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岡田斗司夫の毎日ブロマガ「【『風立ちぬ』完全解説 5 】 二郎が出会う “預言者” と “魔女” 」
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岡田斗司夫の毎日ブロマガ「【『風立ちぬ』完全解説 5 】 二郎が出会う “預言者” と “魔女” 」

2019-05-03 06:00
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    岡田斗司夫の毎日ブロマガ 2019/05/03
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    今回は、ニコ生ゼミ04月21日(#278)から、ハイライトをお届けいたします。

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     【『風立ちぬ』完全解説 5 】 二郎が出会う “預言者” と “魔女”


     今日、無料の方でぜひともやっておきたかったのが、ラスト近くの話なんですね。

     特に、前回…

     …もう3年か4年くらい前になるのかな?

     前回『風立ちぬ』を語った時に話した、堀越二郎と菜穂子の恋愛の話というのが、自分の中でも少しずつ考え方が変わってきたので、それを説明したいと思ってるんです。

     なので、ここからは、しばらくそっちの方に話を持って行きますね。

     映画としての尺で言うと、話は1時間くらい後に飛びます。


     軽井沢で二郎は菜穂子と再会します。

     菜穂子と再開する時に、それまで菜穂子が絵を書いていたイーゼルが、風でバタンと倒れるんですね。

     その大風は、イーゼルを倒して、さらにパラソルまで吹き飛ばしてしまいます。

     つまり、菜穂子にとって二郎が “風” なんです。

     前回も話した通り、この映画の中の「風立ちぬ」の「風」というのは「その人に降り掛かってくる大きな難儀とか災難」を意味します。

     ただ、その風というのは、関東大震災とかがそうであったように「すごく大変なことなんだけど、それを生き抜いて乗り越えることによって、新たに生まれてくるチャンスでもある」と描いているんですね。


     菜穂子にとって、二郎は風なんですよ。

     大風が吹いてきて、そのおかげで絵がバタンと倒れて、パラソルが吹き飛ばされてしまう。

     このイーゼルが倒れるというのは、堀辰雄の小説と同じく「菜穂子の命が長くない。この二郎との出会いによって、菜穂子の命が失われてしまう」ということを暗示してます。

     パラソルが飛んで行くのは「運命の導き」というサインなんですけども、まだこの時、菜穂子は彼が大震災の時に出会った大学生の二郎だということに気づきません。

    ・・・

     気づくのは、その日の夜、食堂で二郎を見た時です。

     この見つけた瞬間、「あっ! あの人だ!」とわかった瞬間に、作画として、本当に菜穂子の背がクッと伸びて、髪の毛がフワッと立つんですね。

     このカットについては、NHKのドキュメンタリーで、宮崎駿が「もう、とにかく鈍感なヤツのアニメーションというのは何もわかっとらん! 人間というのはハッと思った瞬間に背が伸びるし、その瞬間に髪の毛が本当に動くんですよ!」と言いながら、他人が描いた原画を直しているんですけども。

     「そういうことに気が付いてなきゃいけないんです!」と言いながら、この初対面シーンというのをちゃんと作ってるんですね。

     つまり、そういう演技をさせているということです。


     ただし、この時、菜穂子と二郎の間には、謎の外国人カストルプという人が座っています。

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     なんで同じ画面の中にこんな人が入り込んでいるのか?

