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「久田将義責任編集 ニコ生タックルズマガジン」



《今後の生放送予定》




<久田将義・新刊情報>
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『生身の暴力論』(講談社現代新書)




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 「ゆとり世代批判」を批判する


 昨今、ゆとり世代批判がSNS上などで散見されます。結論を先に言いますと、無意味な議論にほかなりません。どのくらい無意味かと言うと、朝のワイドショーの「今日の血液型占い」や「今日の干支占い」のレベルです。

 これは古今東西、ず――っと繰り返されてきた世代感ギャップから生じる年配者が抱く違和感にすぎません。

例えば、団塊世代というものがあります。
居酒屋などで議論をふっかける「熱い世代」だとも言われていますが、当然全員ではありません。
新宿歌舞伎町・ゴールデン街というバーが密集した地域があります。メディアの人間の情報交換の場としても使われていた手前、僕がよく足しげく通っていた街です。

そこでは数十年前の全共闘華やかりし頃、夜な夜な議論を交わす当時の若者がいたといいます。
けれど、そういう熱い時代を過ごしてきた人でも、今ではおだやかに議論をする人を僕はたくさん知っています。
一慨に世代論では人間という存在は語れません。

「ゆとり世代」とは、だいたいが悪い意味で使われているようです。今の20代中半から後半の人たちに向けて揶揄する表現な訳です。

 曰く
・誘っても酒の席に来ない
・仕事の話も全部メール、直接対話がない

等の特徴があげられています。

僕はバブル後期世代の雑誌・単行本編集者ですが、上記のような事は僕もします。
体調が悪いときには上司や仕事仲間や取材先の酒席の誘いは断ります。
相手側も顔色が悪い人間とは飲みたくないでしょうから。
またデザイナー、ライターとのやり取りもメールで済ますことも多々あります。
それでも、雑誌一冊、単行本一冊出来上がります。仕事上、問題はあません。

世代間の違和感は永遠のテーマです(悪い意味で)。何の意味も成しません。
かつて、「ゆとり」などという表現よりももっと、ヒドイ、ある意味すさまじいネーミングの世代が存在しました。
元巨人の江川卓投手の世代です。江川氏が大学卒業後プロ野球入団のときの記者会見。大人の記者たちに向かって20前半の若者(江川氏)がこう言い放ちました。

「そう、興奮しないでください」

 それが原因かどうかはわかりませんが、この年代は「新人類世代」と呼ばれるようになりました。このネーミングは僕は今でも強烈だと思っています。
なぜなら「人類」ではないのですから。「新しい人類」が生まれたかのように言われてしまいました。「ガンダム」に例えればニュータイプの誕生です。
「ゆとり」どころではありません。
ネーミングした人は江川氏世代に敵意すら抱いていたのではと感じさせます。