数年前にサンフランシスコのダウンタウンで開かれた中小企業向け無料セミナーシリーズにて、知的財産権についての講義を受けた。講師によると、どうやら企業の価値を構成する要素は、時代と共に移り変わっているという。1980年代ごろまでは、工場や設備などの規模に代表される有形財産が企業価値の80%を占めていたが、90年代に入ると、企業価値を構成する要素の大部分が特許やブランド、そして社外秘ノウハウ等の無形財産に取って代わったという。

 

例えば明日、世界各地のコカコーラの工場が一瞬にして焼失しても、彼らのビジネスは揺るぎは無い。なぜなら、彼らには確固たるネームバリューと、顧客ベース、そして、世の中の人々を虜にさせる秘密のエキスの調合方法と特許があるからだ。

 

それでは、これからの企業にとって最も重要な資産は何であろうか?そもそも企業資産とは、会計におけるバランスシート上の数字で見ると、現金や不動産、設備、そして株式による時価総額等の財産の合計額である。しかし、その一方で、売り上げを生み出す収益源である顧客ベースも大切なのも確か。もしくは、その企業に勤める従業員が最大の資産だとの考え方もある。

 

しかしながら、為替やインフレ/デフレを中心とした貨幣価値の上下、刻一刻と変動を続けるマーケット、そして流動性の高い人的リソース環境等、近年においては確かなものがほとんど無い。実は、そのような状況下で最も重要な資産とは、世の中の人々が個々の企業に感じる『感情』であるといえる。これからの急激な変化の中では、感情的資産 (エモーショナル・エクイティ) を着実に構築する企業が生き残り、マーケットを掌握すると考えられる。

 

エモーショナル・エクイティとは?

 

日本語で言うと、”感情的資産”と訳される企業におけるエモーショナル・エクイティとは、そこで働くスタッフ、その顧客、そして無料ユーザーまでもを含む人々がその企業に寄せる思いの量である。具体的には、人々がその企業に対して、例えば下記のようなポジティブな感情を抱いている場合、その企業はエモーショナル・エクイティが高いと言える。

 

  • 商品が欲しい
  • サービスを受けたい
  • サービスを使い続けたい
  • 働いてみたい
  • ずっと働きたい
  • オフィス訪問してみたい
  • ロゴの入ったグッズが欲しい
  • 応援したい
  • 関わりを持ちたい
  • 援助したい

 

上記で表されるような思いの量が多ければ多い程、会社の資産となり、会社の価値がアップされるという考え方である。例えば従業員の場合、その会社で働く事に対しての誇りであり、顧客から見るとブランドロイヤリティである。また、無料ユーザーからしてみると、「無くなっては困る」サービスを提供する企業であったりする。

 

Google社を例にとってみると、インターネットを使うほとんどのユーザーが検索エンジンを始めとし、彼らが提供する多くの無料サービスを利用している。おそらくお金は払っていなくとも、多数のユーザーにとって、無くなっては困るサービスである事は間違いない。故にエモーショナル・エクイティが高い会社と言える。Appleの製品はどうだろうか?恐らく、Mac, iPhone, iPodなどを始め、多くの人々にとっては既に生活必需品とも言える商品を展開している。「Apple以外は検討対象にもならない」と考えている消費者も少なくは無いはずだ。

 

また、多くのスタートアップに見られる、スタッフや関係者に「タダでも協力したい」と思わせる強いビジョンと世界を変えるようなサービスを造ろうとしている会社も、たとえ会計上の資産が無くても、高い価値を有していると言えるだろう。その一方で、ビジネスモデルの社会への貢献度が低かったり、CEOのスキャンダル等で従業員の不信感を招いてしまった会社は、スタッフの忠誠心が下がり、エモーショナル・エクイティが低くなる。この場合も具体的な数字では表れないが、着実に会社の価値は下がっている。

 

高エモーショナル・エクイティのメリット

 

エモーショナル・エクイティを高める利点は幾つかあるが、大きく分けると、マネージメントとマーケティングそれぞれのチャンネルにおいて、非常に重要な効果を発揮する。

 

マネージメントに対してのメリット

 

btrax(ビートラックス社)を始めた当初は資本金が極わずかで、スタッフに人並みの給料を払う事が難しかった。そこで、立ち上げメンバーは全て3ヶ月の無給インターン扱いとした。その代わり、一緒に仕事をする事で他には得られない経験や、会社の将来性を説き、スタッフのやる気をある程度キープする事が出来た。それ以来、新卒採用スタッフは学生の時に無給インターンをする事が会社のカルチャーとなっている。また、一度採用したスタッフも、会社のスタッフである事に誇りを持ってもらい、長期間働き続けたいと思ってもらうことで、アメリカでは珍しい低い離職率を達成している。会社に資金力が無い場合は、高いエモーショナル・エクイティを保持する事で、給料以外の目的でも働いてみたいと思ってもらえるような状態にし、人事を優位に進める事が可能になる。

