■朝日新聞を楽しそうにバッシングする週刊誌
朝日新聞が全メディアから袋叩きに遭っている。それもそのはず、従軍慰安婦問題についての30年以上にわたる誤報、さらには2014年5月に報じた「所長命令に反し、福島第一原発から東京電力職員が撤退」というニュースの誤りを朝日新聞が認め、社長自ら頭を下げたからだ(2014年9月11日に謝罪会見)。
「十八番の『自虐』はどこへ行った? 『朝日新聞』謝罪が甘い!!!」(週刊新潮9月25日号)「腹の中では悪いと思っていない 『朝日新聞』偽りの十字架」(週刊新潮10月2日号)
「朝日新聞メルトダウン」(週刊文春10月2日号)
「朝日新聞が死んだ日」(週刊文春9月18日号)
「週刊新潮」や「週刊文春」をはじめとする週刊誌は、まるで水を得た魚のように、毎週のように勇ましい大見出しで朝日新聞を猛攻撃している。
ここで素朴な疑問が浮かぶ。「週刊誌よ、おまえに『虚報』だの『誤報』だと朝日新聞を攻撃する資格があるのか」と。
そこでガジェット通信特報部は、週刊誌のガセネタ誤報列伝を振り返りつつ「おまえが言うな」とツッコミを入れてみることにした。
さて、連載第1回(好評なら続けようと思っている)では、2009年に「週刊新潮」が放った「大スクープ」、〈実名告白手記 私は朝日新聞「阪神支局」を襲撃した!〉をふりかえる。
これが、死者までをも出すほどの、まさかの「大誤報事件」に発展したのだ。
■「週刊新潮」が4週連続で放った渾身のガセネタ
「週刊新潮」(2009年2月5日号)に、6ページにわたる大型記事が載った。題して〈実名告白手記 私は朝日新聞「阪神支局」を襲撃した!〉。手記の筆者は島村征憲(まさのり)氏。この人物が、すでに公訴時効を迎えた赤報隊襲撃事件の実行犯だというのだ。
「赤報隊」といっても、若い読者にはピンとこない固有名詞かもしれない。1987年5月3日、朝日新聞阪神支局で事件は起きた。阪神支局に侵入した謎の男が散弾銃を発射し、小尻知博(こじり・ともひろ)記者(当時29歳)が死亡。犬飼兵衛(いぬかい・ひょうえ)記者(当時42歳)は重傷を負った。
事件直後に「赤報隊 一同」名義の犯行声明が寄せられたものの、実行犯は見つからないまま2002年に公訴時効が成立した。
この事件の真犯人が、今ごろになって「週刊新潮」に名乗り出たというのだから当時の世間はあっと驚いた。
手記の第2回は2009年2月12日号に6ページ、第3回は2月19日号に6ページ、第4回(最終回)は2月26日号に4ページ掲載された。4週連続、合計22ページにのぼる大型企画だった。
ところがこれが、虚言のオンパレードだったのだからズッコケる。
つまり、「真犯人」を名乗り出た島村氏本人の証言そのもののウラがとれず、朝日新聞をはじめとした他メディアが証拠取りに奔走した結果、「真犯人」を名乗る島村氏がウソをついている可能性が濃厚であることが判明、結果的に新潮社は、この大型連載記事を大誤報だったと認め、謝罪したのだ。
なぜこんなことになったのか。
ライバル誌「週刊文春」は第1回の手記が載った翌週号(2009年2月12日号)で早速疑問を投げかけ、2月19日号では島村氏の元妻まで探し出して氏のアヤシサを指摘した。だが「週刊新潮」は連載を途中でやめることなく、最終回まで突き進んでしまった。
島村氏は、在日アメリカ大使館員から朝日新聞襲撃を依頼されたとするが、朝日新聞の周辺取材でこれはもちろん証拠のない話だと判明。さらには、島村氏は民族派右翼の大物・野村秋介(しゅうすけ)氏(故人)が「赤報隊」の名づけ親&犯行声明文の執筆者だと証言したわけだが、これが血気盛んな民族派右翼の逆鱗(げきりん)に触れた。それもそのはず、野村氏の周辺にいた人物らは、誰一人島村氏のことを知らないと証言したからだ。
将来ある若手記者を殺された朝日新聞としても、この虚報を黙って見過ごすはずがなかった。
「虚言、そのまま掲載 週刊新潮『朝日新聞社襲撃犯』手記を検証」(朝日新聞2009年2月23日付)「検証・週刊新潮 『朝日新聞襲撃犯』手記、これだけの矛盾」(朝日新聞2009年3月6日付)
「週刊新潮を騙した『朝日襲撃犯』の『犯行ノート』 『虚言』と『妄想』で綴られる」
(朝日新聞2009年5月1日付)
朝日新聞はガセネタのガセネタたるゆえんを検証し、2009年04月01日付け朝刊にて「検証・週刊新潮の『朝日新聞社襲撃犯』手記取材」を特集。「週刊新潮」に合計11項目にわたる詳細な質問状を送付している(2009年3月11日付、3月24日付)。「週刊新潮」早川清編集長は、これらの質問状に対して「小誌の見解はすでに誌面に掲載しております」とにべもない返答に終始した(朝日新聞2009年4月1日付による)。
