭和30年)に、当時、大都市へのタクシーの集中と景気悪化による「タクシー不況」が発生していたことを背景に、「同一地域同一運賃原則(地域ごとに初乗り運賃を同一とすることを求める運輸省自動車局長通達)」が導入されました。

    そして、タクシー不況がおさまったのちも、この規制が長らく維持されたのです。

    ●しかし、1990年代になると、そんな画一的な規制は緩和すべきとの問題提起がなされ、徐々に緩和がなされました(97年にはゾーン運賃制に移行)。

    2002年には、「自動認可運賃制」(上限以下の一定範囲の運賃申請は自動認可。下限を下回る運賃申請の場合は個別審査)が導入され、ワンコインなど格安タクシーの可能性が開かれました。

    ●ところが、この2002年の規制緩和は、その後、「小泉政権下での行き過ぎた規制緩和」の象徴例として批判を浴びるようになります。

    運賃規制だけでなく、参入規制の緩和もなされたことから、タクシーの台数が増えて過当競争が生じ、この結果、ドライバーの労働環境悪化、さらにそのため事故増加などを招いた……との指摘がなされ、2009年には「タクシー適正化・活性化法」によって、運賃規制の再強化がなされました。

    さらに規制を強化すべく、議員立法による提出されたのが昨年の通称「タクシー減車法」です。これによって、一定地域(法律上は特定地域・準特定地域)では、国が運賃の「公定幅」を定める仕組みに逆戻りしたのです。

    http://www.dpj.or.jp/article/103443

    冒頭にお話しした大阪地裁と福岡地裁の決定は、「公定幅」を定める仕組み自体を否定したわけではありません。運賃幅の定め方(大阪市域の中型車であれば「初乗り660~680円」という金額設定)がおかしいという内容でした。

    しかし、私は、もう一歩踏み込んで、国が「公定幅」を定めること自体おかしいし、規制再強化の論拠となった「行き過ぎた規制緩和」論も大変あやしい議論と考えています。

    以下では、ポイントを3点指摘したいと思います。

    (なお、一連の経過では、「運賃規制」とともに、新規参入や台数規制などの「需給調整」についても、緩和と再強化がなされました。本稿では「運賃規制」に絞ってお話ししていますが、ご関心あれば、拙著『日本人を縛りつける役人の掟』でより包括的に解説していますので、ご覧いただければと思います。)

    1)「公定幅」規制は、消費者の利益に反する

    そもそも運賃規制は必要なのか……というと、タクシーの場合、一定の規制は必要と考えられます。

    全く規制がなければ、例えば、「街で流しのタクシーを拾って、100m走ったら、急に料金が2000円になった」なんてことも生じかねないからです。

    しかし、だからといって、「公定幅」を設けてワンコインタクシーを禁止する必要があるかといえば、これは別問題です。

    価格を安く設定したタクシーが新たに参入しても、消費者の利益が害されることはないはずで、少なくとも、「下限」を下回る運賃を禁止する必要はないでしょう。

    役所側からは、「諸外国の例をみても、公定幅や統一料金で規制していることが少なくない」との主張がなされることがあります。

    (例えば、規制改革会議(2014年6月6日)での国土交通省提出資料1-2参照。)

    http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee2/140606/agenda.html

    たしかに、そうした例もあります。

    しかし、ここで見落とされがちなのは、我が国のタクシー運賃は高く、しかも値上がりし続けている、ということです。

    ●世界の主要都市と比べると、消費者庁2012年度委託調査によれば、東京のタクシー料金を100とするとニューヨーク57、ロンドン83など。チップを加えるとしても、東京の方が相当高いことは間違いありません。

    http://www.caa.go.jp/information/koukyou/towa/to06.html

    ●もっとも、データの取り方次第で「東京のタクシーは決して高くない」ということもできないわけでなく、国土交通省はそう説明しています(上記規制改革会議での資料)。

    しかし、それでも否定できないのは、我が国のタクシー料金は上昇を続けてきたことでしょう。東京都の初乗り運賃を過去30年間さかのぼって調べると(小売物価統計調査より)、1980年代前半の430円から2012年の710円まで、一貫して右肩上がりです。