     ここは二郎と菜穂子の恋愛モノだから、本来ならこの2人だけでいいはずなんですけど。

     では、なぜ関係の無い外人を入れ込むのかというと、これは「この三者はセットになっている」というサインなんですね。


     そもそも、なんで二郎が軽井沢に来ているのかというと、会社から休暇を命じられたから。

     落ち込んでたから休暇を命じられたんです。

     では、何に落ち込んでいたのかというと、初めて自分が設計した飛行機が落ちちゃった、開発に失敗したからですね。


     本庄の言う通り、日本人みんなが貧しい中で一生懸命蓄えたお金を集めて飛ばした飛行機が失敗作になってしまったということで。

     実は二郎も貧しい日本が、なんとか集めた金だというのは分っているんですね。

     鈍感なんですけど、わかっているんですよ。

     それがダメだったということで、もうすっかり自分の人生の目的意識を失ってしまった。

     ぶっちゃけて言えば「何のために飛行機を開発するんだろう?」ということで、悩んで落ち込んで、やる気がなくなってしまったので、軽井沢に来ています。

     ここでは、そんな二郎の内面が「部屋で1人で寝ている時の二郎。自分の事故のことを思い出す、どうにもやる気が出ない」ということで、わりと大きく描かれています。


     つまり、どういうことかというと、本庄というキャラが、徐々に必要なくなってきたんですね。

     宮崎駿の初期の構想としては、菜穂子との恋愛と共に、本庄と堀越二郎の友情モノというのも、ある種1つの軸に置いていたそうなんですが、この時点で、菜穂子との恋愛という方に、思い切り主軸が移りつつあったんですね。

     そこで、計算外のカストルプというキャラが、どんどん大きくなっていった。

     最初の頃はそんなに大きくするつもりがなかったのが、どんどんこのキャラクターが大きくなってきたんです。

    ・・・

     カストルプは二郎に言います。

     「ここは良い場所ですね。忘れるには良いところですよ」と。

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     カストルプってね、ちゃんと画面を止めて演技を確認してみたらですね、結構怖い顔をしてるんですね。

     「チャイナと戦争してる、忘れる。満州国作った、忘れる。国際連盟抜けた、忘れる。世界を敵にする、忘れる。日本は破裂する。ドイツも破裂する」というふうに言います。

     この不思議な人物カストルプと話している最中に、菜穂子は結核が再発するんですね。


     カストルプの役割というのは “もう1人のカプローニ” であって、二郎に対して「そんなこと忘れろ」と言うこと。

     彼は「今、日本がどんな状態にあるのか? 国際連盟を抜けてしまった。世界を敵に回しつつある。中国と戦争している。そんなことは全部忘れてしまえ」というふうに言ってるんですよ。

     「そんなことは忘れてしまって、あの女の子のことが好きなんだったらば、恋愛に生きて、自分の好きなものを追求しろ」というふうにそそのかす役割なんです。


     そして、その結果、この軽井沢でのエピソード以後、二郎は、さっき話したような、自分が飛行機を作って失敗したことに対する責任みたいなことをあまり考えずに、飛行機と菜穂子のことしか考えないキャラクターになっていくんですね。

     つまり、このカストルプの「そんなことは忘れていいんだ。そんなことは忘れて、目の前のことに集中しないと、本当にやりたいことが出来ないんだ」というそそのかしに、ちゃんと乗ってしまったという形になっています。


     あの正義感が強かったはずの二郎が、菜穂子と会うために、嘘の法事の予定を作って会社をガンガンサボりだすんです。

     もう上司から「法事ばっかりだけど、お前にはいったい親戚が何人いるんだ?」って言われた時に、「まだまだいます!」と二郎が答えるシーンがあるんですけど。

     それくらい堂々と会社をサボりだし、サボっていることに対しても何にも悩まなくなっちゃうんですね。

     これは、カストルプから「そういうことは忘れる。気にしなくていい」と言われたからなんですけど。かつての正義感のあった少年時代の彼は、消えていってしまうんですね。


     じゃあ、このカストルプという人は、カプローニと同じ “メフィストフェレス”(悪魔) なのかというと、違うと思うんですよね。

     このカストルプというのは、どちらかというと “預言者” なんですよ。

     『スター・ウォーズ』でいうところのヨーダに近いんですね。


     「ここから先、この2人がどうなって行くか?」、「この国がどうなっていくのか?」という行く末を告げるだけであって、別に誰かに呪いをかけたりはしていない。

     「もう、大日本帝国という国に与えられている寿命も短ければ、菜穂子の命も短い。だから急げ。周りを気にするな」と言っているだけなんですね。


     「もうこのままでは日本は破裂するから、その前に飛行機を作れ。もうすぐ菜穂子も死ぬんだから、ちゃんと恋をしろ」というふうに言っている。

     ピアノを弾いて、『会議は踊る』というドイツ語の歌を陽気に歌って、二郎たちの恋愛を祝福するんですけど、彼は「その先には世界を敵にしたことで日本は破裂して、ドイツも日本も滅びてしまう」ということを知っている。

