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「『ハウルの動く城』に隠された二重構造 “女性向けのロマンスと男性向けの家庭論” 」
つまり、これを見て感動する人はメチャクチャ感動するんだけど、文句を言う人はいっぱい文句を言うんですよ。
こういった、1つの映画の中に、子供にとっては「ハッピーエンドのすごく楽しい物語だった」と思えるような要素と、大人にとって「ああ、ちょっと切ないな」って思える要素の2つを取り入れる二重構造というのは、宮崎作品としては後期に入って初めて使われるようになったものなんです。
たとえば、『もののけ姫』では、「 “もののけ” たちの自然の世界と、鉄を作って自然を破壊する人間たちの世界の共存というのは、本来はありえないんだ」という対立構造があります。
しかし、『千と千尋』や、『ハウル』、『ポニョ』の辺りから二重構造に変わったんですよ。
なぜかというと、やっぱり対立構造で物語を作ろうとすると、どうやっても “楽しくて明るいハッピーエンド” をラストに持って来にくくなってしまうから。
なので、宮崎さんは、テクニックとしてはなかなか難しい二重構造で作品を作るようになりました。
たとえば、『千と千尋』では「最後、お父さんとお母さんが帰ってきてよかったね」というハッピーエンドを見せながら、「でも、なぜ千尋は “死の世界” に行き、そこから帰って来たのか?」という含みも持たせて、二重構造としての物語を描いています。
いわゆる恋愛、それも、女の人向けの恋愛モノの “お約束” の全てを満たした上で、ラストは「ソフィーは夢のマイホームを手に入れる」という、ものすごいハッピーエンドになっているわけですね。
一見するとお約束満載の乙女チックなロマンス話に見えるんですけど、もう一段深い層には「中年から老境に差し掛かる男の現実」という話を描いているんです。
男の夢とか男のロマンというのを全て否定しながら語る、宮崎駿なりの “家庭論” というのが入っていて、やっぱりこれも面白いんですよ。
「右と左」と言った方が正しいのかもわからない。
このロマンスの部分も、実は、割と分かりにくいんですよ。
だから、それが伝わる人、ロマンチックな恋愛モノをよく見ている人にとっては「あるある! すごい黄金パターン! 鉄板だ!」って喜べるんですけど。
見慣れない人にとっては「え? ハウルやソフィーの行動原理、さっぱり分かんない」となってしまって、恋愛映画としても楽しめない。
なので、これらを読みきれないと「『ハウルの動く城』って、つまらないよな」って思っちゃうんですよね。
でないと、俺ら男には、宮崎さんほどの乙女心がないから、よくわからないんです(笑)。
ちょっと信じられないと思いますけど、ご都合主義とか無茶な展開は、この物語の中に1つもないんですよね。それくらい計算されて構築してあるんです。
では、なぜそれが分かりにくいのか?
それは「この作品では、ほぼ全編に渡ってソフィーという主役の女の子の視点のみで語っているから」なんです。
1. 修道院から本国に戻る
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そしたら、エロいオヤジとの結婚を仕組まれていて、それが嫌で車で逃げだす。
だけど、途中で事故を起こして連れ去られ、塔に閉じ込められちゃった。
その次には “泥棒さん” が助けに来てくれるんだけど、落とし穴に落ちちゃった。
そして、泣いてたら自分の家庭教師の不二子が窓をぶち壊す。
その後で、泥棒さんがまた助けに来てくれたんだけど、罠にかかって殺されかけたので、仕方なくなんかエロいオヤジに降伏することにした。
それから先は、薬を飲まされていてよく覚えてない。
ハッと気がついたら、教会でウェディングドレスを着せられて、目の前で泥棒さんが殺された。
「いやー!」って言ってると、泥棒さんは実は生きていて、一緒に時計台に逃げたら、また捕まっちゃう。
夜が明けるとインターポールが来て、泥棒さんは「うわぁー怖いおじさんが来た」と逃げちゃう。
最後に、「好きです。連れてって!」と言ったんだけど、ダメ。「ああ、私は恋をしたんだな」で、終わる。
これくらい、1人の人間の主観だけで物語をまとめるのは難しいんです。
『ハウルの動く城』って、これなんですよ。
基本的にはソフィーの主観だけで描かれている。
だから、その端々から漏れ出てくる情報を観客側が積極的に読み解かないと、なかなか面白くならないんですね。
たとえば、『エヴァQ』ってありますよね?
新劇場版の今の所の最新作である『エヴァQ』が、なんであんなにわらかりづらいのかというと、実はあれは、ほとんど全て、碇シンジの視点だけで描いてるからなんです。
たぶん、視点をいろいろ動かして自由に描いていたら、もっとわかりやすく面白くなっていたはずなんですよ。
たった1人の視点だけで物語を語ると、主観的に深く入っていける文学っぽい作品になるんですけど。
ところが、その代わり、一旦「ここ、変だな?」とか、「わかりづらいな」と思ってしまうと、物語に乗り切れなくなってしまう。
そういう難しさが1人語りの映画にはあるんです。
『千と千尋』が、もう圧倒的で、ぶっちぎりに稼いだんですけど、その次にヒットしたのが『ハウルの動く城』。
だから、この作品を指して「敗戦処理」だなんて言ったと鈴木さんが聞いたら、ものすごく怒ると思うんですけど。
ただ、『もののけ姫』から続いて『千と千尋』もヒットしたように、それまでのジブリ映画って、基本的にずーっと上り調子だったんですよ。
「興行成績がまた良くなった!」「また良くなった!」というふうに、倍々ゲームみたいに売上も伸びていたんです。
だけど、この『ハウル』という作品で、初めて興行成績を落としたんです。
つまり、鈴木敏夫にとっては “認めたくない敗戦” なんですね。
だけど、これは宮崎駿が意地になった時に見せる、特有の “頑固ジジイの世迷言” で、この『ハウル』という映画は、本当に限界まで論理的に作ってあるんですよ。
僕も、改めて検証して、すごくビックリしたんですけど、隅から隅まで論理的なんですね。
つまり、そんなふうに言われた宮崎駿が本当に言いたかったのは「この映画の持っている論理性を見抜けないくせに、破綻してるとか論理的でないと言えてしまうようなヤツは、最初から映画なんか見るな!」ということなんですよね(笑)。
そして、これは同時に、もう一つの『まどか☆マギカ』なんじゃないか、とも思います。
『まどマギ』TV版のラストの展開を別の方向から描くと、『ハウルの動く城』になるんです。
今回は、そこら辺「ああ、宮崎さんって、すごいことをやったんだな」と改めて理解できるように紹介したいと思います。
ストーリー順に解説すると、どうしても有料の後半の方で種明かしをすることになるんですけど。
この後すぐに、今日の講義の全体の見取り図を出しますから、あとはもう、みなさんはその見取り図をスクリーンショットかなんかして、後で見てくれれば、わりと後半の展開まで読めるようにまとめました。
もちろん、後半では、有料版を契約してくれている人のために、この見取り図からは想像も出来ないほど、深く深く進んでいこうと思いますけども。
基本的に、前半で全ての見取り図を出そうと思います。
ここからエンジンを掛けて行きますから、頑張って付いて来てください。
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