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岡田斗司夫の毎日ブロマガ 2019/04/23
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今回は、ニコ生ゼミ04月14日(#277)から、ハイライトをお届けいたします。

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 【『風立ちぬ』完全解説 1 】 タイトルに隠された意味

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 それでは、『風立ちぬ』完全解説その1ですね。

 これは「風立ちぬ」というタイトルが出てくるところなんですけど。この「風立ちぬ」という言葉の意味は、言うまでもなく、次に画面に表れるポール・ヴァレリーの詩の引用です。

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 「風立ちぬ いざ生きめやも」と出てきます。

 ここで、宮崎駿は「ヴァレリーの詩の引用」というだけではなく、「堀辰雄という小説家の翻訳だ」ということを、わざわざ載せているんですね。


 「風立ちぬ いざ生きめやも」というのは、「風が起きた。それでも生きなければいけない」という意味なんですけど。

 これと同じ詩は、堀辰雄の小説『風立ちぬ』の「序曲」という部分に出てくるんです。

 「風立ちぬ いざ生きめやも」という言葉が含める全体の文章というのがあります。

 やや長いので、僕流にキュッと縮めて紹介します。

――――――

 風が起きて、描きかけの絵を載せたイーゼル(絵を立てる台)が倒れてしまった。

 私はお前に「離れるな。離れてくれるな」と言ってしがみついた。

 お前は私の好きにさせた。

 「風立ちぬそれでも生きなければ」ふと、そんな言葉が私の口から出てしまった。

――――――

 この序曲というのは、言うまでもなく、『風立ちぬ』という映画の全体像になっているんですね。


 堀辰雄の小説において、この「イーゼルが風で倒れる」というのは「やがて恋人である彼女が死んでしまう」という前兆なんです。

 そんな死んでしまう女の子に対して、「俺の元から離れないでくれ」と、腕を掴んで行かせないようにする男。

 女は、それをやりたいようにさせている。

 そして、そこで口から出てきたのが「そういうことがあっても、私はまだ生きなければいけない」という言葉だったという、そういう話なんですよ。


 つまり、この部分がわかっていると、映画の中盤、軽井沢の高原で風がビューっと吹いて、菜穂子が描いている絵のイーゼルがバタンと倒れるところで「ああ、この子は死ぬ運命にあるんだ」とわかる。
 そんなふうに、宮崎駿は作っているわけですね。

・・・

 これを、一番最初の数秒間で「はい、わかる人にはわかるでしょ?」というふうに出しているわけですよ。

 「風立ちぬ いざ生きめやも」という言葉だけ伝えたいんだったら「作詞:ポール・ヴァレリー」って書くだけでいいんですね。

 それをわざわざ「訳:堀辰雄」と書いているのは「これから始まるお話は、堀辰雄の『風立ちぬ』に沿って展開します」というサインだからなんです。


 まあ「そんなこと言われても分からない」って思うよね?

 いつものことだよ。

 わからないと思うのが普通です。

 ところが、この『続・風の帰る場所』という本の234ページで、宮崎駿はついに本音でエゲツないことを言い出しているんです(笑)。

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――――――

 通じない人には何も通じない。

 もう本当に無教養ですからね!

 歴史感覚なし!

 何も知らない!

 「ダメだ、こいつら」って。

 もう本当に無知蒙昧、覚悟も教養もない!

 なんでしょうねぇ、この教養のなさは。

 宇宙戦艦とか怪獣ならわかりますみたいな。

 自分の頃はもっと努力したと思ったんだけどな。

――――――

 ……とかって言いながら、この後、思わずすぐに反省に入って、「いやしかし、よく考えたら僕の頃もみんな勉強してなかった。やってたのは高畑さんくらいでした」っていう変なオチが入るんですけども(笑)。


 そうなんですよ、やっぱり、さすが宮崎駿。

 なんだかんだいっても “左翼の教養主義者” なので「これくらい知ってるでしょ?」っていうのを、ついつい出しちゃうんですよ。

 だけども、インタビュアーの前で「みんな無教養だ! 無知蒙昧だ! 死んでしまえ!」と、ひとしきり怒りをぶちまけた後、「……でも、よくよく考えたら、俺も昔はパクさん(高畑勲)にそう言われてたよな」と思い出すという、そういうかわいいおじいちゃんであります。


 もちろん、『風立ちぬ』というアニメは、そういった知識がなくても楽しめますし、感動も出来ます。

 でも、この辺り、宮崎駿の中には「自分の映画を見る観客は、このレベルくらいまでわかっていて欲しい」というメッセージがあるので、出来れば、僕らもちょっと “宮崎駿が求めている目線の高さ” に届くよう、努力して、ちょっと背伸びしながら見ると、このアニメって普通に見るよりずっと面白くなるんですね。


