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岡田斗司夫の毎日ブロマガ「【『億男』の感想とお金の話 1 】 “やりがいのための仕事” が “金のための仕事” に切り替わる瞬間を描こうとした意欲作」
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岡田斗司夫の毎日ブロマガ「【『億男』の感想とお金の話 1 】 “やりがいのための仕事” が “金のための仕事” に切り替わる瞬間を描こうとした意欲作」

2018-11-29 06:00
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    岡田斗司夫の毎日ブロマガ 2018/11/29
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    今回は、ニコ生ゼミ11月18日(#257)から、ハイライトをお届けいたします。

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     【『億男』の感想とお金の話 1 】 “やりがいのための仕事” が “金のための仕事” に切り替わる瞬間を描こうとした意欲作


     お金の話をするということで、今日は2冊の本を紹介します。


     1冊目は『億男』だね。

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     川村元気さんという人が書いた小説で、映画化もされた本です。

     僕が持っているのは文春文庫版なんだけど、今、主演俳優さんによってのバージョン違いとかもあって、今、2,3種類くらい別のカバーが出てるんだよな。


     この本に対する総論としては「小説なんだけど、何かを書こうとして、ちょっと書ききれなかった意欲作」というふうに僕は思っています。

     この「書ききれなかった」というのは、そんなに悪い意味じゃないんだけど。


     どんな話かというと……これ、ネタバレになっちゃうけども大丈夫かな?

     しょうがねえな、どうしようかな。

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     このヌイグルミが机の上にある間は、ネタバレな話をするからね。

    ・・・

     カズオという男が、すごい貧乏で苦しんでるんだ。

     なんでそいつが貧乏なのかというと、もともとは、そんなに悪い生活じゃなかったんだけど、人が良くて、弟の借金を背負っちゃったんだよね。

     その結果、奥さんと娘が出て行ってしまった。


     娘とはたまに会えるんだけど、そういう時にも、折角の誕生日なのに何もしてあげることができない。

     そういう貧乏な主人公という話を振っておいた後で「そんなカズオが3億円の宝くじに当たる」というところから話が始まるんですよ。


     3億円を貰って、銀行に行ったらちゃんと換金も出来たんだけど、何をしていいのかわからない。

     とりあえず、いつも食べてる牛丼屋に行って、大盛りを頼んで、その他にも味噌汁と卵とお新香、サラダもつけて食べたんだけど、「これが、あんなに自分が欲しかったお金のある生活なのか?」と自問自答することになった。

     そういう描写があるんだけど。

     こういったカズオの主観の描写がすごく秀逸なんだよね。


     シチュエーション自体は「貧乏人がいきなりお金を持って困惑する」という話なんだけど。

     それまでに、主人公の主観で「今、お金がないのがどんなに辛いか。この場合、辛いというのは、自分が辛いんじゃなくて、他人に何かしてあげられないことが辛いんだ」ということを、ずーっと書いているんだ。


     ここでの「牛丼屋に行って大盛りを頼んで~」という行動自体は、小説のアイデアとしてはわりと安直なんだけど、それを思いついた時、やってる時、後で「俺は3億円あったからといって、牛丼を大盛りにするくらいしか欲がない人間で、この欲のなさというのが自分が今失敗してる理由なんだろうな」と思い知る時のカズオの心情がものすごいリアルなんだよな。

    ・・・

     その結果、カズオは、かつての親友であるツクモというやつに会いに行く。

     「九十九」と書いて「ツクモ」。

     これで勘の良い人は分かる通り、「カズオ」は「一男」なんだ。
     
     そんな一の男が、ツクモという九十九の男に会う。

     その次は「百瀬」という百の男に会って、次は「千住」に会って、「万左子」という、かつての妻に会って……と、一、十、百、千、万というふうに続いて行き、最後は億男になるという構成になっている。


     さて、カズオは、かつての親友のツクモに会いにいくんだけど、ツクモは すでに何百億円と持っているIT企業の社長になっていて、今ではそのIT企業も売っぱらって大金持ちになってるんだ。

     「こんなことを相談できるのは、大学時代のただ1人の親友のツクモしかいない!」ということで、ツクモに会いに行って「俺、こんな金あるんだけど、何をすればいいんだろう?」と聞くカズオ。

     しかし、ツクモは「いや、お前は何もできない。失敗するよ。なぜかというと、お前はお金の正体がわかってない」と言われる。

     「お金の正体? それ、なんだよ?」と聞くと、「ああ、じゃあ、それを今から教えてやるよ」と言われて、一緒にパーティをやって、3億円をツクモの部屋に置いたままドンチャン騒ぎするんだ。


     しかし、次の日の朝に起きてみると、ツクモがいない。

     ツクモどころか、3億円もない。

     ツクモに3億円持って逃げられた。

     「一度は手にした3億円を持っていかれて、俺はどうしていいかわからない!」ということで、主人公のカズオは、ツクモのかつての友達であった人とか、もしくは一緒に仕事してた人達に次々と連絡を取りながら、一人ずつ会っていくことになる。

