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「おれ達に死ねというのか」 社会保障制度のはざまに生きる人々
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「おれ達に死ねというのか」 社会保障制度のはざまに生きる人々

2016-02-14 14:30
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    歩けなくても・・・

    M県の自然豊かな郊外に住むS夫婦(仮名)。
    ふたりの年金支給額は、夫T彦(73)が月8万円、妻U子(71)が月3万円。二人で一ヶ月11万円になる。
    夫婦が住んでいる地域で生活保護を受けると、最低生活費と呼ばれる基準額は夫婦で月10万円。夫婦は年金支給額のみで最低生活費を1万円上回っているが、家賃(3万5千円)や医療費(夫婦で月7千円)を考えると、生活は豊かではない。
    地域の相談機関に常駐する生活相談員に相談したところ、生活保護の申請を薦められた。
    生活保護の申請をすると、数日後にケースワーカーが自宅に来て、生活状況を調べていった。
    その時、ケースワーカーは当然のようにつぶやいた。

    「車は処分してもらうことになりますね」

    制度は生活より優先するのか

    夫婦はあっけにとられた。
    そもそもU子は1年前に転倒し『大腿(たい)骨転子部骨折』(股関節と太ももの骨の間にある小さな骨の骨折)を生じ、歩いて病院に行くことが困難になった。しかし気丈なU子は懸命にリハビリを続け、身体障害者に認定されるまでには至らなかった。それがあだとなったのだった。
    夫婦にとって車は生命線だった。病院まで歩けば20分はかかる。
    とっさにT彦は返した。

    「妻はずっと自分が車で病院に送っていた。車が無いと病院に行けない」

    これに対してケースワーカーは、

    「ここから歩いて少しのところにバス停がありますよね。いつもかかっている病院までバスが出てますから、そちらをご利用になればすぐですよ」

    と告げた。T彦はそれに続けた。

    「買い物はどうするんだ。妻は歩くのが容易ではないんだぞ」
    「同じバスでスーパーまでもすぐですよ」

    バス停は、家を出てすぐに長い登り坂を上らなければならない。筋力が衰えている妻にとってその道のりは険しかった。
    ケースワーカーと押し問答を繰り返してもらちがあかない。致命傷に近い不利益を被ってまで生活保護を受けなくても、自分たち二人ならやっていける。そう話し合って、S夫婦は生活保護の申請を取り下げた。※1

    その思惑通り、しばらくはぎりぎりの状態ながら、なんとか暮らしていけた。

    しかし、3ヶ月たったある日、事件は起きた。年金を下ろしに行ったはずのT彦のかばんの中に、お金が入っていない。家賃と生活費あわせて6万円を下ろしてきた。ATMの横にあった封筒にきちんと入れて、かばんにしまったはずだった。

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    望みを絶たれる

    夫婦は必死で探した。かばんをひっくり返し、銀行に電話をした。警察に紛失届けも出したが、お金ではまず見つからないでしょうと告げられた。
    月11万円の二人にとって6万円の紛失は大きかった。今月分の家賃3万5千円を払ってしまえば、来月の年金支給日までの約3週間をあと1万5千円で暮らさなければならない。
    失意のもと、二人は以前相談にいった生活相談員のもとに再び相談に向かった。すると相談員から思いもよらない話があった。

    「社会福祉協議会でお金を貸し付けしていますよ。貸し付けは種類が多いので、なんらかの支援が受けられると思います。」

    二人はわらをもつかむ思いで貸し付けの申請に向かった。しかし、また絶望を味わうことになる。

    「紛失でお金をなくされた方に貸し付けは出来ないんですよ」

    職員の説明によるとこうだった。確かに貸し付けには様々な種類がある。しかし、離職者が対象だったり、年齢65歳未満が要件であったりと、S夫婦に当てはまる貸し付けが無いというのだ。

    「私たちに死ねとおっしゃるんですか?」

    二人は粘った。他に何か制度は無いのか。何でもいい、来月の年金支給日までの約3週間をしのげる手段を。すると職員は言った。

    「家に食料はあるんですよね? でしたらあと3週間、1万5千円で生活可能だと思いますよ」

    まるで、自分たちの生活が甘えているように聞こえた。
    確かに1日約700円程度は使えることになるが、今月は病院もまだいっていない。しかし、二人はその言葉に返す言葉が無かった。

    絶望の先の希望

    二人はほとんどの気力を失った。だけど、とにかく、あのお世話になった生活相談員にお礼が言いたかった。何も貸してはもらえなかったけど、力になってくれてありがとう。まだお金が少しあるから節約しながら生活する。
    ぎりぎりの気力で再び生活相談員の向かい、お礼を述べた。帰ろうかと思うと、生活相談員は口を開いた。

    フードバンクを利用してみましょう。お金は出ませんが、食料が支給されます。もともと食料を買う予定だったお金が浮いて、病院に行けますよね」

    ほどなくして二人のもとにフードバンクから食料が届いた。二人はなんとか、年金の支給日まで命をつなぐことができた。

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    成熟した社会とは何なのか

    人を救う制度が、まだまだ足りない。
    福祉国家を目指すのであれば、より多くの制度を張り巡らせて、網の目を細かくして取りこぼしを防がなければならない。
    現在の日本は社会が成熟して多様性を認めるようになってきているが、制度は依然として価値観に対応できていないのが現状だ。

    ※画像1、画像2、画像3:『写真素材ぱくたそ』(https://www.pakutaso.com/ [リンク])より引用

    ※この話はフィクションです。個人を特定するものではありません。

    ※1:本文中にある生活保護受給者の車の保有については、制度の仕組みにおいて世帯の生活環境に左右されます。
    車の保有が認められない場合、『移送費』という形で病院までのタクシー代が支給される仕組みがあります。

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