     その上で「みんな忘れろ」と言ってるんですけど、カストルプは悪魔ではないんですよ。

    ・・・

     ところが、この映画には “魔女” みたいなものは存在します。

     それがわかるのが次のシーンなんですけど。

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     これは、菜穂子のまじないなんですね。

     菜穂子は、二郎と会って「ああこの人だ!」と分かった翌日、こういったトラップというか、まじないを仕掛けます。森の入り口に、昨日のパラソルとイーゼルを置いて、二郎を誘うんですね。

     二郎が「何だろう?」と思って近づいていくと、森の奥には泉があって、菜穂子が祈っているんですよ。

     泉の中央からは、水がコンコンと湧いている。


     このシーンを見て、僕、ちょっと「あれ?」って思ったんですよ。

     「再会するのが目的だったら、別に森の入口に立てたイーゼルの前で待ってりゃいいのに、なんでこんなまじないみたいなことをするのか?」って思ったんですけど。


     二郎は、菜穂子がお祈りしてたもんで、「ああ、すみません。失礼します。お邪魔でした」と帰ろうとするんですけど、菜穂子はそこで「行かないでください。今、泉にお礼を申しましたの」と言う。

     そして、驚いた二郎に…

     …ええとですね、これ、すごいんですよね。

     菜穂子が “喋りながらにじり寄って行く” んですね。

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     「あなたがここへ来て下さるように、お願いしていたんです」と言いながら、画面の右から左へ、ゆっくり歩きながら、にじり寄って行くんです。


     この「ゆっくり語りながら距離を詰める」というのは “ホラー映画” の撮り方なんですよ。

     絶対に、何の意図もなくこんな演出はしません(笑)。

     「宮崎アニメでは」というか、どんなアニメーションでも、こんなふうににじり寄りながら話すというのは、何かの意味や意図がないとやらないんです。

     つまり、ここね、ちょっと怖いシーンとして作っているんですよ。

     ところが、久石譲の音楽とかが綺麗な感じで流れているから、そんなふうな意図にあんまり見えないんですね。


     しかし、この時に、菜穂子から「あなたがここへ来て下さるようにお願いしたんです。あなたは何も変わりませんね」とまで言われても、二郎には何一つわかりません。

     二郎は、菜穂子のお付きだった女中のお絹のことは覚えていても、自分の恋愛対象外だった菜穂子のことは、まるで覚えてなかったんですね。

     なので、散々説明されたあとになって、やっと「ああ!」と思い出します。

    ・・・

     その後、2人は話すんですけど、ここでいきなり雨がザンザン降りに降ります。

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     そんな中で、相合い傘で2人くっつきながら、ずーっと菜穂子は二郎に話しかけます。

