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後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ
第4回:【政策】Evidence Based Policy――実りある政策のために必要なもの
このたびの総選挙をめぐる言説について、いろいろと争点はあると思いますが、教育に関する議論はあまり聞かれません。もちろん、各党の公約(マニフェスト)においては、教育に関するものもあるとは思いますが、教育政策の根本的なあり方について考えていそうな政党は、候補者単位でもあまり見受けられません。さらに言うと、このブロマガ総選挙特集においても(少なくとも2012年12月4日現在)教育に関する議論をしようとする向きはあまり見られません。
我が国で教育というと、やれゆとり教育で最近の若者が駄目になった、とかいったような「八つ当たり」的な議論が目立ちがちです。しかし、昨今の教育政策の潮流として、「エビデンスに基づいた教育政策」というのが、国際的に認識されており、我が国の文部科学省や国立教育政策研究所なども取り入れようとしています。そして私が選挙に際して、そして選挙後においても重視したいと考えているのは、エビデンスに基づいた政策論議をしようとしているか、という点につきます。
そもそもエビデンス(evidence)とはなんなのでしょうか。辞書を引けば、「証拠」とか「根拠」とかいう意味が見つかると思いますが、「エビデンスに基づいた○○」という考え方により、客観的な根拠の必要性が説かれるようになったのは、医療が始まりです。皆様の中には、通常医療の基本的な考え方として、EBM(Evidence-Based Medicine:エビデンスに基づいた医療)というものがあるということを聞いたことがある人も少なくないと思います(このブロマガ第2回でも採り上げています)。EBMの概念は1991年より使われ、1990年代後半には医学の教科書に載るようになり、日本にもこの考え方が輸入され、医学を基礎付ける考え方として一般的になったとされております。
医療分野におけるエビデンスとは、特定の治療法や薬などに対して、それを与える側と与えない側に分け、それ以外の条件はできるだけ均質にして(ランダム化比較試験)、その上で有効性が得られたかどうかという結果を集め、さらにそれらを統計的に統合して(メタ・アナリシス)得られたものとされています(国立教育政策研究所[2012]p.15)。しかし近年は、「エビデンス」については、ランダム化比較試験とメタ・アナリシスによって得られた結果のみを「エビデンス」と見なすのではなく、より広汎な「統計的根拠」をエビデンスとして見なすことが多いです。
教育政策におけるエビデンスのあり方については、OECD(経済協力開発機構)の教育研究革新センターが2007年に報告書を発表し(2009年に邦訳が『教育とエビデンス――研究と政策の協同に向けて』明石書店より刊行されている)、また我が国でもOECDの関心を受ける形で、2012年5月に、国立教育政策研究所によって『教育研究とエビデンス――国際的動向と日本の現状と課題』(明石書店、2012年5月)が刊行されています。
エビデンスに基づく政策議論は、教育に対する要求が多様化する中で、政策立案者、教育実践者、教育研究者の間の断絶が目立つようになりました。OECDの報告書は、そのような状況において、異なる立場の人たちをつなぐためには、それぞれの立場の人が、違った立場から提示される情報に耳を傾け、そしてその効果を検討する能力が求められているとされています。ここにエビデンスに基づく教育政策という考え方と、それを担保する基礎的な能力・理解の重要性が挙げられるわけです(OECD教育研究革新センター[2007=2009]pp.42-47)。
エビデンスに基づく政策という考え方の展開は、何をエビデンスと見なすのか、という点での議論をもたらすかもしれませんし、また考え方の導入法についても各国ごとに差が出るものだとは思います。しかし、エビデンスに基づく教育政策の展開は、教育政策に対して客観的な根拠と、それに対する説明責任を与え、より効果的な教育とは何かという研究を促進させ、またそれまで断絶していた種々の領域を結びつける効果があるということは認識しておくべきでしょう。
『教育研究とエビデンス――国際的動向と日本の現状と課題』においては、エビデンスに基づく教育政策の実践例として、アメリカとイギリスが採り上げられています。アメリカの連邦教育省においては、2001年に「落ちこぼれをつくらないための初等中等教育法(NCLB: No Child Left Behind Act)」が制定され、その中では《米国における学力格差の是正を図ると同時に、科学的に実証された質の高い研究、すなわち科学的エビデンスを、教育における政策決定に利用することを重視する》(豊浩子[2012]p.81)ことが謳われています。そしてその法律の下で、2002年に教育省の直下に教育科学研究所(IES: Institute of Education Sciences)が設立され、さらに同年にはIESによってWWC情報センター(What Works Clearinghouse、単にWWCとも)が設立されています。