    ・・・

     まず最初に「十和子」という、かつてツクモと婚約してたんじゃないかという女の人に会う。

     彼女は、今はお金を憎みながら、お金と離れられない夫婦生活を送っている。

     次に会いに行った百瀬は、なんか競馬をやっててギャンブルに夢中なんだけど、ここでは「なぜ自分がギャンブルをやっているのか?」という、わりと深い話が入ってくる。

     その次に会う千住は、お金を欲しがる人へ向けての新興宗教というのをやっていて、その新興宗教との関係の中で、かつてのツクモがどんなヤツだったのかを語ってくれる。

     そういう旅をずーっとしながら、最後は…

     …まあ、大丈夫だよね。

     これからオチを話すんだけど。


     これって、江戸落語の『芝浜』なんだよね。

     財布を拾った男がいた。その男というのは、ろくに働きもしないで昼間っから酒ばっかり飲んでる人で、奥さんは「働け! いい加減にしろ!」って言ってるんだけど。

     そんな男が、ある日、大金の入った財布を拾っちゃった。大金持ちになったと思った男は、パーッと金を使おうと思って、ドンチャン騒ぎをするんだけど、翌朝、起きてみたら財布がない。

     「え? あの財布はどうした?」と聞くと、「何言ってんの? 夢でも見てたんじゃないの?」と奥さんに怒られる。


     「じゃあ、昨日のどドンチャン騒ぎの金をどうしたらいいんだ?」「もう頭下げるしかないよ」と、奥さんに尻を叩かれて、いろんなところに頭を下げて、ただでさえ借金まみれだったのに、ドンチャン騒ぎの借金まで背負っちゃった。

     それを何とかしようとしているうちに、ちょっとずつ、ちょっとずつ、本当にちょっとずつ真面目に働いたことによって、徐々に徐々に、それまで失っていた信用が回復して、最後には、1年後2年後くらいになって、ようやっと笑い話に出来るようになった。

     「いやあ、財布を拾った気になって、ドンチャン騒ぎに使っちゃったけど、今考えると、あれでよかった。あの時に尻を叩いてくれてありがとう」と言ったら、奥さんがポロっと泣き出して「本当にゴメンなさい。実は、あのお金は、あなたは本当に拾ってました。でも、おかげであなたはまともな人になってくれた。もう私は離縁されても結構です。何とでも私を罵ってください」と言って、小判がギッシリ入った財布を出した。

     すると、その男の人は……っていうような、人情味のある江戸話なんだよね。


     これがメインプロットで、そういう伏線も張られまくっているから、勘のいい人だったら「ああ、これ『芝浜』なんだ。じゃあ、どの段階でツクモが『お金のことがわかっただろう?』とカバンを持ってくるのかな?」って読めてしまう話なんだけど。

     でも、本当に、小説家としての物語のコントロール、お話のドライブがすごく上手いから、それを知ってても全然気にならない構造になってるんだ。


     ……もういいかな?

     よし、いいだろう。

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     これ、ただ単にヌイグルミをお菓子のケースに入れただけなんだけど、標本ぽくなって気に入ってるんだけどさ(笑)。

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    ・・・

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     この本のテーマは「お金の本質とは何か?」というもののはずだったんだよ。

     「お金とは何か、その解答を僕は知っている」「え? 僕は知らないんだ。ツクモ、教えてくれよ」というのがメインプロットになってるから、お金の本質を教えてくれるような気がするじゃん。

     でも、そこについては書いてないんだよ。

     だから、もう、ミスリードなの。


     たとえば、この小説の中には「ツクモという男がどうやってそんな巨万の富を生み出すIT企業で財産を得たのか?」ということは全く書いてないんだ。

     そういったプロセスは描かずに、お金を生み出した結果のみを書いてる。

     この本の最大のポイントは、そこなんだよね。


     どうやってお金を生み出すのか?

     それは他人に喜ばれるからお金が生み出されるわけなんだけど。

     だけど、最初は「こんな仕事がしたい」ということが、いつの間にか、「こういう仕事をして儲けよう」というふうに、利益やお金そのものが目的になっちゃう。


     この小説では「最初の目的は “仕事” だったのに、途中から “仕事で得られる利益” が目的になっちゃう」という、その瞬間を描いている。

     少なくとも描こうとしてるんだ。

     でも、不幸にして、作者自身が「自分が物を書いているのは、最初は売れることが目的じゃなかったんだけど、いつの間にか売れることを目的とするようになっていたな」という部分を掴む力が、やや弱いんだよな。

     だから、そこが書ききれていないので、お話全体が最後の方で横滑りしてしまう。

     そこは残念だけど、十分面白い本です。
     

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