やな気持ちを連れてくるユガミンが寄り付かない10の思考法(その3)〜対パンカー、ラベラー〜 の続きです。
 
 中学校保健体育副読本に出てくる8匹のユガミンは、大人の社会にも蔓延し、私たちの心にやな気持ちを連れ込み、時に心を病気にしてしまいます。そんなユガミンが寄り付かないよう、ユガミンが嫌う思考法を紹介しています。

 前回の3)対パンカー、4)対ラベラーに続いて、今日は一気に3つの思考法を紹介します。バランスのよい思考をするために相互に関連する項目です。

6)賛成反対両方の意見を取り入れる
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フィルタン:物事の悪いところばかりが目につき、よい点やうまくいったことを見えなくさせてしまうのが得意なユガミン

 「心のフィルター」がかかり過ぎるとフィルタンが現れます。誰もが心のフィルターなしに物事を見たいそう願っていると思いますが、これは並大抵の努力ではできません。なぜなら、今私たちがSNSからマスまであらゆるメディアを埋め尽くしているのは、偏ったフィルターを通した言説だからです。

 なぜ、そんな発言が埋め尽くすのか。それはその方がウケるからです。もう少し正確に言うと、もともとはいろんな発言がネットに上がるのですが、拡散するのは刺激的な偏ったものが多く、その結果目にするものは偏ったフィルターを通したものが多くなってしまうのです。刺激的なものが、リツイートされ、シェアされやすいのです。

 そういった言説ばかりの中、自分にとって心地良いフィルターに通された言説ばかりに触れていると、いつしか自分の思考にもフィルターがかかっていくことでしょう。

 それを防ぐには、できればバランスの取れた言説に触れることですが、なかなか難しいので、まずはいろんな切り口の言説を取り入れましょう。原発反対の立ち場の言説と、原発擁護の立ち場の言説をどちらも読むといったことです。
 もちろんそれは単一の切り口だけを取り入れるより手間のかかるやっかいな作業です。それがおろそかになりやすいから、フィルタンの付け入る隙ができます。面倒がらずにいろんな切り口を取り入れましょう。

7)プラス思考もマイナス思考もする

 さらに、ユガミンにはなっていませんが、認知の歪みには、マイナス化思考というのもあります。いい結果を出して周りに褒められても、「たまたまだし、お世辞だろうし」と素直に喜べない思考の傾向です。

 「マイナス化思考」があるなら、「プラス化思考」もあるのかと思いますが、あんまり取り上げられていないようです。でも、大した結果でもないのに「オレすげえ」と曲解するのも、充分認知が歪んでますよね。今の言葉にあの子は絶対心打たれてるに違いないみたいな超勘違い。

 どちらかに偏り過ぎると自分を大きく傷つけることになりかねませんが、どちらもできれば強い味方です。超プラスから超マイナスまで考えられるなら、いわゆる「想定外」がぐっと減ります。結果は、たいていその間のどこかになりますから(それでもあさっての方向からやってくる「想定外」があるのですが)。

 「マイナス化思考」も恐れずどんどんする。その代わり「プラス化思考」もしっかりする。さらに、その間もいろいろ想像し、どの辺がもっともらしいかも予想する。
 そして結果と照らし合わせる。そうすると、プラスからマイナスまで幅広く想定しつつ、しかも実際にもっとも起こりそうな結果の予想も当たるようになっていきます。
 つまり、「マイナス化思考」でも「プラス化思考」でもなく、幅のある思考が必要なのです。

 幅のある思考をすることは、もちろん単純な思考より大変です。だからといっておろそかにすると「マイナス化思考」や「プラス化思考」に触れてしまうかもしれません。さぼらずに幅のある思考を心がけましょう。

 なお、似た言葉に「ポジティブ思考」あるいは「ポジティブシンキング」がありますが、これは全く別の話です。今ある状況に対して、自分が何ができるのかを考える力です。自分の思い通りにならないことは強いストレスになりますが、他人や世界を変えることは困難です。ですから、まず他人や世界が思い通りにならないことは「諦める」。そんな中、自分が変わること、自分がなにかすること、あるいはしないことを考え実行する。「ポジティブ思考」はそれを実践するための思考法です。
 
8)バランス感覚のある人をウォッチする
 
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マグミニ: 自分の短所や失敗を実際より大げさに考えて、反対に自分の長所や成功を実際より小さくとらえることが得意なユガミン

 「極端な評価」はマグミニの好物ですが、多分ほとんどの人は物心ついた瞬間からこのマグミニの標的になっています。
 子どもたちを見てみましょう。子ども達は、ひっきりなしに「サイテー」と言います。「サイアク」も同じです。どう考えても最低最悪でもなんでもないようなことでも「サイテー」「サイアク」の繰り返しです。なのに、「サイコー!」ということはほとんどありません。その言葉を知らないかのようです。