    長くデフレが続いていることを考えれば、これは異様なことといってよいでしょう。

    そんな中で、ようやく出てきたのが、ワンコインなどの低料金のタクシーでした。

    これを「公定幅」規制によって否定し、値上げ強制することは、消費者の利益に反すると言わざるを得ません。

    2)労働環境悪化や事故増加を防ぐためなら、「公定幅」規制は筋違い

    「タクシー減車法」で公定幅規制を設けた根拠は、「供給過剰解消」のためとされています(上記規制改革会議での資料も参照)。

    つまり、現状では、過当競争によって労働環境悪化や事故増加が生じているので、これを解消することが規制の目的……ということです(上記民主党ホームページでの法案提出者の説明参照)。

    たしかに、公定幅規制を導入すれば、これまで営業していた低料金タクシー会社が廃業に追い込まれ、タクシー台数の減少につながることが期待できるかもしれません。

    しかし、労働環境悪化や事故増加に対処するために、こうした方策をとることが妥当なのでしょうか?

    もし、労働環境悪化や事故増加が問題なのであれば、労働規制や安全規制を強化して対処すべきなのではないでしょうか?

    規制改革を巡る議論では、こうした類の「議論のすり替え」がよく出てきます。

    前回連載第4回でも、「不動産取引で、インターネットでの説明を容認したら、取引主任者証の偽造が出てくる」という話がありました。

    「たしかに偽造が出てきたら大変だ」と思ってしまいがちですが、よく考えてみれば、

    ・インターネットでも対面でも、偽造や詐欺はありうることですし、
    ・偽造や詐欺への対処は、罰則を定めて取り締まるなど、別途行なうべきことであり、
    ・そのために「インターネット利用を禁止」というのは筋違いです。
    http://getnews.jp/archives/626181

    同様に、「タクシーの事故増加」が生じているなら、それはきちんと対処すべきことですが、そのために「タクシーの運賃幅を公定」というのは、筋違いな手法です。

    3)航空分野と比較すると……

    最後に、航空分野と比較してみたいと思います。

    航空分野は、かつては、タクシー以上に競争のない世界でした。

    国内線では、同一路線への複数社乗り入れが排除され、価格競争などおよそ存在しない状態でした。

    しかし、80年代から90年代にかけて、こうした路線乗り入れに関する規制の緩和、運賃規制の緩和が進められ、その結果、現在のように、多様な運賃プランや、LCCなどの新たなサービスが出てくるようになりました。

    航空分野でも、規制改革が進められ始めた当初は、賛否両論がありました。

    しかし、今となっては、「かつての一路線一社体制に戻し、LCCはすべて禁止すべき」などと主張する人は、まずいないのでないでしょうか。

    タクシーの世界では、いったんは同じ方向に進みかけたものの、残念ながら、再びかつての体制に戻す方向になってしまっています。

    地裁の判断よりもう一歩踏み込んで、こうした規制のあり方について、もう一度議論してみるべきではないかと思います。

    ●関連書籍

     『日本人を縛りつける役所の掟 岩盤規制を打ち破れ』(7月1日刊行)では、21分野の岩盤規制をとりあげ、それぞれの規制の裏側を解説しています。

    http://www.amazon.co.jp/dp/4093897492

    第1部 身近なところに潜む「役人の掟」

    「道路運送法(タクシー規制)」「薬事法(薬のネット販売規制)「医師法(ワンコイン健診規制)」「食品衛生法(オフィス街の路上弁当販売規制)」ほか

    第2部 成長産業の邪魔をする「役人の掟」

    「農地法(農業への新規参入規制)」」「健康保険法(混合診療問題)」「社会福祉法(待機児童問題)」「電波法(電波オークション問題)」「労働者派遣法(日雇い派遣規制)」ほか

    第3部 国家の仕組みを牛耳る「役人の掟」

    「法人税法(税金タダの特権法人)「公職選挙法(若者の政治参加規制)」「道路整備特措法(高速道路の民間開放)」「国家公務員法(官僚の人事制度改革)」「地方公務員法(天下り規制)」ほか

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