     「あなたの居所がわかったのは、お嫁に行く2日前だったんです。お絹泣いて喜んでいました」と。

     この「泣いていた」というのは、たぶん本当なんですけど。「泣いて喜んでいた」というのは嘘です。


     もし喜んでいるんだったら、お絹は、二郎の居所がわかったその日、東京大学に計算尺とシャツを届ける時に絶対に会おうとしていたはずなんですよ。

     でも、二郎にシャツと計算尺を持って行きながら会わなかった。

     これは、なぜかというと「その2日後に自分は結婚してしまうから」ですね。


     二郎が見つかると思っていなかったから、彼女は結婚を約束してしまったんですよ。

     なので、泣きながら持って行ったんです。

     なので「泣くほど嬉しかったから」でないことは当たり前なんですよ。

     こんな話を菜穂子が嬉しそうに言う理由は、「二郎が、お絹のことは覚えていても、菜穂子を全く覚えていなかったから」です。

     この時の菜穂子には復讐心があったわけですね。


     この後、菜穂子は「ああ、お絹に教えてあげなきゃな。あの人、この間2人目の赤ちゃんを生んだんですよ。とってもかわいい赤ちゃん」と言うんですけど。

     もう、この辺りのやりとりは、女心の恐ろしさ、怖さが分かる。

     本当にホラーなんですよ。


     お絹のことを覚えている二郎に対して「もうあの人には子供がいますよ。それも2人目も」と告げる。

     それも「ついこの間生まれたんですよ。かわいいですよね」と無邪気そうに言う。

     ここらへんの心理ですよね。


     そういう意図で作っているんですけど、僕らオッサンは鈍感だから、そこら辺が、あまりわからないんです。

     ただ、「宮崎アニメの中で、これ、普通はやらないな」という部分を見て行くと、ちゃんと分かるようになっているんですね。


     この “突然 降り出した雨” というのも、2人をくっつけるための魔法みたいなものだと、僕は思ってるんですよ。

     だから、父親が近づくと解除されるんですね。

     お絹のことを話して、必要がなくなったら、雨がいきなり止むんですよ。

     それも、いきなり止むだけだったらともかく、地面がある境界でハッキリと、ビチョビチョに濡れている部分と乾いている部分に分かれているんですよね。

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     「あっ、乾いてる」って菜穂子は言うんですけど、そんなことね、あるはずがないんですよ。

     確かに山の中、軽井沢の辺りは天候が不安定だし、道の片一方ばかりが濡れているということはあるんですけども。

     ザンザン降りの雨が降っていたにもかかわらず、ある一箇所から急に道が乾いているなんてことがあるはずがない

     なので、ここら辺も不思議な現象として、しっかり描かれているんです。


     さらに、この時、振り返ると、菜穂子がそこに虹が掛かっているのを発見します。

     現在、虹というのは幸運の信号みたいなものと捉えられているんですけど。

     昔は逆に、不可思議な現象、わりと不吉な現象とかを伝える時の記号として使われてたものなんですよね。

     それくらい、このシーン全般で感じられるですね、菜穂子の魔女感というのは、なかなかすごいものがあります。

    ・・・

     僕も、自分の思い込みが強いから気をつけるようにしてるんですけども。

     こういう描写が1個か2個あるくらいだったら、単なる “偶然” なんですよ。

     そんなもん、こじつけなんですけど。

     ただ、このシーン全体には、「内面は嫉妬の塊であるにも関わらず、外面はひたすら二郎に好印象を与えようという菜穂子の演技」や、「不思議なまじないを森の入り口でしていて、その奥には不思議な湧き出す泉がある」とか、「語りながらゆっくりにじり寄るホラー演出」、あとはさっきも言った「不自然な雨」と、あまりにも変なカットが多すぎるんですよね。


     菜穂子というのは、設計家としての生きがい、目標、生きて行く意味を見失ってしまった二郎に対して、「俺はこの女の人に美しい飛行機を見せたい」と思わせることで、二郎という人間を設計家として生き返させるんです。

     同時に、堀越二郎は、これまでは「私は肺結核なんだから、どうせ死んでしまうし、別に死んでも構わない。生きたいとも思わない」と思っていた菜穂子に対して、「生きたい!」という強い欲望を起こさせる。

     お互いが、そういう触媒になったんですね。


     菜穂子というのは「堀越二郎と会って付き合ったから、死期が早まった」んじゃないんですよ。

     そうじゃなくて「すでに死を待つだけだった存在が、生きたいと思う存在に変わってしまった」んですね。

     それも、嫉妬をする醜い女に生まれ変わってしまった。

     ところが、その嫉妬をするという自分の本性は、生涯、一番好きな堀越二郎という相手には見せられない。

     そういう矛盾を抱えて生きて行く存在になってしまったんですね。


     カストルプというのは、メフィストのように見えたかもわからないんですけども、彼はあくまで「未来など考えずに生きなさい」という預言者のポジションなんです。

     それに対して、どちらかというと、健気で清純に見える菜穂子の方が、生きる欲としての “生欲” の塊の魔女みたいな存在で。

     この後、二郎は、やがて悪魔との取り引きに手を染めてしまうことになるんです。


     この辺の取り引きに関しては、次の章で話そうと思います。


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