そしてその教育政策のエビデンス志向への転換によって、従前より行われていた全米学力調査(NAEP: The National Assessment of Educational Progress)に求められる役割に、教育政策に対する説明責任を担保するツールという性質が付加されるようになりました(荒井克弘[2008]、後藤和智[2012])。NCLBはNAEPについてもいくつか要求を定めていたからです。
我が国においては、2005年2月28日の中央教育審議会の義務教育特別部会において、苅谷剛彦が「エビデンス・ベースト」な議論が提唱されたのが、教育政策におけるエビデンスを考える走りとされています(OECD、前掲の惣脇宏による解説)。2011年には文部科学省に「全国的な学力調査の在り方等に関する専門家会議」のまとめが提出され、その中で学力調査に関して、調査目的の明確化や、分析の緻密化を図るなどといったことが提唱されています。
エビデンスと聞くと、物事を何でも数値で捉えようとし、多様な生のあり方などを捨象するものだという反発がつきまとってきます(現に私が、2008年に『おまえが若者を語るな!』を上梓したときもそのような批判がなされてきました)。しかしエビデンスというものは、多様な実践の知を否定することはありません。しかし、「これこそが効果的なやり方だ!」ということを自称する言説が大量に跋扈し、何が正しいのか分からない中において、それに対して正当性の序列をつけます。それに耐えられるかどうかが問われているのです。
教育に関しては、様々な暴論や根拠に基づかない理論、あるいは独りよがりな理論が目立ちます。その中で何を採用し、どのような改善案を見出していくかということを考えていく上で、「エビデンスに基づく政策」(Evidence Based Policy)という考え方が重要になるのです。選挙を目の前に、教育政策に限らない、自分の支持している政策が、どのような根拠に基づいているか、考えてみるのも一興でしょう。
引用・参考文献
OECD教育研究革新センター(編著)、岩崎久美子ほか(訳)[2007=2009]『教育とエビデンス――研究と政策の協同に向けて』明石書店、2009年12月、原書は2007年
国立教育政策研究所(編)『教育研究とエビデンス――国際的動向と日本の現状と課題』明石書店、2012年5月
荒井克弘[2008]「全米学力調査の概要とその背景――大学入学者選抜との関連において」、荒井克弘、倉元直樹(編著)『全国学力調査 日米比較研究』pp.24-34、金子書房、2008年5月
豊浩子[2012]「米国のエビデンス仲介機関の機能と課題」、『教育研究とエビデンス――国際的動向と日本の現状と課題』pp.79-115、2012年5月
後藤和智[2012]『現代学力調査概論――平成日本若者論史3』後藤和智事務所OffLine、2012年8月(コミックマーケット83)
【今後の掲載予定(原則として毎月5,15,25日更新予定)】
第5回:【政策】雇用戦略対話を総括する(第1回)(2012年12月15日掲載予定)
第6回:【思潮】「デジタル・ネイティブ」論を批判的に読み解くために(第1回)(2012年12月25日掲載予定)
第7回:【思潮】年頭所感――「縮む日本で慎ましく生きよ」を跳ね返せ(2013年1月5日掲載予定)
【近況】
・「コミックマーケット83」(3日目)にサークル参加します。
開催日:2012年12月31日(月)
開催場所:東京ビッグサイト(ゆりかもめ「国際展示場正門」駅下車すぐ、りんかい線「国際展示場」駅下車徒歩5分程度)
スペース:東5ホール「パ」ブロック29b
・「コミックマーケット83」新刊(予定)の『紅魔館の統計学なティータイム――市民のための統計学Special』がコミックとらのあな及びメロンブックスにて予約受付中です。
・「仙台コミケ204」新刊の『徹底批判 新日本国憲法ゲンロン草案』の冊子版がCOMIC ZIN及びコミックとらのあなで、電子書籍版がKindle及びブクログのパブーで販売しております。
・「コミックマーケット82」新刊の『現代学力調査概論――平成日本若者論史3』がCOMIC ZIN及びコミックとらのあなにて委託販売中です。
・筆者が以前刊行した同人誌の電子書籍版、『「若者論」を狙え! Electronic Publication Version』がKindle及びブクログのパブーで販売中です。
(2012年12月5日)
奥付
後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ・第4回「【政策】Evidence Based Policy――実りある政策のために必要なもの」
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2012(平成24)年12月5日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/
Twitter:@kazugoto
Facebook…
