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ライムスターは新作『Bitter, Sweet & Beautiful』で何に立ち向かっているのか
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ライムスターは新作『Bitter, Sweet & Beautiful』で何に立ち向かっているのか

2015-08-03 19:30
    Filed under: カルチャー, 音楽, 全社必見

    「戦争に反対する唯一の方法は、各自の生活を美しくして、それに執着することである」



    ライムスターの新作アルバムが『Bitter,Sweet&Beautiful』というタイトルだと聞いて、一瞬困惑した。収録されている楽曲にそんなタイトルのものはないし、ちょっと意味がわからなかった。これは彼らの初めてのコンセプトアルバムだという。
    「美しく生きること、それこそが唯一のプロテスト」という彼らの今のテーマを全編通じて表現した作品ということだそうだ。はじめは困惑したこのタイトルやテーマだが、アルバムを繰り返し、通しで聞くことで、驚くほど的確に、饒舌に伝わってきた。
    ライムスターは今、何に対してプロテストしているのか。彼らはこの一枚のアルバムで何に立ち向かっているのか。それを読み解くことこそがこのアルバムを聴くこと、楽しむことと言える。



    ライムスターを知らない人のために、簡単に説明しておく。宇多丸とMummy-Dという2人のMC (いわゆるラップする人)とDJ JINの3人組ラップユニット。1989年の結成以来、「四半世紀経っても未だに全盛期」という彼らの歌詞の示すとおり、26年間日本のヒップホップの第一人者として良質な楽曲を世に出すとともに、若手の育成やヒップホップ文化の啓蒙に励んできた。
    推しも推されぬ音楽界代表のハードワーカーズだ。初期の代表曲である「B-boyイズム」をはじめ、局地的に社会現象にもなった名曲「ONCE AGAIN」やライブの定番曲「KUFU」や隠れた名曲「Born To Lose」など、我々日夜働くおっさんとおねぇちゃんを応援してくれる楽曲も多いので、ライムスターは知らないけど、いまこのコラムを仕事しながらついつい読んでしまったあなたは、是非聞いてみてほしい。
    さらにできればそのリリック(歌詞)にも耳ヲ貸スベキだ。「約40秒弱の長編小説~中略~何万語費やすよりも饒舌」という歌詞にもあるとおり、人生哲学や社会の世相を、ことば遊びを交えながらリズミカルに語る。その言葉の数々は聞くものの価値観に影響を与えるだけの力を確実に持っている。

    https://youtu.be/MUI64Fknjcc


    新作アルバムの『Bitter, Sweet & Beautiful』の各曲からいくつか歌詞を抜き出してみる。

    「Still Changing」
    かつてのナシもナシじゃないってのは別に悲しい話じゃない

    「Kids In The Park」
    こどもにだってあるのさルール 例えば泣いてる子がいたらなぐさめる 例えばいじめっこがいたらたしなめる じゅんばんこ かわりばんこ ひとつしかないならはんぶんこでしょ?コドモにできてオトナにできぬわけなどないさ

    「モノンクル」
    おれは君の大好きなおじさん 親じゃない分ちょい無責任 だがだからこそ今の君に適任 「いかがなものか教育的に」的な知識仕入れてきな適宜

    「ガラパゴス」
    したり顔の根拠は「"らしさ"こそ正しさ」 たぶん御存知ないのかその"らしさ"の疑わしさ"

    「The X-Day」
    今日もオレたちは正義振りかざして暴力につける肩書き探してる

    「マイクロフォン」
    それはオレらの豊かなイマジネーション 何倍にも何十倍にも何千倍にもしてくれる棒さ そうさ棒さ ただの棒さ されど人生棒に振る価値のある棒さ

    ・・・といった具合に一部を抜粋しただけでも、胸に響く、こんな時代と真摯に向き合う言葉の数々が見つけられる。
    このアルバムを通じてライムスターがプロテストしているもの、一つは音楽ビジネスの構造変化ということは言えるだろう。
    宇多丸は自身のラジオ番組をはじめこのアルバムに関するプロモーションでメディア露出する際は「頭から終わりまで通して聞いてください」と繰り返し語っている。これはいわゆる定額制聞き放題のサブスクリプションサービスが音楽産業の主流になり、リスナーがジャンルもレーベルもミュージシャンもごちゃ混ぜに、楽曲単位で自分の趣味や嗜好、気分に合わせてプレイリストを編集して音楽を聴くようになった現在の音楽市場に対して真っ向から背を向けたアプローチである。前時代的といってもいい。「何曲目でもいいんです、どっからでもまずは聞いてみてください、夏を感じてもらえると思います」みたいなことを言うのが、今の時代の音楽のマーケティングの正攻法だ。宇多丸だってそんなことはわかっているだろう。わかっているうえで、彼はどうしても今このことを伝えなくてはいけないというある種の使命感をもって発言しているはずだ。「大けが上等なバカだけがでっかい賭けにまたいずれは勝つ」と自らを鼓舞しているかのように。

    https://youtu.be/iC6srZcs8qc


    インターネットで配信されてきた楽曲をリスナーが自由に編集して聞くプレイリスト社会は一見すると音楽の民主化だが、反面それはミュージシャンとリスナーの関係性がプラットフォームに支配されることでもある。なぜならそのプラットフォーム上でどんな楽曲が推されるか、どんな時にどんな音楽と出会うか、それがプラットフォーム側に恣意的にコントロールされることになるからだ。偶然誰かのオススメを目にしたとしてもそれはコンピュータに演出された必然の出会いだ。観光で渋谷にきた中国の医学生がタワレコの4階のすみっこの輸入盤が雑多に詰め込まれたワゴンセールで偶然セロニアスモンクのライブ盤を発掘して人生観が変わってヨーヨーマになってしまうような出会いの可能性は世界からどんどん減ってしまっている。

