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第8回:【思潮】「デジタルネイティブ」論を批判的に読み解くために(第1回)
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第8回:【思潮】「デジタルネイティブ」論を批判的に読み解くために(第1回)

2013-01-15 19:00
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後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ
第8回:【思潮】「デジタル・ネイティブ」論を批判的に読み解くために/第1回:そもそも「デジタルネイティブ」とはなんぞや?

 2000年代の終わり頃より、「デジタルネイティブ」というのが俄に注目されるようになっています。「デジタルネイティブ」とは、元々アメリカで生まれた概念であり、物心ついた頃からインターネットやモバイルなどの環境に慣れ親しんだ世代と説明されることが多いです。特に2010年代に入り、所謂「アラブの春」などで、ソーシャルメディアが社会を変えるとして、その中心にある世代として持ち上げられるようになっています。

 この概念には、我が国の若者論界隈にも浸透しています。例えば2009年1月には、NHKスペシャルの内容を元にNHK出版生活人新書から三村忠史ほか『デジタルネイティブ』が出されたのですが、また2010年には、メディア研究と若者論で知られる橋元良明が電通総研と組んで『ネオ・デジタルネイティブの誕生』(ダイヤモンド社)が出され、もう「ネオ」なのかよ!と思わず突っ込みを入れられずにはいられない状況です。

 さて、我が国におけるこの「デジタルネイティブ」論ですが、私がざっと見ていった限りでは、どうも既存の若者論の延長上にあるものでしかなく、そのため既存の若者論に対して屋上屋を架すものでしかない、と疑わざるを得ません(以降、この連載を通して、「デジタルネイティブ」論を採り上げる際に、特に断りがなければ我が国のものを指すこととします)。というのも、これらの議論は、既存の若者論に見られるような、メディア環境の変化を絶対視し、他の社会的な変数に対する検討を行っていない、また前の世代がどうである(どうであった)のかに対しての検証があまりにも疎か、という特徴を共有しているからです。

 そのような問題点について疑問を加えていく前に、今回は、この分野で15年ほど研究を重ねてきたという、木村忠正(東大大学院総合文化研究科教授)の著書『デジタルネイティブの時代――なぜメールをせずに「つぶやく」のか』(平凡社新書、2012年12月)をテキストに、デジタルネイティブ論の大まかな定義と主張と問題点を見ていくこととしましょう。木村は、我が国における情報ネットワークについて、4つの「波」があるとしています。第1の波は1990年代終わり頃の携帯電話やインターネットの普及、第2の波は1999年からのiモードの普及、第3の波は2000年代前半頃のブロードバンドの普及、そして第4の波は2000年代半ば~終わり頃のiPhoneをはじめとしたスマートフォンの普及と言います(木村忠正[2012]pp.13-16)。

 木村による「デジタルネイティブ」の定義の説明は以下の通りです。

 「デジタルネイティブ」とは、デジタル技術に学生時代から本格的に接した世代のことで、およそ1980年代前後生まれ以降を指す。高齢化が進展する日本社会において、1981年生まれ以降が総人口に占める割合は、2000年段階で2割、そのうちネット利用率が高まる15~19歳は6%にすぎないが、2010年現在ではおよそ3割、うち15~29歳は16%にまで達した。(木村、前掲pp.18-19)

 これに追加して木村は、第2章で、我が国の「デジタルネイティブ」はさらに4世代に分けることができるとも主張しています。1982年生まれまでが第1世代、1983~1987年生まれが第2世代、1988~1990年生まれが第3世代、そして1991年以降生まれが第4世代だと言います。各世代を特徴付けるものを見ていくと、第1世代はポケットベルから携帯電話、PHSに移行する過程における最初の世代であるといいます。第2世代はパケット定額制が普及していないため携帯電話の使用が友人とのメールが主であったといいます。第3世代においてはパケット定額制が普及し携帯電話でのブログの普及、そして第4世代となると「ブロードバンドネイティブ」と説明されます。

 さて、ここで一つの疑問が生じざるを得ません。それは、たといメディアが早く変転したと言っても、人間の本質がそんなに早く変転するものか、ということです。そもそも人間はひとりメディア環境においてのみ成長するものではなく、教育制度や経済環境、文化環境など様々な要因によって育つものではないでしょうか。もちろんこれらが完全に独立と言いたいわけではありませんが、デジタルネイティブ論はこのような視点を無視し、メディア環境の変化を絶対視しているきらいがあり、それは木村においても同様のように見えます。

 実際問題、木村は、アメリカにおいて提示されている「デジタルネイティブ」論への批判も次のように紹介しています。

 ところが、これら二つの主張(筆者注:デジタルネイティブ世代は情報技術に対して高度に洗練された技術を持っていること、及びこの世代は以前の世代とはまったく違った学習選好・スタイルを持っていること)は、理論的にも、実証的にも、十分に論証されていない。まず、青少年のICT利用に関する実証的研究は、ICTに関する知識、スキルにおいて、いわゆる「デジタルネイティブ」世代は一様ではなく、個人間の差異が大きいことを明らかにしている。高度に使いこなす青少年はいあるが、知識・スキルが低い場合も多い。

 さらに、そうした差異は、社会経済的地位、文化・民族的背景、性別、学科・専門過度により異なる可能性が観察されている。デジタルネイティブ論は、「生まれつきデジタル」な時代の青少年があたかもみな一様に全時代と異なるかのように議論することにより、こうした多様性、差異、それと結びつく社会的問題を視界から隠してしまうことになる。(木村、前掲p.46)

