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  • 田中良紹:ロッキード事件と私の45年

    2021-04-06 13:50
    昨秋から今年の初めにかけてロッキード事件を巡る2冊の本が出版された。一つは元共同通信記者の春名幹男氏が書いた『ロッキード疑獄―角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』(角川書店)、もう一つは作家の真山仁氏が書いた『ロッキード』(文芸春秋)である。

     いずれも「田中角栄の犯罪」とされた事件の構図に疑問を呈し、東京地検特捜部の捜査は事件の真相に迫っていないとみている。事件の主犯は右翼の児玉誉士夫であり、その児玉と最も近い関係にあった政治家は中曽根康弘である。ロッキード社の売込み工作の主役は民間航空機トライスターでなく、自衛隊が導入した対潜哨戒機P3Cということでも一致する。

     ただ春名氏は米国特派員を長く務めたことから、米国の公文書を中心に取材を進め、キッシンジャー元国務長官の「田中嫌い」が事件の底流にあることを強調している。米国は独自外交の角栄を葬り、親米反共の岸信介ら巨悪を護ったという見方である。

    これに対し真山氏は、角栄が日中国交正常化や対アラブ外交でキッシンジャーの怒りを買ったことは事実だが、当時の三木総理、検察、そしてメディアも角栄を叩くことが利益だった。正義の名の下に角栄を葬ったのは「世論」だとしている。

     私は45年前に社会部記者としてロッキード事件を取材した。その8年後に政治部記者となって田中角栄を担当し、病に倒れるまでの1年余り、ロッキード事件で有罪判決を受け、「自重自戒」と称し目白の私邸に籠った角栄から、月に一度話を聞いた。

    聞かされたのは、メディアの報道とはまるで異なる政治の実像だった。日本政治の最大の問題は野党が存在しないことで、「社会党も共産党も野党ではない。要求するだけで国家を経営しようとしていない」と角栄は言った。メディアが報道する「表」の政治と「裏」の実像との落差さに驚き、私は世界ではどのように政治報道が行われているかを調べた。

    すると米国に「C-SPAN」という議会専門チャンネルがあることを知った。それはベトナム戦争から生まれた。米国は正義と信じた共産主義との戦いに敗れ、国民は政治を信ずることができなくなる。「政治改革」が叫ばれ、政治を透明化する目的でケーブルテレビに民間が経営する議会専門チャンネルが誕生した。

    同時に私は、米国議会でロッキード事件が暴かれたのも、ベトナム戦争に敗れた結果であることを知る。敗戦の反省から米国は反共主義からの脱却を図り、45年前の2月にロッキード事件が火を噴いたのは、軍需産業と世界の反共人脈の癒着が腐敗の象徴だったからだ。

    言うまでもないが、ロッキード事件は日本をターゲットにしたのでも田中角栄をターゲットにしたのでもない。ロッキード社は世界中の反共人脈を通じて各国の政治家に賄賂をばらまき航空機を売り込んだ。西ドイツの国防大臣、オランダ女王の夫君、イタリアの副大統領らと並んで日本では児玉誉士夫が秘密代理人と名指しされた。

    それまで児玉を取材することはタブーだった。しかし米国議会から名指しされたことでタブーが解け、私は戦時中に中国大陸で海軍の特務工作を行った「児玉機関」のメンバーを訪ね歩くことから取材を始めた。するとそれまで教えられてこなかった日本の裏の姿が見えてきた。

    我々は戦後民主主義の明るい側面ばかりを教えられた。しかしその裏には隅々に至るまで米軍の支配下にある日本の現実が隠されている。メディはそれを報道できないでいたが、ロッキード事件がそこに光を当てた。

    新聞もテレビも独自にロッキード社に絡む日米人脈を暴き、児玉と政界との関係を追及した。毎日がスクープの連続で、この時ほど日本のメディアが生き生きとしてニュースが面白かったことはない。

    私は赤坂と六本木が米軍の街であることを知った。そこで米軍と日本の官僚が定期的に会合し日米関係の諸問題を話し合う。高級クラブやディスコがその街にあるのも米軍の存在と無縁ではない。

    赤坂には児玉の息のかかった店が多かった。調べていると「殺されるよ」と何度も忠告を受けた。そして児玉の秘書が中曽根の書生だったことを知り、自民党幹事長の中曽根に私は疑惑の照準を合わせた。

    ところが戦後史の闇を暴く取材は2か月で打ち切られた。4月、東京地検特捜部に米側資料が入ったため、これからは金を受け取った政府高官の取材が始まると言われ、私は政界捜査に切り込む東京地検特捜部の担当を命ぜられた。

