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[MM日本国の研究779]「デッドヒートを制した東京の底力」
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[MM日本国の研究779]「デッドヒートを制した東京の底力」

2014-01-09 15:30
                       2014年01月09日発行 第0779号 特別
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     ■■■    日本国の研究           
     ■■■    不安との訣別/再生のカルテ
     ■■■                       編集長 猪瀬直樹
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    「抜きつ抜かれつのデッドヒートを制した東京の底力」

    (『勝ち抜く力―なぜ「チームニッポン」は五輪を招致できたのか』まえがき)

     ジャック・ロゲ会長がゆっくりとした手つきで封筒から一枚の紙を取り出し
    くるりと翻し、「TOKYO」と宣言した瞬間、すべてが変わったのだ――。

     2013年9月7日土曜日(日本時間8日未明)、アルゼンチンのブエノスアイ
    レスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC総会)で、2020年の東京オリ
    ンピック・パラリンピック開催が決定した。1月7日のオリンピック立候補フ
    ァイル(詳細な大会開催計画文書)の申請で幕を開けた、八カ月におよぶ長丁
    場のマラソンレースを東京がトップで駆け抜けた瞬間だった。

     マドリード優位がささやかれるなか、東京は第一回目の投票を一位で通過。
    同数票だったマドリードとイスタンブールには再投票が行われ、下馬評を覆し
    てイスタンブールが勝ち残った。決選投票を終えた夕方、チームニッポンの面
    面はホテル内の開催都市発表セレモニー会場に移動し、結果発表を固唾を呑ん
    で見守った。

     そして、チームニッポンの喜びは爆発した。決選投票の結果は、東京が60票、
    イスタンブールは36票で、東京の圧勝だった。だが、ここに至るまでは、決し
    て平坦な道のりではなかった。

     今回の招致レースは、東京、マドリード、イスタンブールの三つ巴の争いで、
    いい意味での競り合いが最後までつづいた。初めからどこかが落後したり、ど
    こかが一方的にリードしたり、ということがなかった。抜きつ抜かれつの手に
    汗握る接戦を、そのつどどこかがリードして、すぐにどこかが抜き返す。その
    連続だった。

     僕が東京都知事に就任したのが2012年12月18日。それから間もない、年明け
    の2013年1月7日、オリンピック立候補ファイルの申請がなされ、ここを起点
    に、開催候補都市の海外向け国際プロモーション活動が解禁となった。

     ロンドンで記者会見を開いたのが1月10日、招致レースのスタートだ。あえ
    て、前年の開催地であるロンドンから、世界に東京の情報を発信した。

     ロンドンでの発信は成功した。海外のメディア、日本のメディアが連日こぞ
    って1月10日のニュースを報じた。1月半ばにIOCによる覆面の世論調査が
    実施された。その時点での支持率が70%。一般的にオリンピックへの支持率が
    低いとされる先進国のなかではかなりいい数字で、IOCが重視する指標のひ
    とつである「自国内での支持率」が合格ラインに達したといえる。スタートダ
    ッシュはうまくいった。

     そして、3月。IOCの評価委員会のメンバーが来日した際は、競技計画や
    設備計画、東京の魅力を訴えるのはもちろん、僕もテニスのラリーをしてみせ
    た。まずスポーツを楽しむリーダーであると伝えたい。

     評価委員会から好い感触を得て、42.195キロのマラソンレースもよう
    やく中間地点。

     その後、5月にはロシアのサンクトペテルブルクで国際競技連盟の大会、ス
    ポーツアコードでのプレゼンテーションがあった。

    東京都が行政改革とリーマン・ショック前に好調だった税収でプールした、オ
    リンピック開催準備基金4000億ドルをアピールした。銀行預金としてあります
    よ、と。同時に、東京は、財布を落としてもたいてい落とし主に戻ってくるよ
    うな、安全で治安がいい都市だとも強調した。

     マラソンでいえば30キロ地点を通過。ここからが正念場だ。

     7月にはスイスのローザンヌでIOCに対するテクニカルブリーフィング、
    開催計画説明会が行われた。ローザンヌはフランス語圏で、IOCの第一公用
    語もフランス語だ。フランス語が堪能な滝川クリステルさんがここで最初に登
    場した。

     ここで、マドリードは切り札を切ってきた。欧州経済危機の影響で失業率が
    高止まりしたスペインは、財政面の不安を打ち消すべく、フェリペ皇太子をプ
    レゼンテーションに送り出した。流れは一気にマドリードに傾く。マラソンレ
    ース正念場の30キロ後半でスパートをかけてきたのだ。

     だが僕たちは最後のトラック勝負に望みをかけていた。

     9月の最終決戦のブエノスアイレスで、高円宮妃久子さまが登壇して形勢は
    逆転した。政府と皇室、東京都、JOC、スポーツ関係団体、経済界、国会議
    員・都議会、チームニッポンが一丸となって呼び寄せた勝利だ。

     スペインのフェリペ皇太子は二度目の登壇なので、どうしても新鮮さに欠け
    る。ロングスパートをかけたマドリードは、最後に息切れしてしまった。実際、
    最後にイスタンブールに並ばれ一次投票で落選するのだから、レースは最後ま
    でわからない。

     僕は知事になった当初から、マラソンレースの組み立てを自分の頭のなかに
    イメージしながら招致活動に取り組んでいた。

     オリンピックに出場するアスリートの本番に向けた目標管理と同じことだ。
    いつ、どんなトレーニングを積み重ね、どのタイミングでどんなレースに参加
    しながら、いかにして4年に1度の大舞台に照準を合わせるか。ピークの持っ
    ていき方を間違えると、実力があっても結果は残せない。全体の流れを見なが
    ら、ここぞというタイミングで最善の手を打つ。招致レースでも、その積み重
    ねが勝利につながったと思う。

     今回は抜きつ抜かれつのマラソンレース、まれに見る好勝負だった。

     短距離や中距離なら一回差がつけば終わりだ。だが長丁場のマラソンレース
    なら、いったん離されても、もう一度追いつくことができる。

     マラソンの醍醐味はどこでスパートをかけて、どこで引き離して、という駆
    け引きだ。ただ、駆け引きといってもフェアプレーが前提だから、相手の健闘
    を讃えながら、こちらもつぎの手を打っていく。

     本書では、2020東京オリンピック・パラリンピック開催決定までの流れ
    を下敷きに、ライバルとの競争をいかに戦い、目の前に立ちはだかる困難をど
    う克服して、最後に勝利を手にしたかをまとめた。東京だけの戦いではない。
    日本列島に漂う「心のデフレ」を取り払う戦いである。

     7年後、五輪が開催されれば東日本大震災の被災地にも元気を届けることが
    できるはずだ。被災地を聖火ランナーが走り、宮城スタジアムではサッカーの
    グループリーグが行われる。五輪という目標があれば、東北の被災者の方々に
    も希望を灯すことができる。

     心の復興につながればよい。ここまで復興した、という姿を世界に示すこと
    ができるだろう。本書が「失われた20年」の間にすっかり負け癖がついてし
    まった日本に、もう一度「勝ち抜く力」を取り戻す一助になれば幸いだ。

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