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「岡田斗司夫のドイツ旅行記1 “アザム教会の歪んだ真珠”」
目的は“ニュルンベルクの国際玩具見本市”という、新製品のオモチャばかりが集められた見本市なんですけど。
ニュルンベルクでは、この時期、とにかく宿が取れないんですよね。
現地で合流した海洋堂のセンムからも、去年の9月くらいから、「早くホテル取らな、絶対に取れませんで!」って言われてたんですけど。
僕は、去年の30日か31日くらいに、「ニュルンベルクでトイショーがあるんだ! 行きたい!」と、パッと思いついて行くことになったので。
その段階ではニュルンベルク市内のホテルが、一泊10万円とか15万円くらいの部屋しか残ってなかったんですね。
なので、近場のミュンヘンという所に泊まることになりました。
ニュルンベルクまでは電車で1時間くらい掛かるけど、「まあいいや」と思って、見本市には1時間かけて通うことにしたんですよ。
これが、僕が泊まったミュンヘンという街です。
ところが、この街って、実はあんまり古くないんですよ。
というのも、戦争で徹底的に破壊されてしまって、その後に再建した街だからなんですよね。
元々は、バイエルン王国の首都でした。
今のドイツという国家に繋がる、ヒトラーとかが第2次大戦をやることになったドイツ国というのは、実は、20世紀になってから誕生した、日本より歴史が浅い国なんですね。
ドイツ国になる前は、ドイツ帝国という、61個の王国とか公国とか小さい国をまとめた帝国でした。
でも、そのドイツ帝国にしても、1850年くらいに出来たとかで、「お前、明治維新とそんなに変わんねえじゃないか!」っていうくらいのもんで。
その前は、もう本当に、バラバラの国だったんですよ。
そんなバラバラの国の中で、プロイセン王国というのが一番大きな王国だったんですけども、そのプロイセン王国の次に大きかったのがバイエルン王国なんです。
ミュンヘンというのは、その首都だったところなので、昔から、すごく賑やかな都市だったんですね。
まあ、日本でいえば大阪みたいなところだったんですけども。
そんなミュンヘンという都市に泊まっていました。
間口が狭くて奥行きだけがあるお店って、時々あるじゃないですか。完璧にそれなんですよ。両隣には、普通のビルが建っていて、間にアザム教会というのが収まっているんです。
「人類の宝」みたいに言われてるんですけど、メチャクチャ小さいんですよ。
それも、18世紀の半ばに、です。本当に明治維新の頃ですね。
ヨーロッパは産業革命がもう終わりかけている時代なんですけども。そんな時期に“バロック式”の教会を作っちゃったんですよ。
「バロックとは“歪んだ真珠”という意味だ」とよく言われてるんですけども。
これは、僕が撮ってきた写真なんですけど、もう、とにかく装飾過多なんです。
すべてのものが歪んでいて、もう、ギッチリバッチリ作り込んである。
ゴシック建築も作り込みが細かいんですけども、バロックというのは、その比ではないんです。
これについては、去年も説明しましたね。
そんな、「とにかく、キリスト教というのを目で見てわかるようにしよう!」という文化だったんですけど、これが流行った おかげで怪しげで怖い教会がヨーロッパ中に作られたんです。
ところが その後、ルネッサンスという「ギリシャやローマ時代に帰ろうじゃないか!」という運動が起こりました。
すべての壁を平らにして、アーチも綺麗に同じものにして、そういった同じ形の繰り返しで、調和というものを表現しようというものなんですね。
同じ形の柱が並んでいるだけで、「これのどこが世界遺産なんだ?」って思うんですけども。
実は、あれは、「同じものが繰り返される」という、自然界にはありえない調和を見せるものなんですね。
その後、長い混乱を経て、ゴシックという装飾過剰なものがヨーロッパに現れたんですけど。
そのゴシックを倒すべく、「もう一度、ローマ・ギリシャのシンプルな文明に戻ろう!」というのがルネッサンスなんです。
そして、このルネッサンスを「あんなもん、超つまんねえ!」って言って、大否定したのがバロックなんです。
ルネッサンスによって、ヨーロッパ中がシンプルでモダンな建物ばっかりになったので、「そんなものつまんねえ! だからといって、ゴシックみたいな古臭いのもイヤだ! 今、俺達に出来るのはこれだ!」と言って出てきた、ピカピカで豪華でやり過ぎなものがバロックだと思ってください。
日本でいうと、鎌倉時代から戦国までの、シンプルなものを良しとする武士の文化みたいなものがルネッサンスなんですよ。
それに対してバロックというのは、一斉に花開いて、なんか、ものすごい派手になったんだけども、あっという間に徳川家康に弾圧されて終わってしまうという、“安土桃山文化”みたいなものだと思ってください。
このアザム教会というのは、バロック文化が頂点に達した時代に作られたものじゃないんですよ。
バロック文化の後、つまり、安土桃山時代をかろうじて知っていた、江戸時代の節約とかが嫌になってきた中で生まれた“元禄時代”みたいなものだと思ってください。
実は、バロックが登場した時代というのは、日本では関ヶ原の戦いあたりの時代で、日本の文化とヨーロッパの文化って、時期的に微妙に重なってるんですね。
信長は、西洋の書物とかイラストというのを面白がって取り寄せていたそうなんですけど、この時点でのヨーロッパには、すでにバロックの兆しが現れてるわけです。
だから、それに影響された信長の服っていうのも、ちょっと面白かったりするんですよね。
「命の糸を悪魔に切られかけてビビっている天使」とか、「首に鎖をつけられてビビっている天使」とか、表情がとにかく過剰で、宗教が持っている抽象性というのがないんですよね。
ものすごく面白かったです。
「え?!それってどういうこと?」「そこのところ、もっと詳しく知りたい!」という人は、どんどん、質問してみて下さい。
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コメント
コメントを書く偶然の一致だとかというより、世界中が400年周期の太陽活動の停滞で経済停滞して装飾やってる場合じゃなくなってるだけでは