    記者クラブに行って驚いたのは、情報がすべて管理されていることだ。記者は自由に取材ができない。検察幹部が1日に2回行う会見だけが記事にするのを許される。独自の記事を書くと会見から排除された。要するに検察の言いなりの記事しか書けない。

    夜になると記者たちは手分けして検察幹部の家を「夜回り」する。私は検事正と特捜部長を担当した。特捜部長は「口なしのコーちゃん」と呼ばれ、何を聞いてもしゃべらない。それでも共同通信、毎日新聞と私の3人だけは毎晩特捜部長の家に通った。

    特捜部長の口癖は「マスコミ性馬鹿説」だ。マスコミは「生まれつきの馬鹿」だという。記者が質問しても「バーカ」としか答えない。3人は夜遅く帰宅した特捜部長に家の前で「バーカ」と言われるのが日課だった。

    私が事件の本命と見た児玉は入院し、検察は児玉ルートの捜査を断念する。一方で検察は全日空と丸紅の幹部を逮捕して政治家に捜査の手を伸ばす。政治家逮捕は「セミの鳴く頃」と言われたが、ある夜、帰宅した特捜部長が3人を家の中に入れた。ところが玄関口でくるりと背中を向けて顔を見せない。質問すると「バーカ」が返って来た。

    明日政治家が逮捕されると直感した。翌早朝、検察庁の玄関で被疑者が連行されて来るのを待った。政治家逮捕を予想できず、記者が不在のメディアもあった。7時過ぎに黒塗りのハイヤーが横付けになり、降りてきたのは日焼けした顔の田中角栄だった。

    日本列島に衝撃が走る。前総理の逮捕は前代未聞である。政治部は「田中金権政治批判」の記事を出稿し「民主主義の危機」が声高に叫ばれた。しかし私には違和感があった。ロッキード社から児玉に入った21億円の金の行方を特捜部は解明していない。それが忘れ去られて日本列島は「田中金権批判」一色になった。

    「田中批判」の勢いは凄かった。異論が言えない雰囲気が作り出された。しかし若手の検事たちは田中逮捕で捜査を終わらせることに抵抗した。そのためロッキード事件は「捜査終了宣言」を出すことができず、検察幹部は「中締め」と言って捜査を終わらせた。

    2年後にロッキード事件と同じ構図のダグラス・グラマン事件を、米国の証券取引委員会(SEC)が暴露した。早期警戒機E2Cの日本への売込み工作の対象として、岸信介、福田赳夫、中曽根康弘、松野頼三の名前を米国は明らかにした。しかし東京地検特捜部は政治家の摘発を見送った。検察幹部は「巨悪は眠らせない」と言ったが、巨悪は摘発を逃れた。

    ロッキード事件から8年後、私は有罪判決を受けた田中角栄の担当記者になった。月に一度私邸で角栄の話を聞いた。意外だったのは「金権批判」をまったく気にしていないことだった。「俺は自分で金を作った。誰の世話にもなっていない。財界や官僚のひも付きではない」と角栄は自慢した。外国の金など受け取るはずがないという態度だった。

    そして中曽根総理にダブル選挙をやらせて自民党を大勝させ、大勲位の勲章を中曽根に与えようと考えていた。なぜそれほど中曽根に入れ込むのか。私はロッキード事件で逮捕を免れた中曽根を総理にしておくことが、自分の無罪を勝ち取る道だと角栄が考えているように思えた。

    ところが田中派の政治家にはそれが不満だった。ある者は中曽根が必ず角栄を裏切ると言い、またある者は角栄が中曽根を支えている間は世代交代が進まないと不満だった。それらの不満がぶつかり田中派に分裂の目が生まれた。金丸信や竹下登が創政会を結成し、竹下を総理候補にしようと立ち上がった。

    その頃、米国のキッシンジャーが角栄の私邸を訪れた。有罪判決を受けても米国や中国の要人は必ず角栄を訪ねた。キッシンジャーは3度目の訪問だった。同席した早坂秘書に何の話をしたかを聞くと、アラスカ原油を日本に輸入する話だと言った。

    田原総一朗氏が書いた「田中角栄は米国の虎の尾を踏んだ」という論文が話題になった時期がある。角栄が米国を無視し、独自に石油を輸入しようとしたことに米国が怒り、そのためロッキード事件が仕組まれたという説だ。しかしそれがまったくの嘘であることは、この1件からも分かる。

    春名氏も認めているが、角栄は石油を中東だけに頼ることをせず、世界のあらゆるところから輸入しようと考えた。ただすべては米国の了解を取り付けながら行った。この時はアラスカ原油をタンカーで北海道に運び、北海道を石油精製基地にする構想が話し合われた。

    私は米国が角栄を陥れたとは思わない。日米繊維交渉で米国は角栄を「使える男」として高く評価していた。キッシンジャーは確かに日中国交正常化で角栄に先を越され、対アラブ外交でも面子を潰された。しかしキッシンジャーは「ロッキード事件の摘発は誤り」と語っている。

