北朝鮮と戦争状態にあるのは韓国である。その韓国では現在大統領選挙が行われている。危機が本物なら選挙などやっている場合ではないが、誰もそんなことを考えていない。だから普通に選挙を行っている。それが正常な感覚である。
これほど騒いでいるのはおそらく世界中で日本だけ。なぜそんなことになるか、日本人は立ち止まってよく考えてみた方が良い。いかに自分たちが戦争の現実から目を背けてきたかに思いを致し、平和憲法を守っていれば平和でいられるという幻想から目を覚ますべきなのだ。
北朝鮮危機を煽っているのは米国のトランプ政権だが、トランプ大統領はやることなすことうまくいかないので国民の目を外にそらせたい。そのためシリアを爆撃し、アフガニスタンに新型爆弾を落とし、北朝鮮危機を煽っている。目をそらせたいだけだからただのこけおどしで戦争する気があるわけではない。
ロシアとの不適切な関係がこれからも追及されていくとトランプ政権は窮地に陥る。そのためロシアとの関係を一時的に悪化させ、代わりに中国と手を結ぶ必要があるとトランプ大統領は考えた。それがシリア爆撃と北朝鮮危機を煽る理由で、私に言わせれば窮余の策でしかない。
ただしトランプ大統領のやり方は世界に衝撃を与えた。米中首脳会談の最中にシリア爆撃を行い、それを中国に見せつけてから北朝鮮の核ミサイル開発を抑止するよう要求した。何をやりだすか分からないと思わせるのがトランプ流である。一方これを見て世界は「馬鹿と鋏は使いよう」と考えたに違いない。
馬鹿を批判しても馬鹿にはそれが理解できない。馬鹿の言う通りにしてやりしかしこちらの利益になるよう誘導する。中国の対応はまさにそれだ。北朝鮮に厳しく当たる姿勢を米国に約束して「為替操作国」指定を免れ、報復関税も引っ込めさせた。そして中国が目指すのは最後は話し合いにもっていくことである。
これと対照的なのが日本の安倍政権である。安倍総理もトランプ大統領と同じく政権の先行きに不安がある。民進党がだらしないので支持率は下がらないが、森友問題は取り返しがつかないほど深刻で、さらに閣僚のスキャンダルも枚挙のいとまがない。
自民党内には「ポスト安倍」を伺う動きが出始め、国会審議の先行きも不透明になってきた。7月の都議選次第では自公関係に影響が出ることもあり得、次の選挙がどうなるか予断を許さない。選挙の目玉であったアベノミクスの効力も薄れた。
だから安倍政権は北朝鮮問題を煽って求心力を高めたい。内閣官房のホームページにミサイル攻撃からの「避難方法」を掲載し、御用評論家に連日テレビでありもしない米国の軍事行動の解説をさせる。しかし米国にできるのは「テロとの戦い」だけで、北朝鮮を軍事攻撃すれば必ず韓国への報復があり、世界11位の韓国経済がおかしくなれば米国経済の首も絞まる。
そうした戦争の現実を考えずに日本人は「戦争はいやだ」だけを繰り返してきた。そして米国の軍事力に守られることを平和の道だと考えてきた。その結果が、北朝鮮と戦争状態にある韓国よりも危機を騒ぎ立て、北朝鮮が日本と逆の方向にミサイルを撃ったという報道で交通機関が止まってしまうのである。
ここで戦後日本の何がおかしいのかを述べることにする。原因は朝鮮戦争から始まる。冷戦の始まりを告げる朝鮮戦争の勃発で、米国は二度と米国に歯向かえなくしようとした日本とドイツに再軍備を要求した。特に日本に対しては朝鮮戦争に参戦させようと考えた。アジアの戦争にはアジア人を充てようと考えたからである。
ドイツは再軍備に応じたが日本の吉田茂は平和憲法を盾に再軍備を拒否し、代わりに武器弾薬を作って米軍の後方支援を行うことを申し出た。平和憲法を作ったのは米国であるから米国はやむなく朝鮮半島に在日米軍を出動させ、公職追放していた軍需産業の経営者を呼び戻して武器弾薬を作らせた。日本経済は朝鮮特需に沸き、それが日本を工業国にして後に米国を脅かす高度経済成長を生み出すのである。
軍事で負けたが外交で米国に勝つと考えた吉田は、軍事負担を極力減らして経済を成長させるため、野党社会党に護憲運動を促し、憲法改正できないように3分の1の議席を常に与える仕組みを作る。中選挙区制では自民党候補の敵は別の自民党候補である。そのため社会党に3分の1の議席を与えることは可能であった。
社会党は過半数を超える候補者を擁立せず、常に3分の1の議席を目指すことになり、自民党が万年与党で社会党は憲法改正させないことだけを目指す政党になる。そして自民党は米国の軍事的要求に対し、社会党の反対を理由に断り続けたのである。それが日本経済の成長に寄与する結果を生む。