 本当にね、ちょっとした背伸びなんですよ。

 ちょっと背伸びして、1カット1カット丁寧に見ていくと、今、普通に見ているよりもどんどん面白くなります。

・・・

 では、ここからが本編に入ります。

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 これがファーストシーンです。

 実は、さっき話した「風立ちぬ」というタイトルと、ヴァレリーの詩を見せるだけで、35秒もとってるんですよね。もう本当にゆっくりしている。

 ここから1分くらい掛けて、ようやっと「朝もやの中に古い農家の屋敷が建っていて、そこの雨戸が開け放たれて、主人公の二郎が寝ている」という場面が描かれます。

 これも、やっぱり30秒くらい掛けて、ゆっくりゆっくり行くんですよね。

 
 一番最初のカットは、水田の上を流れる朝もや。ものすごく綺麗です。

 この映画の中では、いくつもの “失われるもの” が描かれます。

 その1つが、こういった日本の水耕農家。

 田んぼが作る田園風景ですね。

 これは失われるものとして描かれるんですね。

 この映画の中では、いろんなものが「これもダメだ、これもダメだ」って描かれるんすけど、その中でもすごく大きいものが、この田んぼが作る田園風景です。


 その次のカットでは、雨戸が開け放たれています。

 主人公である二郎の家について「素封家である」と絵コンテに指示が書いてあります。

 “素封家” というのは何かというと、「身分はないけれど、大金持ちな田舎の家」のことです。

 その村の庄屋さんとか、村長さんとか、国会議員さんとか、弁護士さんお医者さんというような立場のある家じゃないんだけど、お金はある。

 そういう地方の旧家のことを素封家と言ったんですね。

 絵コンテには、わざわざ「素封家であります」という指示があるんです。


 そして、次に映るのは、そんな家で眠っている13歳の少年、堀越二郎。

 ここまで、水田をたっぷり10秒見せて、雨戸の開いている家で5秒見せて、寝ている二郎に25秒という、すごくゆったりとした見せ方してるんですね。

・・・

 時は大正6年、1916年です。

 世界恐慌の3年前で、第1次世界大戦をまだやっている真っ最中の時代です。


 さっきのカットにあった開け放たれていた雨戸。

 これが何を意味しているかというと「使用人はもう起きている」ってことなんですね。

 僕らはスヤスヤと寝ている堀越二郎を見てるんですけども、雨戸が開いているというところで気が付かなきゃいけないのは「ということは、使用人だけは、その家の子供が起きるより前に起きて、次々と雨戸を開けている」ということなんですよ。


 さっき「この映画の中では失われたものを色々と語っている」と言ったんですけど、そのうちの1つは、この水田だらけの風景だけではなくて、それを可能にしている “使用人” とか “身分制” なんですね。

 「ある家に生まれたものは、それだけで身分が高い」と。

 堀越二郎が生まれた家は身分はなかったんだけど、少なくとも素封家であり、家は金持ちだった。

 でも、それよりもっと貧しい人達は、女中であったり、売られて行った先で働いていて、家の子供がぬくぬくと寝ている間に、朝早く起きて、雨戸を開ける仕事をしなければいけない。

 そういう身分制というのも、この映画の中で語られる “宮崎駿が失われることを惜しんでいる美しいもの” の1つなんですよ。


 こういうのって、普通、映画ではなかなか描けないんですね。

 身分制とかそういうものは「あってはいけないもの」というふうに描くんですけど。

 この映画の中では、「それは、それなりの美しいもの」と描いてあります。

 この身分制についての話は、今週・来週でゆっくりと解説していきます。

・・・

 13歳の少年・二郎はグーグー寝てて、夢の中で自宅の家の屋根に登ります。

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 この屋根の上を歩くシーン、足運びに注目してください。

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 出来れば、皆さんも、録画していたら、ここの部分を再生して見て欲しいんですけども。

 これ、最初は右足を前に出して、その次に左足を前に出すんですけども。

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 この時の左足の向きが内股になっているのがわかりますか?

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 つまり、屋根の上を普通に歩かせるのではなく、1歩2歩と足の置き方を変えながら歩かせてるんですね。

 
 こういう動きを付けることによって、ゆらゆらと危ない屋根の上を歩く演技というのをさせてるんですけども。

 こういった足並みの乱れによるリアリティの出し方というのは、宮崎駿とか、いわばジブリの作品くらいでしかやっていないことなんですね。


 よく、特定のアニメーション作品を指して「作画が良い」とか「演技が良い」とか言うことがあるんですけど。

 これ、普通は「絵がどれくらい整っているのか?」というレベルでの捉え方なんですよね。

 しかし、ジブリアニメの場合は「その動きが、どれくらい実感的なのか?」というレベルの、あんまり他のアニメでは見られない演技をやっているんです。

 なので、これはみなさんも録画で確認してみてください。


 屋根の上を歩いていくと、奥の方に自作の鳥型の飛行機がある。

 これに二郎は乗り込みます。

 この、乗る時の演技も、足を入れて乗る時に、この両側の枠に手をついて「よいしょ」っていうふうに、身体を入れるんですね。

 この辺の演技も見ものなので、これも後で録画で演技を確認してください。

・・・

 二郎が自分の夢の中で鳥型の飛行機に乗りこみ、スイッチを入れます。

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 このスイッチのグレーの部分は、当時の最新素材である “ベークライト” です。