    秘密文書でキッシンジャーは角栄を罵倒しているが、ただそれだけの単純な男だとは思わない。権謀術数の世界を生き抜いてきた男は、米国の国益を揺るがす角栄に怒ってはいたが、心の中では一目置いていたと思う。でなければ逮捕後3度も私邸を訪ねたりしない。

    ただ逮捕されてもおかしくなかった中曽根は、ロッキード事件で米国に弱みを握られた。かつては吉田茂の親米路線を批判し、民族自立と兵器国産化を訴えた中曽根が、一転して親米路線を誇示するようになる。「日本を不沈空母にする」と言ってレーガン大統領を喜ばせた。

    キッシンジャーにとってロッキード事件は、角栄を葬り去ろうと仕組んだわけではないが、角栄に代表される独自外交を封じ込めたことで、米国の国益にかなう結果を生んだ。そして中曽根以降の日本の歴代総理は誰も独自外交をやれない。安倍前総理に至ってはトランプ大統領の言いなりに無駄な兵器を買わされ続けた。

    国民はロッキード事件を「田中角栄の犯罪」と思い込んでいたが、初めから私は冤罪の可能性を指摘してきた。2003年には『裏支配―今明かされる田中角栄の真実』(廣済堂出版)を書き、その中に中曽根康弘をロッキード事件の主犯と示唆する一文を入れた。

    その後、検察取材を18年務めた産経新聞の宮本雅史氏が『歪んだ正義』(情報センター出版局)を書いて、検察捜査の悪しき例としてロッキード事件を取り上げた。しかしメディアは相変わらず「田中金権批判」と「巨悪を退治する検察」という図式でロッキード事件を捉え続け、野党も国民の意識もその枠の中にある。

    ロッキード事件直後に、私は様々な役所の官僚と語り合ううち、一人で33本の議員立法をした角栄への「恐れ」を吐露された経験がある。米国で法律を作るのは政治家の仕事だが、日本では行政府の官僚が法案を作成する。それを政治家に承認させる場が立法府と呼ばれる国会だ。

    ところが角栄は自分で立法し国会で成立させた。官僚からすれば、自分たちの聖域に入り込んできた侵入者である。だから角栄は許せないと官僚は私に憤った。明治から続いてきた官僚主導の政治が角栄によって揺らいだことが、角栄を排除する動きを生んだ。私は田中逮捕の理由をそう見ている。三木総理にとっても角栄は最大の政敵だった。角栄逮捕に最も積極的だったのは三木総理である。

    角栄を特捜部が逮捕した決め手は、ロッキード社の幹部を刑事免責したうえで得られた証言だ。しかし犯罪者の証言を信じることができるのか。日本の最高裁は角栄の死後、その証拠能力を否定した。だとすれば45年前の田中逮捕と、その時の国民の熱狂は何だったのか。

    この45年間、ずっと考え続けてきたのは国民の熱狂の恐ろしさである。今でも「東京五輪」や「コロナ禍」で国民がみな同じ方向を向き、異論が封殺される時がある。それを見ると私は45年前の国民の熱狂を思い出す。そしていたたまれなくなる。

    一方で、無実を勝ち取ろうとする角栄の執念は日本政治を捻じ曲げた。怨念の政治が始まり、今も日本政治がその影響から免れたとは言えない。そして対米従属構造は事件後さらに強まった。しかし国民は日本を独立した国家だと思い込んでいる。誰も従属国とは思わない。

    そして日本の安全は米国が守ってくれると信じ、日米安保体制がなくなるとは夢にも思わない。なくなったらどうするかの想像力も湧かない。45年前の取材で戦後日本の闇の一端を見た私は、それが「金権批判」で覆いつくされたことに無念の思いがある。

    そうした時に2冊の労作が出版された。それを書いた著者に敬意を払いつつ、そこには含まれていない私の経験もあるので、過去を思い出しながらこのブログを書く気になった。


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    <田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
     1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。

     TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。

  • 田中良紹:総務省接待問題の背後にある目には見えない電波利権の深い闇

    2021-03-03 09:41
    東北新社から高額接待を受けた山田真貴子内閣広報官は、3月1日の衆議院予算委員会の集中審議を前に体調不良を理由に入院し、辞職することになった。

    委員会で山田氏を追及しようとしていた野党は肩すかしを食らったが、しかし直前までは本人も菅総理も辞任を否定していたのだから、国民にとっては何が何だかわからない。菅政権のちぐはぐな対応に呆れ、攻撃の矛先は官僚でなく菅総理に向かうことになるだろう。