週刊新潮に手記が載る4年前の2005年4月、当時網走(あばしり)刑務所に収監されていた島村氏から朝日新聞記者のもとに「われこそは実行犯だ」と記された手紙が届き、記者はわざわざ網走刑務所まで出向いて島村氏に面会したそうだ。だが虚言の疑いが濃厚だとして記事作成を見送った経緯がある(朝日新聞2009年2月23日付)。また2007年3月には、「週刊ポスト」編集部にも島村氏の手記が届いたという(「週刊ポスト」2009年2月27日号)。朝日新聞も「週刊ポスト」も「これは危ない」と判断し、島村氏のガセネタを記事にすることはなかった。
■「オレたちは被害者」と居直る「週刊新潮」に池上彰も呆れた
反証が次々と集まり、万事休すと観念したのだろう。「週刊新潮」は2009年4月23日号で10ページにわたる検証記事を掲載した。記事の署名は「週刊新潮編集長 早川清 本誌取材班」。タイトルは〈朝日新聞「阪神支局」襲撃事件 「週刊新潮」はこうして「ニセ実行犯」に騙(だま)された〉。
〈このような事態を招いた最大の原因は、言うまでもなく、裏付け取材の不足にある〉〈虚言を弄(ろう)する証言者の本質を見抜く眼力がなかったことも、深く恥じ入る〉
と早川清編集長(当時)は述べつつ、
〈報道機関が誤報から100%免れることは不可能と言える〉〈ましてや、週刊誌の使命は、真偽がはっきりしない段階にある「事象」や「疑惑」にまで踏み込んで報道することにある〉
と、自分たちもウソツキ男にノセられた被害者であることをそこはかとなくアピールした。
ジャーナリストの池上彰氏は、「週刊新潮」お詫び記事のタイトルのつけ方はおかしいと指摘する。
〈記事タイトルには、違和感を抱きました。そこには、「『週刊新潮』はこうして『ニセ実行犯』に騙された」とあったからです。朝日新聞阪神支局の襲撃犯だと名乗り出た人物の手記を掲載したけれど、これは誤報だったという記事のタイトルです。思わず読みたくなる巧みなタイトルであることは確かですが、他人事のようにも読み取れます。〉(朝日新聞2009年4月20日付夕刊)
〈タイトルのつけ方のプロに指摘するのはおこがましいのですが、「騙された」というのでは、「自分たちは被害者だ」と言っているに等しいからです。
ジャーナリズムは、誤報を出した瞬間に、自らが「加害者」になってしまうのだという自覚が、どこまであるのでしょうか。〉(同)
これでは「週刊新潮 謝罪が甘い!!!」と朝日新聞に突っ込まれてもやむをえないだろう。
ガセネタ事件を受けて、新潮社は佐藤隆信社長ならびに早川清氏を3カ月減俸(20%)、他の取締役は3カ月減俸(10%)処分にした(朝日新聞2009年5月2日付による)。早川清氏は、居直りお詫び文が載った翌週号(2009年4月30日号)をもって「週刊新潮」編集長を退任、現在は同社取締役となっている。
■北海道で自殺した自称・赤報隊の殺人犯
たいへん残念なことに、「週刊新潮」のせいで一人の死者が出てしまったことも付記しておこう。ガセネタ事件から1年数カ月が過ぎたころ、朝日新聞に小さなベタ記事が載った。
〈手記で犯人名乗った男、北海道で自殺か 朝日新聞襲撃事件朝日新聞阪神支局襲撃事件をめぐり、週刊新潮に「自分が実行犯だ」とする手記を掲載した島村征憲氏(66)が、北海道富良野市で4月13日に遺体となって見つかっていたことが、道警や親族への取材でわかった。道警は、自殺とみている。〉(朝日新聞2010年5月18日付)
4週にわたって「週刊新潮」に虚言手記を大々的に載せたせいで、島村氏は精神的に追い詰められていった(無論、そうなった最大の原因は自分にあるわけだが)。民族派右翼の怒りっぷりはすさまじく、当時は「島村氏が襲撃されるのは時間の問題だ」「消される可能性もある」という懸念まであったほどだ。
「週刊新潮」がガセネタを信じて大きく取り上げさえしなければ、島村氏はこのような不幸な死に方をしなくとも済んだかもしれない。
取材力不足。「赤報隊事件」はほんの一例であり、週刊新潮が放ったガセネタはこのほかにも山ほどある。それは、次回以降、追って報道していこうと思う。
* * *
「週刊誌ガセネタ誤報列伝」の第2回は、「週刊新潮」のライバル誌「週刊文春」が放った渾身のガセネタをご紹介する。第2回原稿は近日中に公開するので、しばしお待ちいただきたい。
(2014年9月30日執筆/連載第2回へ続く)
※週刊誌の誤報・虚報ネタ、コッソリ掲載されたお詫び文・謝罪文についての情報提供をお待ちしています。メールの宛先は gasemaga@gmail.com です。(ガジェット通信 ガセネタ特報部)
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