 ベークライトというのは……昭和時代の黒電話の、あの黒い色がそうなんですけど。

 プラスティックに似た素材で、成形しやすくて、おまけに電気を通さない絶縁体なんですね。

 なので、昭和の電化製品によく使われていたんですよ。

 これを大正6年という時代、二郎が夢の中で思いついているということは、「彼はかなりの勉強家であって、科学にも詳しい少年なんだな」ということが、ここで分かるんです。

 そのためにベークライトを出してるわけですね。

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 二郎がスイッチを入れると、飛行機のプロペラが回り始め、不思議なことに、飛行機がそのままフワッと浮き上がります。

 この「飛行機がフワッと浮く」ということに関して、飛行機の模型の専門雑誌からインタビューを受けた時に、宮崎駿はこう答えています。

 インタビュワーから「あれは“カタパルト”なんですか?(前へ発射されるんですか?)」と聞かれた宮崎駿は「そうじゃなくて、あれはフワッと浮くんだよ」と。

 フワッと浮くということが間違っているというのは、もちろんその通りなんだけど。

 大正時代の人というのは、飛んでいる飛行機を見たことがある人は多いんだけど、飛行機が滑走するということを知っていた人は少ない。

 飛行場まで行かないと離陸・着陸は見られない。

 だから、空を飛んでるところしか見られない多くの人は「あれはフワッと浮いてるんだろう」と思っていた。

 そうじゃなくて、特別に滑走路の近くに住んでた人達、見たことがある人達だけが「飛行機が飛ぶ時というのは、走ってから飛ぶ。着陸する時も走って着陸するんだ」ということを知っていた、というふうに言うんですね。

・・・

 なぜ、宮崎駿がこの「フワッと浮かぶ」というシーンを入れたのかというと、ここが『風立ちぬ』というタイトルに関係してるからなんですね。

 「飛行機が空を飛ぶには、滑走によって得られる “向かい風” が必要だ」と。


 この映画の中で、「風立ちぬ」の「風」として語られるのは、いつだって “逆境” なんですよ。

 すごく大変でツラいことが、いつも「風」という形で語られる。

 たとえば、関東大震災とか、火事とか、日中戦争。さらには、自分の好きな菜穂子という女の人の死ぬこととか、日本という国や堀越二郎という個人に訪れる災難、逆境に遭うことを「風が吹く」と言ってるんですね。

 そんな逆境を向かい風に例える。「飛行機というのは、そういう強い向かい風を、滑走することで自ら生み出して、その逆境に耐えるからこそ、翼に揚力が生まれて空を飛ぶことが出来るんだ」というのが、『風立ちぬ』における「風」の意味なんですね。


 13歳の、まだ幼い二郎は、飛行機が飛ぶために逆境が必要であることを知らないんですね。

 向かい風が必要だというのを知らない。

 だから、この段階での二郎は「飛行機はフワッと浮くものだ」というふうに捉えている。

 つまり、二郎の空想の中の飛行機がフワッと浮き上がるというシーンは、「まだ逆境を知らないお坊ちゃんだった堀越二郎」という意味が入っているんです。

 しかし、この先で、二郎の夢である飛行機が空を飛ぶためには、風・逆境が必要であるとわかってくる。

 「二郎の求めている美しい飛行機を作るためには、さらに激しい風、彼の最も大事な人や、日本という国そのものを吹き飛ばしてしまう程の強い風が必要だった」と。

 それが、今回の映画『風立ちぬ』の意味なんですね。


 「強く風が吹いている。それでも生きなければ」というのは、「そうでなければ、彼が求める “美しいもの” は完成しなかった」という。

 これは、宮崎駿の「それをわかった上で、この映画を作るんだ!」というサイン。

 なので、このファースシーンに、フワッと浮く飛行機、まだ二郎が甘ちゃんだった頃というのを入れてるんですね。

 ここから先、二郎にも、徐々に徐々に、自分に吹いてくる風というのがわかってきて、飛行機を作る人間を目指すようになってきます。


 『風立ちぬ』というのはそういう映画なんですけども、大丈夫ですか?

 ここまで、映画内ではタイトルを含めてまだ2分しか経ってません(笑)。

 ついて来れますか?

 大丈夫ですね?

 じゃあ、続けます。 
 
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