    私は前回のブログで、メディアの報道が「接待」を受けた官僚の倫理問題に終始することに警鐘を鳴らした。この問題は菅総理の金脈と人脈という「急所」を突いている。それなのにそちらに目を向けさせないよう「接待」の異常さだけがクローズアップされていた。メディアは「接待」の背後にある金脈と人脈に目を向けるべきだと書いた。

    そして今回も、政権運営の拙劣さは問題だが、この問題の背後には菅総理の金脈と人脈以上の深い闇がある。それを書こうと思う。国民には知らされていない闇が、我々の目には見えない巨大な利権がこの国を覆っている。東北新社による総務省幹部の接待時期がそれを物語る。それは電波利権の闇である。

    1日の予算委員会で共産党の塩川鉄也衆議院議員は、接待の時期が2018年の5月から2020年の12月までであることを取り上げ、それは総務省が衛星放送の電波割り当てを検討する有識者会議の報告書と関係があるとして、有識者会議に関わった官僚の何人が接待されたかを質した。

    2018年5月の有識者会議の座長は小林史明政務官で、報告書はBS放送事業者の電波を圧縮して空きを作り、そこに新規参入を認めようとするものだ。そうなると東北新社のような既存の放送事業者には競争相手が増えて収益が減る恐れがある。

    そうでなくとも衛星放送はインターネットに押されて視聴者が増えない。今や若者はテレビよりネットで映像を見たり情報を得ている。そこから衛星放送事業者の代表格であり、しかも菅総理の長男を抱える東北新社が、自分たちの業界に有利な報告書に変更させるべく接待攻勢を始めた。

    東北新社がBS放送「スターチャンネル」の電波の一部を返納するなどして、空いたところにジャパネットホールディングス、吉本興業、松竹ブロードキャスティングの3チャンネルが加わった。その見返りを得るため東北新社は総務官僚に接待攻勢をかけた。2018年5月から2020年4月まで21回の接待を行い、うち19回は有識者会議に関係する官僚を接待した。

    その結果、報告書の見直しが始まることになる。その方向が固まった2019年11月に総務省ナンバー2の山田真貴子総務審議官が接待を受けた。おそらく東北新社の要望が受け入れられる方向になったので、お礼の意味を込めて高額接待になったと思う。

    そして2020年4月に有識者会議が再開され、12月に新たな報告書が作成された。すると2018年には電波の空いたところを「公募か新規参入者を割り当て」としていたのが、2020年には「4K事業者に割り当てるべき」となり、さらに衛星放送業界が要望していた「衛星使用料金の低額化」が盛り込まれた。

    「週刊文春」が公表した2020年12月の会食の音声データには、2018年の有識者会議の座長であった小林政務官に批判的な言動が記録されている。そこから放送業界に新規参入を増やそうとする小林政務官と、既得権益を守ろうとする業界と官僚との対立構図が浮かび上がる。

    菅総理は「たたき上げ」の政治家らしく「既得権益の打破」を掲げているが、長男を総務大臣秘書官にして官僚との接点を作り、さらに同郷の放送事業者が経営する東北新社に送り込み、東北新社は長男を「囲碁将棋チャンネル」の取締役に据えた。

    東北新社は菅総理の長男が入社したことで、総務省の官僚に対し放送業界の既得権益を代表して要望する行動をとる。今回の接待問題はそれを示した。そして菅総理の長男は父親の政治的主張に真っ向から反することをやった。菅総理はその認識を具体的な行動で示さなければ、その主張を誰からも信用されなくなる。

    電波は目に見えない。見えないからどんな世界があるのかも国民は知らない。一方で電波は国民の共有財産である。国民の財産であるから電波を勝手に私物化することは許されない。そのため総務省が許認可することになっている。ところが総務省は電波を国民の見えるところで割り当てることをしない。見えないところで決めるからこれは利権となる。

    それに目を付けたのが政治家や既存メディアである。私はかつて記者として旧郵政省を担当した。その時に「波取り記者」の存在を知った。新聞記者が取材のためではなく電波を貰うために郵政省に通ってくる。新聞社が民放の地方局を系列下に置くためだ。

    波取り記者は政治家の威光を背に官僚に圧力をかける。旧郵政省の放送免許に力があったのは39歳で郵政大臣になり、テレビ局の大量免許を行った田中角栄氏である。だから田中派担当記者が「波取り記者」をやらされる。そこで有名なのが、朝日新聞社が田中に頼み「日本教育テレビ(NET)」という教育専門局を総合放送局の「テレビ朝日」にしたことだ。

    田中政権下の1975年、TBSの系列にあった大阪のABCがテレビ朝日系列になり、TBSは毎日放送と系列になるよう指導された。それを機に日テレと読売、フジと産経、テレビ東京と日経という系列関係が完成する。世界では新聞とテレビの系列を認めない。相互批判がなくなり民主主義にとって良くないないからだ。日本ではその逆が起きた。

