日本でも、年内にみすず書房から邦訳が出版されることになっているが、それに先だって経済誌で相次いで「『21世紀の資本論』が問う中間層への警告」(週刊東洋経済7月26日号)、「資本主義をとことん考えよう」(週刊エコノミスト8月12日合併号)などの特集が組まれ、新聞でも著者へのインタビュー「新しい資本論」(6月14日付朝日オピニオン欄)、解説記事「格差拡大の構造警告」(8月17日付東京・こちら特報部)など大きく取り上げられている。また新左翼系の雑誌「情況」7・8月合併号も「資本とは」という特集を組み、マルクス『資本論』との関わりでピケティを論じている。
欧文で700 ページに及ぶこの大著で、著者のピケティが言わんとしているのは、荒っぽく要約すれ点である。
(1) 資本収益率(株、債券、不動産などへの投資によって得られる利益の成長率)は平均5%で、経済成長率の平均2%を上回っており、資本を多く持つ富裕層にますます多くの富が集中する反面、労働賃金だけで暮らしている普通の人々の富は大して増えず、格差と不平等はどんどん広がってきたし、今後も広がる。
(2) この格差は、裕福な親から子への資産の世襲相続によってさらに拡大する(世襲資本主義)。個々人がどのような知識を身に着け、どのような職業に就くかではなくて、誰の子供に生まれるか、誰と結婚するかが所得を決定する。
(3) これに歯止めをかけるには、資本に対するグローバルな課税を実現する以外にない。
資本家が労働者を貪欲に搾取して自己増殖的に肥え太り、その分だけ労働者は搾取され貶められて疲弊せざるを得ないというだけのことであれば、150 年前にカール・マルクスが『[19世紀の]資本論』で原理的に解明していたことで、何ら新味はない。が、ピケティの業績の画期的なところは、過去3世紀にわたる主要な資本主義20カ国の膨大なデータを15年もかけて徹底的に収集して、世界的な格差拡大の傾向を疑いの余地なく数字で実証して見せたことにある。彼が用いた主な指標は資産/所得比率と高額所得者の所得/総所得比率の2つである。
しかし、ピケティの議論の欠陥は、格差拡大という現象をデータで実証しただけで、なぜそうなるのかという構造的な分析に踏み込んでいないことである。水野和夫=日本大学教授は、ベストセラー『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)で詳述していることだが、16世紀以来の資本主義は「中心」から「周辺」へとひたすら地理的に外延化し、行く先々の途上国・未開発国から資源を簒奪しつつ輸出市場を拡大して膨張してきたが、冷戦終結で旧共産圏を、さらには最貧状態にあるアフリカ大陸までもグローバル化の波に呑み込んだ後ではもはや開拓すべき周辺=実物投資空間は存在せず、利潤率とそれとほぼイコールの利子率は拡大する余地がなくなったと指摘している。そうるすと、それでもなお自己増殖を止めない凶暴な資本は、国内に目を向けて自国の中間層や貧困層を痛めつけようとする。そこに、先進国共通の格差拡大問題の本質がある。
※INSIDER No.7478より一部掲載。全文は「高野孟のザ・ジャーナル」を有料購読してお読み下さい。
<高野孟(たかの・はじめ)プロフィール>
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊。2002年に早稲田大学客員教授に就任。05年にインターネットニュースサイト《ざ・こもんず》を開設。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。