    https://youtu.be/OmsAkXakEuA


    ミュージシャンが自らの生きる時代のなかで、自分が発信するべきメッセージを見つけ、楽曲をつくり、歌詞を書き、タイトルを決め、レコーディングし、マスタリングし、曲順を決め、アルバムをつくっていく。そのすべてに彼らミュージシャンの「KUFU」があり、一見無駄に見える膨大な作業の果てにしか生み出せないもの、起こり得ないものを彼らは常にリスナーに届けようとしている。
    それに対して、プレイリストでコマ切れに音楽を選び、聞く行為はミュージシャンの思い、そして作業の大半を削ぎ落してしまう至極もったいない行為ともいえる。サブスクリプションサービスは便利だ。だがその便利さに服従し、知らず知らずのうちに音楽をより深く知り、音楽と予期せぬ形でめぐりあう可能性を失うことはミュージシャンにとっても、リスナーにとっても幸福なことではないはずだ。そんな強いメタメッセージがこのコンセプトアルバムの決められた「美しい」流れの曲順から読み取ることができる。
    事実、このアルバムに収録されている楽曲のなかでも象徴的なのがシングルカットもされている『人間交差点』だ。アルバム全体を通じて自身の生き方や社会との関わり方に悩み、考え抜くことを描写する楽曲が続くなかで、ついに後半12曲目にこの楽曲は訪れる。『人間交差点』はアルバムの流れのなかで聴くことで、単独で聞くよりも遥かに強い説得力を持って聞く者の心を揺り動かす。『エキストラなどこの世には一人もいないんだ オマエ主役 キミは主人公 そこのヒーロー 道行くマドンナ 叫べヘイ!ヘイ!ヘイ!』という歌詞は圧倒的なカタルシスで現れ、アルバム全体のクライマックスとなっている。そしてもちろんライムスターはその効果を意識しているだろう。もっといえば、アルバムの流れで聴くことが重要だという証明のためにこの楽曲『人間交差点』をシングルカットしたのかもしれない。そんなマーケティングシナリオまで考えてしまう。

    https://youtu.be/4h_OZ1F1BjQ


    そして、もうひとつ、ライムスターがこのアルバムを通じて立ち向かおうとしているもっと大きなものがある。それは「不寛容がはびこるこの社会の空気」だ。いくつかのインタビューでライムスター自身が「ヘイトスピーチとかあるなかで、いつから日本はこんなことになっちゃったんだ、という思いがある」と語っている。
    たしかに、やれオリンピックのロゴがパクリだとか、出産を放送するのは不謹慎だとか、ハンバーガーに歯が入ってたとか・・・日々頻出する"問題っぽいこと"に対して、匿名であることと多数派であることを武器に"正しいっぽいこと"を発言し、思考停止してしまう人々が増えている。あいまいな正しさを武器に多数派に身を寄せることで自身が醜いことば、下品な態度をとることに無自覚になってきている。そんな社会において、『正しくもなきゃ強くもないが生き様は決して無様じゃない せめて美しく生きよう いや、美しく有ろうと願い続けよう』というミュージシャンとしてのもっとも、まっとうな姿勢・メッセージを形にしたのがこのアルバムなのだ。

    全楽曲通じて、結論づけるものも諭すものも一つもない。今年40代も後半を迎えている3人のミュージシャンがそれぞれの立場で真摯に現代社会と向かい合い、悩み、考え抜いている内容がリアルに、そして美しくこのアルバムには記録されている。収録されている楽曲のなかには、親戚のおじさんとしての立ち位置をコミカルに描写する『モノンクル』や、自分の子供が寝静まった夜にリリックを書いているようすをファンタジックに描写する『サイレントナイト』のような、等身大の"日々を暮らしているオッサン"としてのライムスターを表現しているものがあるのもわかりやすい。
    これらの楽曲を通しで聴くことで、彼らの『ああ、ぼくらはどうすれば昨日以上強くなれるのか』という悩みを共有し、『何に追われてるのか 何を追っかけてるのか もうわからぬほどに走り続けてる』というミュージシャンとしての苦闘を実感し、それでも最後には、自身の人生を肯定し、せめて美しく生きよう。それだけがこのクソったれな社会に対する『唯一のプロテスト』なのだと力強く宣言するに至る、ライムスターの思考と決意が追体験できるのだ。

    全曲聴いてしまえば、このアルバムが持つタイトルの意味はきわめてわかりやすい。生きることはたしかにほろ苦い。それでも、いや、だからこそ美しい。40代のライムスターが改めて今の社会と、そこで生きることをこのように定義したことをぼくたちは喜ぶべきなんだと思う。そして、もう一度、『甘いと言われようと 苦い思いをしようと 理想と夢を絶えずアップデート』するのだ。もちろんそれはハードワークすることでしかないんだけどさ。

    ライムスターの新作『Bitter, Sweet & Beautiful』アルバムで買うのが、オススメです!!

    https://youtu.be/0JxL3zWIWtQ


    文/三浦崇宏

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