    テレビは総務省の許認可事業であるから、テレビが政府を批判するのは限界がある。新聞は政府の許認可事業ではないので政府批判は自由である。ところが新聞とテレビが系列化したことで、新聞社はテレビ局同様に政府批判をできなくなった。しかも新聞とテレビが一体化したため、その負の実態を国民には知らせない。だから国民は知らない。

    もう一つの重大な事例はBS放送である。世界にBS放送はない。なぜ日本だけにBS放送があるのか国民は知らない。日本がBS放送を始めた理由は、日米貿易摩擦で米国からの輸入を増やさなければならない時に、米国が打ち上げをやめたBSを買ってきたからだ。

    衛星放送にはBS(放送衛星)とCS(通信衛星)の2つがあり、出力の大きいBSは打ち上げに金がかかる。CSはそれより安く打ち上げられるが出力が小さい。デジタル技術が登場する以前はCSを受信するのに大きなアンテナが必要だった。家庭の小さなアンテナで受信するにはBSでなければならなかった。

    米国はBSを打ち上げようとしたが、デジタル技術の登場によりコストの安いCSで衛星放送を始めた。しかもCSでは100チャンネル程度の「多チャンネル放送」が可能である。コストが安いため視聴者の負担も軽減される。米国のテレビ界にはベンチャーが新規参入し、地上波の既存勢力と棲み分けることになった。

    ところがその頃、日本ではNHKとソニーがハイビジョン放送で世界をリードしようとしていた。そしてハイビジョンはアナログでなければ駄目だと言われた。日本はデジタルに向かわず、アナログハイビジョンに力を入れ、世界の流れから取り残される。ソニーは世界に冠たる放送機器メーカーだったが、デジタルに乗り遅れてその地位を失った。

    一方でその頃、海軍出身の中曽根元総理とそのブレーンである元陸軍参謀の瀬島龍三氏が、戦前の日本を復活させようと考えていた。戦前の日本には世界から情報を収集し、同時に世界に日本を発信する国策会社があった。同盟通信という。しかし戦争に負けると占領軍は同盟通信を戦争推進の媒体として解体し、共同通信、時事通信、電通の3社に分割した。それを復活させようというのが中曽根―瀬島の野望だった。

    そこで目を付けたのがNHKである。NHKを世界に冠たる放送局にして、情報収集と情報発信の任務を負わせようと考えた。そのため米国が打ち上げをやめたBSを買ってきてNHKに打ち上げさせた。名目は難視聴対策である。離島には電波が届かないのでBS放送をやると説明された。

    しかしそれは嘘であった。NHKが始めたBS放送は地上波放送と内容が異なる。難視聴対策なら地上波と同じ放送をすべきなのに、映画やメジャーリーグ中継など地上波とは別の放送が始まり、料金も地上波とは別に取る。そこからNHKの肥大化が始まった。

    一方で総務省は米国のような多チャンネル放送のスタートを遅らせた。国民の多くがBSに加入するのを見届けて、CS放送やケーブルテレビなど多チャンネル放送をスタートさせた。そのため新規参入業者のいる多チャンネルは最初から苦戦を強いられた。

    チャンネル数に限りのあるBS放送に参入できるのは、NHK以外では民放や新聞社を後ろ盾とするチャンネルである。要するに日本では既得権益が優先され、新規参入業者には高いハードルが設けられた。

    それではBS放送によって、中曽根元総理や瀬島龍三氏が考えた戦前の同盟通信と同じ機能をNHKが持ちえたかと言えば、それは違う。NHKがBS放送を始めた頃の島桂次会長は、世界的なニュースネットワークを作る野心を抱き、CNNのようにNHKを民営化しようとした。

    ところが島会長は自民党の野中広務逓信委員長に首を切られる。BS打ち上げを巡り、国会で嘘を言ったと追及され、副会長の海老沢勝二氏に交代させられた。その迫力に旧郵政官僚は恐れをなし、NHKも野中氏の足元にひれ伏したが、しかしその海老沢時代にNHKの不祥事が噴出する。

    BS放送によって肥大化したNHKは、BS放送と同時に民間子会社を持つことが認められ、金にまつわる数々の不祥事を引き起こした。それに国民が怒り、受信料不払い運動が起き、海老沢氏も会長を辞めざるを得なくなる。BS放送を始めた目的はまったく達成されていない。

    それでも世界に例のないBS放送が日本では続いている。いずれはネットの世界に飲み込まれていく運命と思うが、それまでは政治家と官僚と既得権益の間で電波利権を巡る争いが繰り返されていくのだろう。