朝鮮戦争に勝つことのできなかった米国が次に行ったベトナム戦争でも韓国軍は出兵したが、日本の自衛隊は出兵せず、日本はベトナム特需でまた潤うことが出来た。自民党と社会党が表で敵対しながら水面下で手を握る政治を、米国は「絶妙の外交術」と呼んだが、冷戦の中では日本を東側に追いやることもできず、日本の言う通りになるしかなかった。
冷戦末期にはついに日本が米国経済を追い抜く一歩手前まで迫る。米国にとって日本経済はソ連以上の脅威となり、日本は米国の最大の仮想敵国になった。日本は軍事負担を米国に負わせ、それによって蓄えた経済力で米国を侵食し、失業者を作り出し、米国の富を吸い上げたと米国には見える。
それは冷戦構造によってもたらされた。しかしソ連崩壊によって「絶妙の外交術」の片棒を担いだ社会党は凋落し、また米国も中国やロシアと敵対関係でなくなったことから日本に軍事負担を強く要求することが出来るようになる。
かつて平和憲法は出兵を拒否する日本の口実となり米国は改正を要求していたが、冷戦が終わってみると平和憲法がある限り日本は米国の軍事力に頼ることに気づき、しかも平和憲法は米国の経済的利益につながる。
日本に自立の機会を与える憲法改正と異なり、平和憲法を守らせていれば日本の米軍基地を永久的に使え、それによって世界一の負担金を米国は受け取ることができる。また中国と北朝鮮の脅威を煽れば日本に米国製兵器をどんどん買わせることも出来る。北朝鮮の脅威は米国の利益であり、北朝鮮の脅威がなくなっては困るのである。
そこで米国は平和憲法を守らせながらしかし日本が出兵できる方法を考える。それが集団的自衛権の行使容認である。そをれを安倍政権は成立させた。第一次朝鮮戦争では吉田茂が平和憲法を盾に参戦を拒否し、朝鮮特需で日本経済を潤わせたが、それとは逆のことが米国に可能となった。日本に米国製の武器を買わせ、さらに自衛隊を参戦させるのである。
米国の原子力空母カールビンソンと日本の海上自衛隊の共同訓練はそのための第一歩だと私には見える。米国は朝鮮戦争以来の日本の成功物語を全面的に覆す方法を安倍政権によって得ることが出来た。
吉田政権が作り出した平和憲法を盾に使う「絶妙の外交術」は冷戦構造の中でのみ機能した。冷戦が終わった時にそれに替わる政治構造を作らなければならないと考えたのが90年代に小沢一郎氏らが取り組んだ政治改革である。平和憲法を守るための万年与党と万年野党の構図を廃止し、政権交代することで日本が自立の道を探る道であった。
しかしそれがまだ道半ばのまま日本は米国の思うままとなり、危機を煽られれば簡単に洗脳されて大騒ぎする国になった。「戦争はいや」という「厭戦意識」だけで戦争を止めることはできない。戦争の現実を直視し戦争を止めなければならない時には「厭戦」でなく「反戦」の意識を持たなければ、平和憲法を守っていても平和を維持することなどできない。
■《丁酉田中塾》のお知らせ(5月30日 19時〜)
田中良紹塾長が主宰する《丁酉田中塾》が5月30日(火)に開催されることになりました。詳細は下記の通りとなりますので、ぜひご参加下さい!
【日時】
2017年5月30日(火) 19時〜 (開場18時30分)
【会場】
第1部:スター貸会議室 四谷第1(19時〜21時)
東京都新宿区四谷1-8-6 ホリナカビル 302号室
http://www.kaigishitsu.jp/room_yotsuya.shtml
※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で懇親会を行います。
【参加費】
第1部:1500円
※セミナー形式。19時〜21時まで。
懇親会:4000円程度
※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。
【アクセス】
JR中央線・総武線「四谷駅」四谷口 徒歩1分
東京メトロ「四ツ谷駅」徒歩1分
【申し込み方法】
下記URLから必要事項にご記入の上、お申し込み下さい。
http://bit.ly/129Kwbp
(記入に不足がある場合、正しく受け付けることができない場合がありますので、ご注意下さい)
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■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article
<田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。