第3回 キャバクラで敵の裏金の秘密を暴け
国家資格。職業能力。愛想笑い。それらのいっさいを持ち合わせていない俺に、人並みな転職など夢の話だ。勤務している業績不良で沈みかかった赤字中小企業の社長席を奪うしか未来はないのだ。未来はないのだ。大事なことなので二度言う。人並みに持ち合わせてしまった社会性が俺に人目を気にさせ、俺はひとりごとを路地裏で言う。
赤字のため賞与なし。賞与払いのローンで従業員は緩やかに死にはじめている。俺も一日五百円の苦しい生活を強いられている。その一方で、経営責任者であり、ターゲットである社長は赤字続きのはずなのに毎晩豪遊。おかしい。ターゲットの資金元が臭う。その金は、裏金の出所はどこだ…。裏金に火をつければターゲットは赤い血を流すにちがいない。
俺は調査に乗り出した。ところが自称社長の女ミキも自称情報屋のヤクザ君も社長のカネの話になると、「それよりさーキムタクの新ドラマ面白いよねー」「それは…ちょっと…」と言葉を濁す。俺は言葉の濁流から金の匂いを嗅ぎ取ってしまう。すでにターゲットに買収されていると知る。
実力の通じないコネとお世辞の戦い。そこにもうひとつの要素が加わった。金だ。誰も信用出来ない。今日の敵は明日も敵だ。もっとも、現在ヤクザ君には借りばかりで貸しはないので有益な情報を得るのは絶望的。ノーワーク、ノーペイ。ツケのきかない非情のルールの世界で俺たちは生きている。
社長の女ミキを抱けば話を聞き出せるはずだが、俺はアンドレ・ザ・ジャイアント似の全身から箱根大湧谷のように湯気を噴出させる女を抱く自分の姿を想像してはそのイメージを振り払うように頭を振った。俺の戦場に神はいない。化け物だけがいる。
ターゲットこと社長直々に俺へ連絡があった。
「たまには飲みに行こう」
社長直々の申し出に、俺はウコンの力を飲み、ネクタイを締め直し、最近の担当案件の進捗を確認するなど入念に準備をしてしまう。骨の髄まで染み付いた己の社畜ぶりに絶望する。一通りの準備を終えると、俺は社長の座を狙っているのを悟られたかもしれない…その恐怖で震える手を抑えられなくなる。二日酔いで手が震えているだけかもしれない。俺にそのジャジメントは出来ない。