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田中良紹:連休に硬骨外交官の『回想録』を読み直した
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田中良紹:連休に硬骨外交官の『回想録』を読み直した

2015-05-07 11:30
    安倍総理の訪米で幕を開けた今年のゴールデンウィークに『村田良平回想録』上下巻(ミネルヴァ書房)を読み直した。村田氏は外務事務次官や駐米大使を歴任した大物外交官だが、戦後日本の従属一辺倒外交を批判し、日米核密約の存在を証言した硬骨の外交官として知られる。

    また憲法改正や集団的自衛権の行使を認め、中国や韓国に対する謝罪のしすぎを批判した事から安倍総理の外交姿勢に与えた影響を指摘する声もある。

    私が外務省担当記者の頃、村田氏はオーストリア大使で直接取材をする機会はなかったが、1990年にアメリカの議会中継専門テレビ局C-SPANと提携して米議会情報を日本に配信する事業を始めた頃、駐米大使が村田氏であった。その頃の日本はアメリカにとってソ連を上回る脅威であり、アメリカの新聞とテレビは日本経済がアメリカに失業と貧困をもたらすと盛んに日本批判を繰り広げていた。

    その中で全米のケーブルテレビ1千局に配信されるC-SPANは、「あるがままをあるがままに報道する」という哲学を持ち、全く編集と解説を行わないテレビ局で、それならば日本の主張はそのまま報道される。特にドイツ語が専門の村田大使が英語をおかしく編集されては困ると考えた外務省がC-SPANを利用することになった。

    村田大使だけでなく外務報道官もワシントンを訪れれば必ずC-SPANに出演して日本の主張を全米七千万世帯のケーブルテレビ視聴者に訴える。そうした活動のささやかなお手伝いをさせてもらったが、村田氏にとって駐米大使の仕事は楽しいものではなかったようだ。

    特に湾岸戦争で日本が人的貢献をしなかった事が米国民やメディアから批判され、増税までして巨額の財政貢献をしたにもかかわらず、日本は全く感謝されなかった。アメリカ政府は本音では財政貢献を評価していたが、しかし反日感情をあえて抑えない事で将来の日本に対する圧力の材料を作った。

    その背景にはアメリカに脅威を与える日本経済への妬みがあり、それがその後の在日米軍駐留経費の増額要求につながる。湾岸戦争後には在日米軍経費の7割以上を日本政府が負担させられる事になり、さらに村田氏の『回想録』によれば湾岸戦争とは関係のないコメの交渉にまで湾岸戦争がらみの対日不満が現れたという。

    サンフランシスコ平和条約で日本が独立した年に外務省に入省し、ドイツで研修と外交官生活をスタートさせた村田氏は、戦後同じ立場から復興を目指す日本とドイツを複眼で見ながら対米関係を考えてきた。すると日本とドイツの差を否応なく感ずる事になる。

    基本法(憲法)を何度も改正しているドイツと全く憲法改正しない日本、教育制度の変更に抵抗したドイツと占領軍の要求通りに受け入れた日本、そして特に冷戦後は対米独立の度を高めるドイツと従属の度合いを益々強める日本、それが対比されることになる。

    村田氏が憲法改正、特に前文と9条2項の欺瞞性を指摘し、同時に「集団的自衛権を持ってはいるが行使できない」とする内閣法制局の見解を批判、また東京裁判を公平、公正な裁判とは言えないと否定し、平和条約の締結によって日本は過去の罪をあがなったのでそれ以上の謝罪は不必要とするなど、村田氏の考えは安倍総理の外交姿勢に影響を与えたとの指摘がある。

    しかし村田氏に貫かれているのは、敗戦国に対する戦勝国の理屈に合わない横暴に対する怒りである。その怒りは理屈に合わない横暴を唯々諾々と受け入れて保身を図る一部の日本人にも向けられる。日本は孤立を恐れず誇りを持てという所に村田氏の考えはある。

    例えば憲法9条2項で日本は戦力と交戦権を持たないと規定されている。それはアメリカが日本の軍事力を根こそぎなくそうと考えたからである。それが全く平和目的でない事はすぐに証明される。冷戦が起こるとアメリカは180度逆のことを要求してきた。国に自衛権があるという理屈で自衛隊が作られたのである。しかし戦力を持たず交戦権もないのに、どうして自衛できるのか。憲法を変えない限り個別的自衛も集団的自衛もただの欺瞞である。

    従ってアメリカは憲法改正を要求してきた。すると吉田元総理は憲法改正を拒み経済復興を優先させた。そのため日本は防衛を米軍に頼る事になり、国家が独立しても米軍基地がなくならない永続被占領国となる。そして欺瞞だらけの憲法体制が続く事になる。