個人:http://www.facebook.com/kazutomo.goto.5
サークル:http://www.facebook.com/kazugotooffice
第4回:【政策】Evidence Based Policy――実りある政策のために必要なもの
このたびの総選挙をめぐる言説について、いろいろと争点はあると思いますが、教育に関する議論はあまり聞かれません。もちろん、各党の公約(マニフェスト)においては、教育に関するものもあるとは思いますが、教育政策の根本的なあり方について考えていそうな政党は、候補者単位でもあまり見受けられません。さらに言うと、このブロマガ総選挙特集においても(少なくとも2012年12月4日現在)教育に関する議論をしようとする向きはあまり見られません。
我が国で教育というと、やれゆとり教育で最近の若者が駄目になった、とかいったような「八つ当たり」的な議論が目立ちがちです。しかし、昨今の教育政策の潮流として、「エビデンスに基づいた教育政策」というのが、国際的に認識されており、我が国の文部科学省や国立教育政策研究所なども取り入れようとしています。そして私が選挙に際して、そして選挙後においても重視したいと考えているのは、エビデンスに基づいた政策論議をしようとしているか、という点につきます。
そもそもエビデンス(evidence)とはなんなのでしょうか。辞書を引けば、「証拠」とか「根拠」とかいう意味が見つかると思いますが、「エビデンスに基づいた○○」という考え方により、客観的な根拠の必要性が説かれるようになったのは、医療が始まりです。皆様の中には、通常医療の基本的な考え方として、EBM(Evidence-Based Medicine:エビデンスに基づいた医療)というものがあるということを聞いたことがある人も少なくないと思います(このブロマガ第2回でも採り上げています)。EBMの概念は1991年より使われ、1990年代後半には医学の教科書に載るようになり、日本にもこの考え方が輸入され、医学を基礎付ける考え方として一般的になったとされております。
医療分野におけるエビデンスとは、特定の治療法や薬などに対して、それを与える側と与えない側に分け、それ以外の条件はできるだけ均質にして(ランダム化比較試験)、その上で有効性が得られたかどうかという結果を集め、さらにそれらを統計的に統合して(メタ・アナリシス)得られたものとされています(国立教育政策研究所[2012]p.15)。しかし近年は、「エビデンス」については、ランダム化比較試験とメタ・アナリシスによって得られた結果のみを「エビデンス」と見なすのではなく、より広汎な「統計的根拠」をエビデンスとして見なすことが多いです。
教育政策におけるエビデンスのあり方については、OECD(経済協力開発機構)の教育研究革新センターが2007年に報告書を発表し(2009年に邦訳が『教育とエビデンス――研究と政策の協同に向けて』明石書店より刊行されている)、また我が国でもOECDの関心を受ける形で、2012年5月に、国立教育政策研究所によって『教育研究とエビデンス――国際的動向と日本の現状と課題』(明石書店、2012年5月)が刊行されています。
エビデンスに基づく政策議論は、教育に対する要求が多様化する中で、政策立案者、教育実践者、教育研究者の間の断絶が目立つようになりました。OECDの報告書は、そのような状況において、異なる立場の人たちをつなぐためには、それぞれの立場の人が、違った立場から提示される情報に耳を傾け、そしてその効果を検討する能力が求められているとされています。ここにエビデンスに基づく教育政策という考え方と、それを担保する基礎的な能力・理解の重要性が挙げられるわけです(OECD教育研究革新センター[2007=2009]pp.42-47)。
エビデンスに基づく政策という考え方の展開は、何をエビデンスと見なすのか、という点での議論をもたらすかもしれませんし、また考え方の導入法についても各国ごとに差が出るものだとは思います。しかし、エビデンスに基づく教育政策の展開は、教育政策に対して客観的な根拠と、それに対する説明責任を与え、より効果的な教育とは何かという研究を促進させ、またそれまで断絶していた種々の領域を結びつける効果があるということは認識しておくべきでしょう。
『教育研究とエビデンス――国際的動向と日本の現状と課題』においては、エビデンスに基づく教育政策の実践例として、アメリカとイギリスが採り上げられています。アメリカの連邦教育省においては、2001年に「落ちこぼれをつくらないための初等中等教育法(NCLB: No Child Left Behind Act)」が制定され、その中では《米国における学力格差の是正を図ると同時に、科学的に実証された質の高い研究、すなわち科学的エビデンスを、教育における政策決定に利用することを重視する》(豊浩子[2012]p.81)ことが謳われています。そしてその法律の下で、2002年に教育省の直下に教育科学研究所(IES: Institute of Education Sciences)が設立され、さらに同年にはIESによってWWC情報センター(What Works Clearinghouse、単にWWCとも)が設立されています。