    一方で、NHKをコントロールすることが権力強化につながるとの考えが、歴代の政治権力に引き継がれている。中曽根元総理は自分の派閥担当記者をNHKの中で出世させ、NHKをコントロールしようとした。野中広務氏はNHK会長の首を切ることで周囲を恐れさせ、そこからスタートして政界に君臨した。

    そして自民党内に政権基盤を持たない菅総理も、人事権を駆使して総務官僚をコントロールし、またNHK改革を行う構えを見せてNHKを自在のまま操ろうとした。しかし今、長男と総務官僚の接待問題でそのすべてを失いかねない危機に陥っている。

    権力者の有為転変は世の常だから、それに一喜一憂する必要もないが、しかし権力闘争の背後にある目に見えない電波利権について、新聞とテレビは既得権益の中にいて誰も物を言わない。しかしここにこそ光を当てないと、日本は世界の流れから取り残される。



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    ■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧


    <田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
     1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。

     TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。

  • 田中良紹:コロナ禍を克服するために学ぶべき世界観

    2021-02-03 12:32
    2月7日に解除予定だった11都府県に対する緊急事態宣言が、栃木県を除いて1か月間延長されることになった。感染者数は減少傾向にあるものの、まだ安心できるところに至っていない、また医療のひっ迫状況も続いているというのが理由である。

     まず医療のひっ迫状況が声高に言われることに私は違和感がある。日本の感染者数は欧米と比べて圧倒的に少ない。米国の40分の1程度でしかない。感染者がそれほど少ないのに日本の医療が崩壊するというのは考えられない。どこかにミスマッチがあるからとしか思えない。

     月刊誌『選択』の記事によれば、大学病院が新型コロナの特に重症患者を引き受けていないからだという。例えば東大病院は病床数が2226床で医師数は940人いるのに、1月7日時点で重症患者の受け入れはわずか7人である。そこが各国と異なる。各国では大学病院が重症患者を100人以上は受け入れるのが普通だと書かれてある。

     菅政権は今回の緊急事態宣言を、飲食店に限定した営業時間の短縮要請が一定の効果を上げた成功例と総括し、もうしばらく続けてさらに効果が上がる形にしたい。そこで3月まで延長し感染者数を劇的に減少させ、東京五輪開催に明るい見通しが出てくるようにしたい。

    『選択』にはもう一つ興味深い記述がある。それは風邪のウイルスである季節性コロナの流行時期だ。冬は11月から増え始め1~2月がピークになる。新型コロナウイルスは季節性コロナウイルスではないが、しかしコロナの一種ではある。だから新型コロナも1月末から2月初旬にピークを迎え、その後は自然に収束する可能性があるというのだ。

     3月7日までの宣言延長は、東京五輪開催に向けて劇的なコロナ収束を演出するためのものかもしれない。そのために飲食店に限定した自粛要請が行われ、それが成功したかのように見せかけるが、実際にはコロナの流行が自然に収束する時期に合わせただけかもしれないのだ。

     しかし緊急事態宣言が功を奏して感染者数が劇的に減少しても、それでコロナウイルスがこの世から消えるわけではない。コロナウイルスは生き続け、いつでもまた我々を襲ってくる。

     欧米が行っているロックダウン(都市封鎖)も日本の緊急事態宣言も、コロナウイルスを絶滅させるためではなく、我々が抵抗できる体を獲得するまでの「時間稼ぎ」だ。一時的に人間らしい行動を抑制して感染爆発を防ぐ。

     しかし人間らしい行動を抑制すれば人間社会は壊れていく。経済は崩壊し、社会そのものが成り立たなくなる。ウイルスで死ななくとも、死に追い詰められる人間が大勢出てくる。従ってロックダウンも緊急事態宣言もいつまでも長引かせるわけにはいかない。

     いつかは解除されるが、解除されれば感染は必ずぶり返す。するとまたロックダウンせざるを得なくなる。そしてまた解除される。それを繰り返しているのが現在の世界であり、日本である。

     このロックダウンという手法を、イタリア在住の作家塩野七生氏がテレビのインタビューで批判していた。塩野氏は古代ローマやベネツィアの歴史を数多くの本に著してきたが、現代の政治家は歴史に学んでいないという。ペストが流行した時にベネツィアは経済活動を止めなかった。

     やったことは検疫と隔離である。病にかかった人間を40日間離島に隔離し、そうでない者は平常通り経済活動を行った。海上国家ベネツィアは交易でしか生きられない国家だったからだ。それに比べて現代の政治家たちがロックダウンを繰り返すのは知恵がないと塩野氏には映っているようだ。

     私も昨年のコロナ発生当時から検査と隔離が一番と考え、欧米のロックダウンには違和感を覚えた。一律にすべてを止めれば、感染が一時的には減るだろうが、マイナス効果も大きい。政治の知恵が感じられない。そのため唯一ロックダウンをしなかったスウェーデンのやり方を私は支持した。