    欺瞞を生み出したのは冷戦だが、しかし冷戦のおかげで日本は経済大国になれた。朝鮮戦争とベトナム戦争から巨利を得る一方、軍事負担を韓国と台湾に押し付け、アメリカを凌ぐ経済成長を成し遂げた。従属国家でありながら金だけは儲けた。

    ところが冷戦が終わり、その欺瞞が続かなくなる時に、日本はギアチェンジを忘れていた。各国が新世界秩序を模索するとき、日本だけは冷戦時の体制を見直すことなく、漫然と平和の訪れを夢想していた。

    そこにアメリカがつけ込む。「年次改革要望書」によって日本型資本主義を徹底的に解体し、日本の利益をアメリカが吸い上げる仕組みを作り、一方で北朝鮮の核と中国の台頭を実態以上の脅威と宣伝して、アメリカの軍事戦略に深々と組み込むことにしたのである。

    当時米議会の議論を見ていた私は冷戦の終焉が重大な転換点になると訴えて歩いたが、日本の国会は「政治とカネ」の問題にかかりきりで、霞ヶ関にも冷戦後への対応を議論する様子は全く見られなかった。小選挙区制の導入を巡る政治改革だけに日本中の目が注がれていた。

    仮想敵としていたソ連が敵でなくなり、冷戦が始まった事で必要とされた米軍基地も日米安保条約も根底から見直す作業を日本政治は行わなければならなかったのに、それを誰も言いださなかった。

    米議会ではそれと対照的にCIAの存続や米軍の配置を根本から見直した。CIAは廃止するのが当たり前という前提から議論が始まり、2年がかりで出した結論は、さらなる強化が必要というものだった。その間に冷戦後の世界がどうなるかをアメリカの国益という視点で様々な角度から議論していた。議論を見て国家とか政治というものを初めて実感させられた気がした。

    冷戦の終焉を全く議論しないままにしてきた日本は、アジアにだけは冷戦が残っているとアメリカに言われると、それ以前の意識と何も変わらなくなり、日米安保条約も被占領体制もそのままとなったが、それを誰も不思議に思わない事が私には不思議だった。その延長上に憲法改正をすることなく集団的自衛権を行使してアメリカの言いなりになろうとする安倍政権の姿がある。

    安倍総理の外交姿勢には確かに村田氏の主張と重なるところはある。しかしベースの部分が全く異なっていると私は思う。「年次改革要望書」に代わるTPPとアメリカの要求通りの安保法制の実現を手土産に、アメリカを訪問して持ち上げられた安倍総理の外交姿勢を、泉下の村田氏なら何と言うか聞いてみたいと思いながら『回想録』を再読した。

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    ■《乙未田中塾》のお知らせ(5月25日 19時〜)

    田中良紹塾長が主宰する《乙未田中塾》が、5月25日(月)に開催されることになりました。詳細は下記の通りとなりますので、ぜひご参加下さい!

    【日時】
    2015年5月25日(火) 19時〜 (開場18時30分)

    【会場】
    第1部:スター貸会議室 四谷第1(19時〜21時)
    東京都新宿区四谷1-8-6 ホリナカビル 302号室
    http://www.kaigishitsu.jp/room_yotsuya.shtml
    ※第1部終了後、田中良紹塾長も交えて近隣の居酒屋で懇親会を行います。

    【参加費】
    第1部:1500円
    ※セミナー形式。19時〜21時まで。

    懇親会:4000円程度
    ※近隣の居酒屋で田中塾長を交えて行います。

    【アクセス】
    JR中央線・総武線「四谷駅」四谷口 徒歩1分
    東京メトロ「四ツ谷駅」徒歩1分

    【申し込み方法】
    下記URLから必要事項にご記入の上、お申し込み下さい。
    http://bit.ly/129Kwbp
    (記入に不足がある場合、正しく受け付けることができない場合がありますので、ご注意下さい)

    【関連記事】
    ■田中良紹『国会探検』 過去記事一覧
    http://ch.nicovideo.jp/search/国会探検?type=article


    <田中良紹(たなか・よしつぐ)プロフィール>
     1945 年宮城県仙台市生まれ。1969年慶應義塾大学経済学部卒業。同 年(株)東京放送(TBS)入社。ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、 警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。1990 年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。

     TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。主な著書に「メディア裏支配─語られざる巨大メディアの暗闘史」(2005/講談社)「裏支配─いま明かされる田中角栄の真実」(2005/講談社)など。
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