 他にもいくつか採り上げられていますが、「デジタルネイティブ」論が単純な世代論に堕してしまうことについての警戒は同書にも何カ所か見られています。しかし実際の分析において、そのような警戒が意識されているかどうかは甚だ疑問と言わざるを得ません。

 同書においては、この世代の分析について、文化人類学の手法を使った「オンラインフィールドワーク」を使っていると書かれていますが、少なくとも同書を読む限り、この手法は、最初に仮定したメディア環境の変動を絶対視したステレオタイプに分析対象を当てはめる作業にしか見えません。そのため、背景にある社会的変数が無視(もしくは隠蔽)されているように見えてならないのです。

 このような分析の問題点というのは、ひとえに現代の若者研究の問題点の極めて特徴的な表出と言えます。木村は情報社会の研究者であるため、視点がそのようなものに極めて偏ったものになっているのだと思えますが、これは他の若者論者にも言えることで、実際に註釈や参考文献などを見ても、多様な分野からの若年層研究を参照した形跡がないのです。つまり自分の研究領域に固執している。

 私が見る限り、少なくとも新人類世代論以降の我が国の若者論は、社会経済的状況とのつながりを失い、メディアやカルチャーなどを通じて「軽妙に」分析される存在に成り下がりました。そしてあらゆる言説がマーケティング的になり、社会の中の存在としての若年層ではなく、自分とは違った世代として見世物的に処理される存在となった。その点からすれば、いくら学術的に洗練された議論であっても、「デジタルネイティブ」論と「ゲーム脳」論は本質的には変わらないものとしか言い様がありません。

 そのため(?)私は「デジタルネイティブ」論を通じて、現代の若者論の不毛さとはどこから来るものであるかということを突き止めてみたいと思います。

(次回はブロマガ第12回に掲載予定です)

引用文献
木村忠正[2012]『デジタルネイティブの時代――なぜメールをせずに「つぶやく」のか』平凡社新書、2012年12月

【今後の掲載予定:定期コンテンツ(原則として毎月5,15,25日更新予定)】
第9回:【科学・統計】レビュー系サイト・同人誌のための多変量解析入門(第1回)(2013年1月25日掲載予定)
第10回:【政策】若者雇用戦略を総括する(第2回)(2013年2月5日掲載予定)
第11回:【思潮+政策】ロスジェネ系雇用規制緩和論者の俗流新自由主義を批判する(2013年2月15日掲載予定)

【今後の掲載予定:書評(不定期配信)】
第1回:和久井みちる『生活保護とあたし』あけび書房、2012年12月
第2回:浜田宏一『アメリカは日本経済の復活を知っている』講談社、2012年12月
第3回:山口智美ほか『社会運動の戸惑い』勁草書房、2012年10月
第4回:出井智将『派遣鳴動』日経BP社、2010年5月

【近況】
・「コミティア103」にサークル参加します。
開催日:2013年2月3日(日)
開催場所:東京ビッグサイト
スペース:東5ホール「と」ブロック20b
備考:イベントの規定により、二次創作同人誌である『幻想論壇案内』『紅魔館の統計学なティータイム』の頒布は行いません。

・「コミックマーケット83」新刊の『紅魔館の統計学なティータイム――市民のための統計学Special』ですが、現在COMIC ZINの通販のみ購入可能のようです。近いうちに増刷・補充を予定しております。また、電子版がメロンブックスDLにて販売中です。下記の告知ページをご覧下さい。
http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11422949903.html

・同じく「コミックマーケット83」新刊の『社会の見方、専門知の関わり方――俗論との対峙から考える』がCOMIC ZINにて委託販売中です。
http://shop.comiczin.jp/products/detail.php?product_id=14728

・「コミックマーケット80」(2011年夏コミ)で出した『青少年言説Commenatries――後藤和智/後藤和智事務所OffLine発言集』を、ニセ科学関係、政策論関係を中心に再編集した普及版『青少年言説Commenatries Lite』がKindleストアで販売中です。筆者の2010年頃の思考の集大成となっています。是非ともお買い求め下さい。
http://www.amazon.co.jp/dp/B00AZO7L3A/

・「仙台コミケ204」新刊の『徹底批判 新日本国憲法ゲンロン草案』の冊子版がCOMIC ZIN、コミックとらのあな、模索舎で、電子書籍版がKindle及びブクログのパブーで販売しております。詳しくはこちらをご参照ください。
http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11394353097.html

・「コミックマーケット82」新刊の『現代学力調査概論――平成日本若者論史3』がCOMIC ZIN及びコミックとらのあなにて委託販売中です。詳しくはこちらをご覧下さい。
http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11322783067.html

・筆者が以前刊行した同人誌の電子書籍版、『「若者論」を狙え! Electronic Publication Version』がKindle及びブクログのパブーで販売中です。

・筆者が以前刊行した「ヤンキー風俗研究会」との合同誌『義家汚染――ヤンキー脳の恐怖』『俗・義家汚染――人として軸がぶれている』をブクログのパブーにて無料公開しています。

・そのほか、コミケ80で出した『青少年言説Commenatries――後藤和智/後藤和智事務所OffLine発言集』をはじめとして、いくつかの同人誌の電子化を予定しております。

(2013年1月5日)

奥付
後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ・第8回「【思潮】「デジタル・ネイティブ」論を批判的に読み解くために/第1回:そもそも「デジタルネイティブ」とはなんぞや?」
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2013(平成25)年1月15日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/

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「デジタルネイティブ」論……また新しい若者論が登場した、と……。

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