 

マーケティングに対してのメリット

 

もし来月からFacebookが月5ドルの利用料を要求し始めたら、どのくらいのユーザーが利用し続けるだろうか?また、今年いっぱいでApple社が倒産を発表したら、それを防ぐ為にどのくらいの救済金が集まるだろう。また、一説にはもしTwitterが金銭的な理由でサービスを終了しなければ行けない事態になったとしても、その影響力や世の中への貢献度が理由に、アメリカ政府が助成金を出してでも救済するという。

 

もし、彼らの商品やサービスが有料/無料問わず、消費者や世の中にとって、欠かす事の出来ない物になっていたとしたら、その会社に時価総額では図ることの出来ない価値があると言える。企業にとって、たとえ現時点での収益が少なくても、エモーショナル・エクイティを積み上げて行く事で、無形ではあるが、着実に企業資産を構築していると言える。

 

エモーショナル・エクイティ構築失敗事例: Netflix

 

一方で、大きな成功を収めながらも、エモーショナル・エクイティ構築に著しく失敗した例もある。アメリカ・シリコンバレーのオンラインDVDレンタル最大手, Netflixが2011年中頃から行っているサービス及び価格の改変発表である。1999年の創立以来、飛ぶ鳥を落とす勢いの快進撃で、既存DVDレンタル大手のBlockbusterを倒産まで追い込んだ。お得な料金で延滞料を気にせずオンラインからDVDをオーダーし、インターネットを使って映画をストリーミングで見る事が可能な同社のサービスは、多くのユーザー獲得に成功した。

 

しかしながら、2011年7月に具体的な理由も無く、いきなり月間費用を60%アップする事を発表。その直後からFacebookファンページやTwitter上に強烈な勢いでネガティブコメントが寄せられた。それに加え、直後に同社は2012年2月より、DVDレンタルとストリーミング事業を分け、ユーザーに別々のプランに加入する事を要求。この決定は完全にユーザーからの反感を買い、ネットではユーザー主導によるNetflix解約キャンペーンが横行し、発表直後から同年9月末までにNetflix社の株価が半分近くに下落した。この事態に対し同社CEOはインタビューに対して「完全にしくじった」と漏らした。一連の事件でNetflixが所有するエモーショナル・エクイティが著しく低下したと考えられる。

 

エモーショナル・エクイティを図る方法

 

感情的資産と訳されるエモーショナル・エクイティはもちろん目に見えない物であるが故に、数字で図る事は非常に困難である。しかしながら、恐らく下記の計算式で算出される。

 

ポジティブな感情(感情資本) – ネガティブな感情(負債) = エモーショナル・エクイティ(感情資産)

もし自社の商品やサービス、そして会社自体の感情的価値を知りたいのであれば、下記の問いの答を想像するのが良い方法であろう。

 

  • もし既存の無料サービスが有料になったら、どのくらいのユーザーがアカウントをキープするだろうか?
  • もし従業員全員の給料が半分になったとしても、どのくらいの人数が働き続けてくれるだろうか?
  • もし会社の経営状態が悪化し、倒産の可能性が出て来た時点で、どのくらいの救済金が集まるだろうか?

 

極端な表現をすると、企業に関わる人々のその企業に対する依存性レベルがある程度の一つのバロメーターとなる。

 

エモーショナル・エクイティ構築方法

 

ではどのようにエモーショナル・エクイティを構築すれば良いのか?シンプルな答えは無いが、恐らく構成する要素としては下記が考えられるであろう。

 

  • 会社のビジョン
  • 商品・サービスの社会貢献度
  • イノベーション性の高い商品・サービス
  • リーダーのカリスマ性
  • 会社のカルチャー
  • サービス/商品の魅力
  • 有料/無料ユーザーへの提供価値
  • ブランド力

 

企業資産とは目に見える数字だけではなく、そこに関わる人々の思い、そして彼らの心をどれだけ掌握しているかを考慮する必要があると考えられる。世の中に貢献し、多くの人に喜ばれるサービスや商品、そしてスタッフが誇りを持って貢献出来る会社のエモーショナル・エクイティは非常に高い。これからの経営者は会社の業績アップや規模拡大だけではなく、確実なエモーショナル・エクイティの構築も大きな仕事の一つとなる。

 

筆者: Brandon K. Hill @BrandonKHill

 

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