     スウェーデンはコロナに弱い高齢者を隔離し、それ以外の人間は集団になることを禁じただけで、あとはそれぞれの自覚に任せた。その結果、死者数が周辺諸国より多くなり、厳しい批判にさらされたが、それでもロックダウンは行っていない。しかしスウェーデンに対する圧力の強さは凄まじく、私はその圧力の背景に何かあるのではないかと疑問を感じた。

     ニッセイ基礎研究所は、感染拡大防止と経済の両立という観点で、世界各国の対前年比GDPを縦軸に、人口当たりのコロナ死者数を横軸にしたグラフを作成している。上に行けば経済が良いことになり、左に寄れば死者数が少ないことになる。

     それを見ると、日本より経済もコロナ対策も優れているのは台湾、韓国、中国、ベトナムで、日本は欧米に比べれば経済もコロナ対策も断然優位にある。対前年比GDPで日本を上回る欧米諸国はなく、日本はドイツ、スウェーデン、米国と肩を並べるが、死者数ではドイツの方が多く、スウェーデンや米国に至ってはさらに多い。

     コロナ対策で評価の高いニュージーランドは死者数で日本より優位だが、対前年比GDPでは日本より下になる。英国、フランス、イタリア、スペインなどの欧州諸国は対前年比GDPでもコロナ対策でも日本よりかなりひどい。それが世界各国と比べた日本のコロナ対策と経済の両立の現在地だ。

     ところが日本のメディアはコロナの恐怖をことさら煽り、物事を冷静に考えるより感情に訴える報道を繰り返す。特に連日感染者数だけをグラフにして「こんなに増えた」と視覚に訴える報道には辟易する。

     検査を増やせば感染者は増える。減らせば減る。発表するなら検査数と何人にうつしているかを示す実効再生産数を同時に示さなければならないのに、グラフで示すのは感染者数の増減だけだ。そして欧米の窮状と並べて「大変だ」と騒ぐ。日本は医療制度も生活習慣も食生活も欧米と違うので同列に考えること自体がおかしい。

     騒ぐ理由は明白だ。それをやれば金が儲かる。テレビなら視聴率が上がる。新聞なら部数が増える。そして「命を守れ」と正論を吐けば拍手喝さいされる。私もテレビの仕事をしてきたので「コロナは商売のチャンス」と思う気持ちはよく分かる。だからこそ毎日露骨な金儲け番組を見せられると嫌になる。

     人類と感染症との闘いは、人類が1万2千年前に農業を始めた時からだと言われる。森林を切り開いて畑を作り、自然の中で生きてきた動物を家畜にして狭い空間に閉じ込めた。そこから人類と距離のあったウイルスが動物を介して人類と接触するようになる。

     人類は様々なウイルスを克服してきたが、ウイルスを絶滅させたのではない。WHO(世界保健機構)が絶滅したと宣言したのは天然痘だけだ。そのため1976年以降予防接種は廃止された。ところが2001年9・11の同時多発テロによって米国は天然痘ワクチンの備蓄を始め、製造可能な状態を維持している。生物兵器として使用される可能性があると考えているからだ。だから絶滅したとは言えないかもしれない。

     人類がウイルスを克服したのは、ウイルスに抵抗できる免疫力を人類が獲得してきたからだ。ワクチンはそのための有力な手段だが、それ以外にも方法はある。免疫力を高める生活を送ることだ。入浴して体を温める。良く寝る。ストレスをためない。そして食生活に気を付ける。

     コロナ対策として日本では、三密の回避、マスク着用、手洗いの励行、そして自粛が奨励されるが、コロナ禍が深刻な欧米ではそれに加えて、食生活の見直しが議論されている。肥満が免疫力を押し下げ重症化リスクを高めているからだ。日本でも死亡例が2人しかいない20代で死亡した男性は基礎疾患はないが肥満だった。

     肥満の原因の多くは高カロリーで栄養価の低いジャンクフードの食べ過ぎである。米国では貧困層ほどジャンクフードを食べて肥満が多い。それが世界最大の死亡者数の原因とみられている。

     資本主義的農業は自然環境を破壊して無理に農地を拡大させ、それが生態系を破壊してウイルスを人間社会に導き入れた。そして利益を得るために農薬や遺伝子組み換え技術が農業に取り入れられ、免疫力を下げる食物が安価で消費者に提供される。そのシステムを考え直さないとコロナ禍とその次に来るウイルスを克服することはできない。

     私は80年代初めに、コメを食べない米国が水田面積を増やしているので、米国のコメ作りを取材したことがある。増やしていた理由はコメが戦略物資だからだった。朝鮮戦争もベトナム戦争もコメを食べる地域での戦争だ。中東地域もコメを食べる。だからコメを作ることは米国にとって戦略的な意味があるという。