そしてその教育政策のエビデンス志向への転換によって、従前より行われていた全米学力調査(NAEP: The National Assessment of Educational Progress)に求められる役割に、教育政策に対する説明責任を担保するツールという性質が付加されるようになりました(荒井克弘[2008]、後藤和智[2012])。NCLBはNAEPについてもいくつか要求を定めていたからです。
我が国においては、2005年2月28日の中央教育審議会の義務教育特別部会において、苅谷剛彦が「エビデンス・ベースト」な議論が提唱されたのが、教育政策におけるエビデンスを考える走りとされています(OECD、前掲の惣脇宏による解説)。2011年には文部科学省に「全国的な学力調査の在り方等に関する専門家会議」のまとめが提出され、その中で学力調査に関して、調査目的の明確化や、分析の緻密化を図るなどといったことが提唱されています。
エビデンスと聞くと、物事を何でも数値で捉えようとし、多様な生のあり方などを捨象するものだという反発がつきまとってきます(現に私が、2008年に『おまえが若者を語るな!』を上梓したときもそのような批判がなされてきました)。しかしエビデンスというものは、多様な実践の知を否定することはありません。しかし、「これこそが効果的なやり方だ!」ということを自称する言説が大量に跋扈し、何が正しいのか分からない中において、それに対して正当性の序列をつけます。それに耐えられるかどうかが問われているのです。
教育に関しては、様々な暴論や根拠に基づかない理論、あるいは独りよがりな理論が目立ちます。その中で何を採用し、どのような改善案を見出していくかということを考えていく上で、「エビデンスに基づく政策」(Evidence Based Policy)という考え方が重要になるのです。選挙を目の前に、教育政策に限らない、自分の支持している政策が、どのような根拠に基づいているか、考えてみるのも一興でしょう。
引用・参考文献
OECD教育研究革新センター(編著)、岩崎久美子ほか(訳)[2007=2009]『教育とエビデンス――研究と政策の協同に向けて』明石書店、2009年12月、原書は2007年
国立教育政策研究所(編)『教育研究とエビデンス――国際的動向と日本の現状と課題』明石書店、2012年5月
荒井克弘[2008]「全米学力調査の概要とその背景――大学入学者選抜との関連において」、荒井克弘、倉元直樹(編著)『全国学力調査 日米比較研究』pp.24-34、金子書房、2008年5月
豊浩子[2012]「米国のエビデンス仲介機関の機能と課題」、『教育研究とエビデンス――国際的動向と日本の現状と課題』pp.79-115、2012年5月
後藤和智[2012]『現代学力調査概論――平成日本若者論史3』後藤和智事務所OffLine、2012年8月(コミックマーケット83)
【今後の掲載予定(原則として毎月5,15,25日更新予定)】
第5回:【政策】雇用戦略対話を総括する(第1回)(2012年12月15日掲載予定)
第6回:【思潮】「デジタル・ネイティブ」論を批判的に読み解くために(第1回)(2012年12月25日掲載予定)
第7回:【思潮】年頭所感――「縮む日本で慎ましく生きよ」を跳ね返せ(2013年1月5日掲載予定)
【近況】
・「コミックマーケット83」(3日目)にサークル参加します。
開催日:2012年12月31日(月)
開催場所:東京ビッグサイト(ゆりかもめ「国際展示場正門」駅下車すぐ、りんかい線「国際展示場」駅下車徒歩5分程度)
スペース:東5ホール「パ」ブロック29b
・「コミックマーケット83」新刊(予定)の『紅魔館の統計学なティータイム――市民のための統計学Special』がコミックとらのあな及びメロンブックスにて予約受付中です。
・「仙台コミケ204」新刊の『徹底批判 新日本国憲法ゲンロン草案』の冊子版がCOMIC ZIN及びコミックとらのあなで、電子書籍版がKindle及びブクログのパブーで販売しております。
・「コミックマーケット82」新刊の『現代学力調査概論――平成日本若者論史3』がCOMIC ZIN及びコミックとらのあなにて委託販売中です。
・筆者が以前刊行した同人誌の電子書籍版、『「若者論」を狙え! Electronic Publication Version』がKindle及びブクログのパブーで販売中です。
(2012年12月5日)
奥付
後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ・第4回「【政策】Evidence Based Policy――実りある政策のために必要なもの」
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2012(平成24)年12月5日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/
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