『光のほうへ』『偽りなき者』の脚本家として知られるデンマーク出身のトビアス・リンホルムが監督を務めた『ある戦争』。過酷な戦場の様子をリアルに描き、見事2016年の第88回アカデミー賞®外国語映画賞にノミネートされた話題作だ。主演はハリウッド実写版<攻殻機動隊>の『GHOST IN THE SHELL (原題)』でバトー役に抜擢されたデンマークを代表する俳優ピルー・アスベック。極限状態における正義の在り方や家族の愛を、戦地と法廷、2つの場所を舞台に観る者に問いかけるヒューマンドラマの傑作を生みだしたトビアス・リンホルム監督のインタビューが到着した。
――デンマークでは、映画で描かれているような事例が(兵士が戦地で起きた問題について祖国で起訴されること)が、以前から国内で大きな社会問題となっていたのですか? また、公開後の反響についてお聞かせいただけますか?
この映画は、一つの具体的な事件と言うよりは、いくつかの事件を参考にしています。こういった事件はあまり報道がされていなかったというのが、この映画を作った理由でした。映画が公開された後、この作品を通してデンマークの方々も「戦争に兵士を派遣するとはこういうことだ」という現実に気付いて、たくさんのディベートが起きるようになりました。そこからさらに、アフガニスタンへデンマークが派兵することが議論されたのですが、残念なことに政治的には何も変わらず、現在、デンマークはシリアの爆撃にも参加しています。ただ、戦地の兵士である彼らの行動の結果に対する理解を少しでもこの映画を通して知ってもらえたのではないかと思うので、次の選挙にもこういうことを参考にしてもらいたいです。
――アフガンでのシーン描写は元デンマーク軍人も参加されているとあって、とてもリアルでした。俳優を使わないことは決めていたのですか? その理由を聞かせてください。
映画を作るとき、なるべくその道のプロを使いたいと思っているので、戦地を体験し目撃している兵士の方たちにも参加してもらいました。私自身が兵士の経験もないのに役者たちに「兵士はこうあるべきだ」と指導するのは傲慢だと思ったので、演技の部分はプロの役者に任せつつ、元兵士の方たちから役者に「兵士であること」を指導してもらうという方法を取りました。彼らは実際に戦地で目の前で友人が爆死する様を見てしまったり、敵を撃ち殺したり、日々武器を手にする生活を経験しているので、作品で描いた全ての事を深く理解していました。私自身もリサーチの段階でタリバン兵とも話をしましたし、また、法廷のシーンでは実際に判事だった方に演じてもらいました。そうすることで、これはフィクションではなく現実として受け止めなくてはならないものなんだと観客に伝えられるのではないかと考えました。
――この映画には命を奪い失う事の重みや、正義の意味など国籍を超えて伝わるテーマがあると思います。作品を演出する上で、監督が中でも特に伝えたいテーマがあれば教えて下さい。
この状況の複雑さを見せるというのが今回の一番の目標でした。血まみれで死にかけている友人を目の前にして、空爆をすれば助かるかもしれないけど、一般市民が犠牲になるかもしれない。観客を「あなたならどうする?」という複雑な状況に置きたかったんです。それこそが戦争がいかに複雑なものであるかということの証拠でもあると思いました。私にとって「いい戦争」なんて存在していなくて、どの戦争も人の命が奪われることに繋がっています。このことは受け入れがたいことです。南スーダンやシリアの市民の状況を見ていれば、彼らを助けたいと思うロジックは私にも分かります。ですが、良いことだけではなく、悪をもたらしてしまうことになるのであれば、派兵して助けることが正しいかどうかは疑問です。それこそが戦争というものの複雑な部分であり、この映画を作った理由でもあり、描きたかった部分です。
――あなたの監督3作品は、いずれも主演がピルー・アスベックですね。彼の魅力を伺えますか? 今後もあなたが監督をする際は、また彼を起用しますか?
大好きなピルーをテレビドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」に取られてしまいました(笑)。「ゲーム・オブ・スローンズ」のファンはたくさんいますが、私は唯一早くシリーズが終わってほしいと思っている人間かもしれません(笑)。
テレビシリーズの「コペンハーゲン/首相の決断」(2010-2013)を含め、4作で一緒に仕事をしている彼は、仲のいい友人であるだけでなく、個人的にヨーロッパの同世代の役者の中ではピルーが一番素晴らしいと思っています。そんな彼と仕事をできるのは非常に恵まれていると思います。そんな彼と仕事をできるのは非常に恵まれていることです。違う作品に取り組んでいるときもお互いに電話やスカイプで作品について話をしています。また彼を起用したいか、ですか。「起用したいか」ではなく、もう起用することはわかっています(笑)。ですが、8年くらい彼と密接に仕事をしてきたので、3~4年は別の仕事をして、その後、また一緒に仕事をしたいです。
――最後に作品を楽しみにしている日本のファンに一言お願いします。
この映画が、戦争がもたらしてしまうものについて考え、会話をするきっかけになればと願っています。日本も戦争に参加する国家になりそうだという話を聞いています。だからこそ、それがどういうことなのか理解しなければならないし、考えることは大切だと思います。
10月7日(金)より全国公開
(C)Universal Pictures
■参照リンク
『ある戦争』公式サイト
http://www.transformer.co.jp/m/arusensou/