     食料は人間の健康を維持するものだと思っていた私には異次元の話だった。食料を他国を従属させる道具に使う。農業を大規模化させ工業化すればするほど利益は上がる。だから遺伝子を組み換えてでも利益の上がる作物を作る。そうした米国の考えをこの時に知らされた。

     同時にその頃、米国では「マクガバン・レポート」と呼ばれる報告書が話題になっていた。共和党のフォード大統領が米国人の肥満とがんの多さを問題視し、民主党のマクガバン上院議員が世界から専門家を招き上院の委員会で膨大な報告書を作成した。

     結論は「肥満とがんは米国人の食生活に問題がある」というものだった。肉、卵、乳製品、砂糖などの取り過ぎが良くないとされ、最も理想的とされたのは昔の日本人の食生活だ。例えば玄米に味噌汁、頭から食べられる小魚、海苔の佃煮というレシピである。玄米は完全栄養食品、味噌汁は発酵食品、小魚にはカルシウムやたんぱく質があり、海藻類にはミネラルが含まれる。

     このレポートが発表されると、米国の金持ち階級の婦人たちの間で「海苔巻きパーティ」が流行した。日本人はコメを食べると太ると考えるが、米国人はコメはベジタブルという感覚で太るとは考えない。だから海苔巻きはとてもヘルシーな料理なのだ。

     今回のコロナ禍でも欧米の研究者は、韓国のコロナ対策の成功はキムチを食べる習慣があるからだと指摘した。つまり発酵食品が免疫力を高める。先ほどのニッセイ基礎研究所のグラフに戻れば、コロナ対策と経済の両立に優れているのは台湾、韓国、中国、ベトナムといずれも東アジアの国々である。

     いずれは研究者が欧米の感染爆発と東アジアの成功例を比較して、何が原因かを示してくれるだろうが、私は発酵食品を多く摂ることがその一つではないかと考えている。そして欧米ではコロナ禍を機に資本主義的農業政策から小規模有機農業や地産地消、そして自給自足体制の促進が検討されている。

     それは世界的な「気候変動問題」の解決と「グリーン革命」の波に乗って地球環境にやさしい生き方を志向するということだ。次から次に現れるウイルスを克服していくにはそれしかないと私も考える。コロナ禍がもたらしたのはそうした価値観の転換である。

     昨年、WHOによりコロナのパンデミックが宣言されると、多くの国は国境を閉鎖した。その時私は4割を切る日本の食料自給率を考えた。先進国の中でそれだけ低いのは韓国と日本しかない。農産物の輸入が途絶えたらどうなるかを心配した。しかしそんなことを考える日本人はほとんどいなかった。

     みな東京五輪がどうなるかを心配していた。そして東京五輪の成功のためなのか東京都の感染者数はずっと低く抑えられた。東京五輪延期が決まってからようやく感染者数が上昇する。おそらく緊急事態宣言が延長されると、菅政権は劇的な減少を演出するため検査を縮小する可能性がある。

     しかし「2050年カーボンニュートラル」を宣言した菅政権がやるべきは、小規模有機農業の促進や地産地消の奨励、そして自給自足体制への努力ではないか。「グリーン」を目指してウイルスを克服する社会を作ることではないか。

     緊急事態宣言を巡る動きを見ているとそれよりも政局の臭いがする。政略としての延長に見えてしまうのだ。




    ■オンライン田中塾開催のお知らせ

     コロナ禍は我々の暮らしを様々な面で変えようとしていますが、田中塾も2020年9月から新しい方式で行うことにいたします。5月の塾に参加された方からの提案で、9月からオンラインで塾を開くことにしました。これまで水道橋の会議室で塾を開催しましたが、今後はご自宅のパソコンかスマホで私の話を聞き、チャットなどで質問することが出来ます。入会金3000円、年会費3000円の会員制で、年6回、奇数月の日曜日午後の時間帯に開催する予定です。会員の方だけにURLをお知らせしますが、同時に参加できなくとも、会員は後で録画を見ることも出来ます。

     5月の塾には日本に一時帰国中のロンドン在住の方がお見えでしたが、これからは遠方にいても参加が可能です。また顔を見合わせて話をしたい方がおられましたら、要望次第でリアルの塾も別に企画しようと思っています。

     コロナ後の世界がどう変化していくか皆様と共に考えていきたい。そのようなオンライン田中塾になるよう頑張ります。どうかオンライン田中塾への入会をお待ちします。入会ご希望の方は、下記のフォームからご入力ください。

    【入会申し込みフォーム】

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    ■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧


    <田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
     1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。

     TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。